幸せがえし
雲一つない真っ青なきれいな空の下、午後の部活を終え真奈美は家路を急いでいた。
「ったく部活がこんなに長引くとは思わなかった!!」
午後12時30分
風のように町を走り抜け家の扉を開けるなり大声で言った。
「ただいま!!!健ちゃんから電話あった??」
その声は、母の耳に入り言い返した。
「あったわよ。帰ってきたら電話くれって・・」
真奈美には付き合って1年になる恋人がいる。
今日はそんな恋人と一緒に出かける約束をしていたのだ。
「あっ、もしもし?!健ちゃん???ごめんね今から行く・・・・え?」
真奈美は制服をハンガーにかけ息を切らしながら言うとケータイからは見知らぬ
女の声がしたのだ。
「ごめん。真奈美、俺好きな人が出来たんだ。悪いけどこれで・・」
ツッツッツッ・・・・。
「なによ。いい気になってさ」
突然の失恋で頭が真っ白になった。
もう時計の針は1時になろうとしてケータイを片手に階段をぼそぼそと降りる真奈美は
どこかやるせなく蝋人形のようだった。
ハハハハハッッ!!!!
階段の丁度隣の部屋で母はお昼のワイドショーを見て笑っていた。
その笑い声は真奈美の失恋をバカにするように聞こえた。
なんとなく玄関を出て
「7時には帰ってきなさいよ。お父さん帰ってくるからね」
と母に言われ
なんとなく近くの橋の上に立ってみた。
「いっそ死んでしまった方が・・・健ちゃん」
重心は前に倒れ風が体に触った。
「あっっ!やっぱり死ねないよ」
バランスを取って橋の欄干からピヨィっと飛び降りると橋の前にへんてこな、おばあさんが座っていた。
「なんだろうあんなところで。。」
真奈美は橋の前まで駆け寄った。
夏だと言うのにコートを着ている。その下には着物を着ているらしい。
おばあさんは座っている前に何かを丁寧に並べている。その横には値札が立ててある
何かを売っているようだ。
真奈美は恐る恐るおばあさんに聞いてみた。
「あっあの〜おばあさん何を売っているんですか??」
大きな沈黙が続いた。
このおばあさんそもそも生きているのか??と思うほどおばあさんは何も喋らず
人形のようだった。顔もうつむいている状態なので表情も確認できない。
大きな沈黙の後おばあさんは口を開いた。
「あなたには私を必要としているのですね。わかりました。売りましょう」
おばあさんは震えた声で真奈美に言った。
「は??変なこと言わないでよ!私あんたなんて知らないし
あんたを必要ともしてないしぃ!」
フフフフ・・・・
おばあさんは不気味な声で笑っていた。
これですよ。とおばあさんは綺麗に陳列された物品の一つを真奈美に差し出した。
「なんですか・・・。これ?」
ケッケッケッ・・
「あなたのように大きな不幸を受けた人にぴったりの商品ですよ」
おばあさんの手の中には小さな飴が5つ入った袋があった。
今までうつむいていたおばあさんは初めて真奈美の顔をみてニタッと笑った。
それは、全国の子供たちが想像しているあばあちゃんでは無く
どちらかと言うと口うるさい姑のようだ。
「300円ですよ。一番ランクが下ですからね」
「要らないよ、私お金無いし・・」
真奈美は橋を渡りきりおばあさんから離れていった。
ケッケッケッ・・・・・・・
「あ〜〜〜〜っもう」
真奈美は引き寄せられるようにおばあさんのもとへ戻った。
「あんたが売るその飴がなんで私にぴったりなの??」
息切れをしながらくしゃくしゃの髪をむしって投げやりに聞いた。
「それは自分でお試しください」
不思議な言葉にうん?と思ったがおばあさんの手にあるモノと300円を引き換えに
5つの飴を受け取った。
「お買い上げ誠にありがとうございます。ケッケッケッ」
夏なのに季節はずれの冷たい風が吹いた。
橋を渡りきって振り向くともうそこにはおばあさんの姿はなかった。
「何だろうこの飴・・。」
真奈美は疑問に思いながら袋を開けて金色に光る飴を一つ口に放り込んだ。
なんだハッカの飴かリンゴ味ならよかったのに・・・。と思いながら
ゴロゴロと口の中で飴を転がしていると前から猛スピードでこっちに来る自転車が
真奈美の目に飛び込んできた。
「きゃあああああ!!!」
相手の自転車も前を見ていなかったらしく真奈美の声で急ブレーキを踏んだ。
「当たる〜〜〜!!!!」
ドンっ!!!!!
