第六話:ギルド長の提案
ギルド長に案内されて、カウンターの奥のスペースに立ち入る。
中は外に比べて綺麗だった。扉を開閉する時も、ギルドの入口とは違って軋まない。
いくつかある部屋の一室に通され、椅子に腰を掛けるとギルド長の話が始まった。
「さて、何でお主らをここに呼んだかは分かるかね?」
「俺が討伐したゴブリンについてですか? 何だか強かったし、やっぱり特別だったんですね?」
ギルド長が現れるまでにティアと話していたことだ。
受付嬢や、冒険者と思われる強面の男達は、あのゴブリンを見た瞬間に顔色を変えた。
ならばそのゴブリンに何かがあるのだということは想像に難くない。それどころか、他の選択肢が思い浮かばなかった。
俺の予想は合っていたらしく、ギルド長は頷く。
「そうじゃ、あのゴブリンは特別でな。全国に点在する冒険者ギルドの情報網を持ってしても、二匹しか確認されていない貴重な資料じゃ。お主が倒した奴で三匹目じゃな」
なるほど、驚くわけだ。
しかし、それだけでは説明がつかないことがある。
強面の男達の驚きようだ。一冒険者だと思われる彼らが、貴重なゴブリンの存在を知っているとは思えない。
単純に見たことがないゴブリンを見たから驚いたということも考えられるが……何となく、あの驚きには恐れが混ざっていたような気がした。
他のものと比べて大きいとはいえ、死体のゴブリンを見て冒険者が一々驚くようには思えない。
「そして、もう一つ呼んだ理由がある」
そこでギルド長は一度、言葉を区切る。
やはり、他にも呼ばれた理由があったようだ。
――瞬時に、ギルド長の纏う雰囲気が変わった。温厚で、安心感を与えていた雰囲気が一転し、突き刺すような鋭いプレッシャーが辺りに撒き散らされる。
「お主……何者じゃ……?」
「…………」
圧倒的なプレッシャーに押し潰され、ギルド長の質問には何も返すことが出来ない。下手に答えると死ぬ、そんな気がした。
そこに助け舟を出してくれたのは、横に黙って座っていたティアだった。ギルド長に気圧されて存在を忘れていたが、俺には頼もしいパートナーがいたのだ。
「ただの一〇歳。見れば分かる」
嘘を吐いたら殺す。そう語っているようにも思えるギルド長の雰囲気の中で、ティアは平然と嘘をつく。
絶対に見破られない自信があるのか、あるいは精霊にとっては身の危険など考えるに値しないのか。
殺気にも近いプレッシャーを身に浴びながら、ティアはギルド長と睨み合う。
「……ふむ」
しばらくして、ギルド長の雰囲気が元に戻る。
俺は肩の力を抜いて、机に腕を付く。
噴き出した汗が服を濡らして気持ち悪い。頭が未だにガンガンと警笛を鳴らしている。
「……悪いの。やりすぎてしまったようじゃ」
笑いながらのセリフである辺り、反省はしていないのだろう。
「普通の一〇歳というのは信じられぬが、悪しきやつではないようじゃ」
「……今のは何だったんですか……?」
「少々圧を掛けて様子を見ただけじゃ。あのゴブリンを倒せる上に格納魔術まで使える少年を、放置しておく訳にもいかなかったのでな。申し訳ない」
ここに呼ばれたもう一つの理由は、俺が力を隠さなかったのが原因らしい。
『精霊魔術』を手に入れて、少し調子に乗っていたのかもしれない。ここで反省して、以後は力を控えるようにしなければ、今回以上に厄介なことに巻き込まれるかもしれない。
「さて、話を戻そう」
「まだ話に続きがあるんですか?」
俺が倒したゴブリンについてと、俺の力について。
これ以上に何を話すというのか。まさか、さらに面倒なことではあるまいか。
「お主が狩ってきたゴブリンの買取価格についてじゃ」
面倒なことでなくて良かった。むしろ、忘れていたので、この話を振ってくれてありがたかった。
生活費の為に倒したにも関わらず、いろいろあって脳内から弾き出されていた。
これがないと、夕飯すら食べられない。
「研究資料として貴重だからの。そうじゃな……色をつけて金貨一〇枚でどうじゃ?」
「……っは?」
あまりの金額に、俺は驚いて変な声を出してしまう。
国から正式に発行されている金の単位には、金貨、銀貨、銅貨があり、金貨は銀貨の一〇〇倍、銀貨は銅貨の一〇〇倍の価値をそれぞれ持つ。
そして、通常のゴブリンを一匹倒して手に入る額は銅貨一〇枚ほどで、これが俺の一日の生活費とほぼ一致する。
要するに、金貨一〇枚というのは普通のゴブリンを一万匹倒して得られる額と同じであり、今までと同じ暮らしをする場合、一万日は何もせずに暮らしていられるのだ。
「も、問題ないです……」
「そんなビビらなくても良いわい。レア度、討伐の難易度、資料としての希少性。この位の額が妥当じゃよ」
「あ、ありがとうございます……」
かなり運が良かったらしい。
精霊には運を引き寄せる力でもあるのだろうか。あるいは、これまでの不幸が、ようやく幸福に転じてきたのだろうか。
今までの苦労が全て報われたと思うと同時に、無に帰したようにも感じられて複雑な気持ちだった。
「ところで話は変わるがの。わしは丁度、お主のように強力で、わし自らの目で見定めた、信頼の置ける子供を探していてな」
今度こそ、本当に面倒事の予感がした。
「王都にある、名門の学園に入学してみるつもりはないかの?」
「学園……?」
「沢山の人が、勉強の為に通うところじゃよ」
「それくらいは知ってますが……どうして急に?」
ギルド長は、俺を学園に入れたい理由として四つを挙げた。
一つ目は、圧倒的な力。二つ目は、ギルド長自ら見定めた人であること。三つ目は、数年以内に学園に入学できる年齢になること。四つ目は、関わる人間が極端に少ないこと。
これ以上は、国家機密なので正式に俺が決断するまで言えないとのことだ。
「何でそんなに俺を信頼するんですか?」
「なぁに、簡単なことじゃ。わしの圧を受けながらも、反撃しようとはしなかったからじゃよ」
それはあまりのプレッシャーに何も出来なかっただけだ。
動くことが出来れば、反撃していたかもしれない。
「で、どうするんじゃ?」
俺はティアを見る。
ティアは頷いた。この話に乗っかってしまっても問題ないということだろうか。
ただ、そのに聞いておかなければならないことがある。
「俺が学園に入る場合、ティアはどうするんですか?」
「ふむ、ティアいうのはそちらの子じゃな?」
そう言って、ギルド長は目を瞑る。
俺はティアがいなければ戦うことが出来ないし、それを除いて考えてもティアには隣にいてほしいと思う。
もしティアが一緒に学園に行けないようであれば、この依頼は断らざるを得ない。
「まあいいじゃろう。一緒に通っても構わない。度胸はお主よりもありそうだしの」
ギルド長がプレッシャーを掛けてきた時のことを言っているのだろう。
ただ黙りこくっていた俺よりも刃向かったティアの方が、明らかに勇敢だった。
「まあ、決断は急がないでも良い。人生に関わることじゃ。慎重に決めるといい。今日は帰れ。銀貨一枚を小遣いでやろう。それで良い宿にでも泊まれ」
一気にそう言って、金貨を手渡される。
一日銅貨一〇枚の稼ぎで細々と生きてきたのに、その一〇倍もの金額をいきなり渡されて驚く。
迷ったが、ありがたく受け取っておくことにした。
俺はこの日、初めての良質な布