「ごめん!!大丈夫かい??」男の声だ。
腰を崩した真奈美に自転車の男はスゥと手を差し出した。
真奈美はまっ白い綺麗な手を掴むとヒョィと立ち上がった。
「はっ!!大丈夫です。私が前を見てなかったのが悪かったんです。すみません」
そう言って頭を上げると
赤と緑のストライプのキャップをかぶった男が立っていた。
倒れた自転車のカゴの中には新聞が入っていて今の時間帯だと多分夕刊を配っている最中だったと分かった。
「君、ケガは無い?」
男は心配そうに真奈美の顔を覗きこんだ。
彼の名前は遠藤 マサキ。
近くで新聞配達のアルバイトをしている真っ最中だと言う。
「君、学生?」
「ハイっ高校2年です」
顔を真っ赤にしながら真奈美は答えた。
無理もないだろう。
なにしろマサキは町内でもかっこいいと評判なのだから。
「家まで送って行くよ。僕、マサキ君は?」
「真奈美・・・。」
いつしか空は茜色になっていた。
丁度一番星の金星がキラリと輝いている。
カラカラ・・と自転車をマサキは引きながら真奈美の歩くペースに合わせた。
影も昼間よりずっと細長くなり色も濃くなっていた。
住宅街の分岐点で真奈美は「あいがとう」とマサキと別れた。
「マサキさんかっこよかったなぁ。」
住宅街の森をさくさくと歩く真奈美はポケットから昼間奇妙なおばあさんから買った食べかけの飴の入った袋を眺めながら言った。
そして、金色に光る飴を取り出し口に放り込んだ。
「喉渇いたしぃ・・・」
ゴロゴロと口の中で飴を転がすとハッカの香りが鼻を刺す。
「やっぱりこの飴はスースーするなぁ。。ってかこの飴普通じゃん・。」
カーカーアホカ―
とカラスが鳴く頃、陽はすっかり沈みクモの巣だらけの外灯がチチチチ・・・・と音を立てていた。一番星の金星の他にも沢山の仲間が辺りを埋め尽くしていた。
「ジュース買おっと」
住宅街のはじっこにこれからこの住宅街の仲間入りをするであろう家が建とうとしていた。
ブルーのシートがかろうじて家のシルエットを表していた。
家が建つのはまだまだ先だろう。
塀はもう完成しているのに・・・。
そんな工事中の家の前に自販機があった。
自販機は、赤色だろう。自販機の真上の外灯は自販機を照らさず丁度その隣にあるゴミ箱を
照らしていた。
真奈美は自販機に近寄りポケットから小銭を出しながらジュースを選び始めた。
「よしっこれにしよっ」
真奈美は数十種類のジュースの中からミルクコーヒーを選び毎度ながら120円を入れ、ジュースのボタンが赤く光るのを待った。
自販機に集るハエや蛾の集まりが激しくなってきた。
「あれっ?!おかしいな・・ボタンが光らない・・・。」
すかさずお釣りレバーを引いて見たがいたって自販機はしらんぷりだ。
真奈美は「ウソでしょ??」と言わんばかりに何回もお釣りレバーを引いたりボタンを連打したが反応は同じだった。
「勘弁してよ。。ホントにもう・・・。」
真奈美は泣きそうな顔で自販機をおもいっきり叩いた。
すると、さっきまで無口だった自販機がピピピと鳴り始めた。
何の音かと少し離れて全体を見てみると小銭を挿入するところのすぐ下にルーレットがあった。音の原因はこのルーレットだったのだろう。
当たればもう一本!!と言うヤツだろう。
「もう!!そんなのいいから私の120円返してよ!!!」
ピピピ・・ピッ・・ピッ・・ピッ
音の間隔が広くなってきた。そろそろ止まると思い興味はそれほどないものの真奈美は唾を飲みながらその様子を見つめていた。
ピッ!!!!当たりだよっ!当たりだよっ!おめでとう!!
自販機から陽気な声が聞こえたのと同時にガコンとジュースが出てきた。しかし、1本の音ではない。ガコンガコンあと2本も。。
「おかしいなこれって・・・。」
そう、この自販機は当たりが出ても1本しか出ないのだ。3本も出ることはまずない。
しかも「あれっ??120円がお釣り口にある・・」
真奈美はおかしいなと思いながらジュースを3本とお釣り口から120円を取った。
そして真奈美はハッ!!っと思った。
「まさかこの飴って・・・・。」
右手にお釣りとジュース3本を抱きながら3つになった金色の飴をもう一度見た。
そして、もう1つ飴を食べてみた。
さっきと同じように飴を転がしてハッカの味も気にせずに自分の考えを証明しようとしていた。
すると近くにある信号機が赤から青へ変わると猛スピードで大きなトラックがこっちに向かってきた。
真奈美は自販機の横にスゥと移動した。
猛スピードのトラックはあっという間に真奈美の横を流れて行ったがトラックの上に乗って
いた鉄骨が1本宙を舞った。
「うわっ!!!!!!!!!」
真奈美はすぐにその鉄骨の存在が分かった。
なぜならもう避けきれないほど頭上に迫っていたのだから。
「うっ!!!」
ガランガランゴーーン!!!!
大きな音を立てて鉄骨が地面に落ちた。
「痛っっっっ!!」
幸い真奈美には当たらなかったが鉄骨が落ちる反動で真奈美はこけてしまった。
うつぶせの状態で地面を見るときらりと光るモノが・・・。
「あっ!500玉だ!」
地面には500円玉が無造作に落ちていた。
そして真奈美の考えが革新に変わったのだった。
さっきの飴玉の袋を取り出しこう言った。
「この飴を舐めると必ず悪い事が身に降りかかるがその後必ず幸せが必ず帰ってくるんだ!」
その通りだった。
5粒の金の飴のうち1つ目を食べた時、自転車にぶつかった。そして遠藤 マサキとであった。2つ目を食べた時はお釣りが戻らなかったが結局お釣りは戻るしジュースは3本も出てきた。
不幸を味わった分その不幸を忘れるほどの幸福がやってくると言う不思議な飴だった。
「飴はあと2つか・・。。」
真奈美はこの飴の秘密を知るとあのマサキの事を思い出した。
「どうせならもっといっぱい飴買ってマサキさんと付き合いたいな・・。」
どんな不幸を味わってもその後には幸福が待っている。
その不幸に耐えるとマサキと付き合うことが出来るのでは??と思った真奈美は明日初めてマサキと出会ったところに行くことにした。
あの金色の飴玉を2つ大事に持って。
★ ★ ★ ★ ★
次の日、
12時30分ー
「あら真奈美今日も健太くんとデート?」
母は、エプロンで手を拭きながらえれくお洒落をした真奈美に言った。
「健ちゃんはもう忘れたよッ。それに今日はデートじゃないしぃ」
「あらっそうなの??まぁいいわ7時には帰って来なさいよ」
真奈美は「うん」とうなずくと玄関を出て住宅街を歩き始めた。
30分ほど歩いてあの橋のところまで来るとあの不思議なおばあさんの事を思い出した。
今日もあのおばあさんはお店を出していないようだ。
真奈美は橋の欄干でマサキが来るのを待った。
あの金色の飴玉を舐めて。
災いが来るのも恐れずに。
きがつけばそこは真奈美がいつも行く市民病院のまっ白いベッドの上にいた。
心電図のピッピッピッと言う音が初めに耳に入ってきた。
そして
「・・・・・・さ、、ん」
「・・・・・・美さん?」
「・・・・・・・・・真奈美さん??」
懐かしい声、昨日も聞いたような・・・・。
「真奈美っっ!!!!!」
マサキさんだ。
私を呼んでいる。
「マ・・・・・サキ・・さん?・・・・・・私どう・・なった・・の?」
口が開かなかった。
舌が回らない。
血の味がする。
「真奈美、喋らないで。君はあの橋の欄干のところで僕を待っていたんだね。
でもねあの時君は事故に巻き込まれたんだ。大きな事故だったよ。」
あの時真奈美はマサキを待っていた。
あの飴玉をなめながら。
不幸はおこった。
飲酒運転のキャンピングカーと大型トレーラーが正面衝突すると言う大きな事故だった。
不幸にも真奈美はその事故に巻き込まれたのだ。
両者の車は大きく大破し黒い煙が上がっているところにマサキがやってきたと言うわけだった。
「私は・・・」
「君の足はもう動かないらしい。歩くことも出来ないって。懸命な手術が行われたんだけど
もうダメだって。」
「そんなっ・・・・・」
涙が半開きの目からあふれ出した。
「僕にも責任があると思うんだ。君の力になりたいんだ。付き合ってくれないか」
突然の言葉だった。
「今、なんて??」
「僕と付き合ってくれないか?」
真奈美の足と引き換えに真奈美はマサキと付き合うことになった。
「はいっ」
足なんか使えなくたっていい。マサキさんとお付き合い出来るなら。
金色の飴、後1つ。
真奈美の母は真奈美を懸命に看病し毎日病室を訪れた。
足が動かなくなったことで落ち込んでいるのだと思い母は毎日足を乾いたタオルで拭き
励ました。しかし、真奈美は足の事などどうでもよかった。
「マサキさん・・・」
マサキはあの後毎日病室を訪れたが大学の化学発表コンクールの為ここ何日か病室には顔を見せなくなった。
「私に最高の幸せを!!!!これ以上にない幸福を・・マサキさんと・・。」
そう言って最後の飴玉を口に放り込んだ。
「どうしてこんなことになったんだ」
黒い喪服を着たマサキの手にはキラリと赤く光る指輪があった。白い祭壇には真奈美の遺影が沢山の花の中にあった。
彼女はにっこりと笑っていた。
会場は鼻をすする音と哀しみの泣き声が絶えなかった。
線香が燃え尽きようとしているにも関わらず会場に入ってくる喪服姿の人々は尽きない。
彼女の親戚、友達、家族。
そう、彼女は死んでしまったのだ。
真奈美の願った最高の幸福とは、マサキと結婚することだったのだが
この世の中での最高の幸福…それは、極楽浄土に行くこと。
つまり天国に行くと言うことを意味していたのだ
その幸せを手にする代償は大きかった。
結婚する事よりも幸福なこと…真奈美は深く考えていなかった。
しかも…
「何で君は死んでしまったんだ…もっと話たかったのに。真奈美の足になりたかったのに」
マサキもまた、真奈美のことを思っていたのだ。
涙を浮かべたマサキのポケットにはあの金色に光る飴玉があった。
マサキも食べて
いたのだ。
あの金色の飴玉を。
真奈美が死んだ不幸。
マサキはこのあとどんな幸せを手にするのだろうか?
真奈美が死んだ幸福。
真奈美はこれから思う存分幸せを味わうだろう。
終わりのない幸せが返って来るだろう。
真奈美がそれを気に入るかは別として。
何しろそれが幸せ返しの力なのだから。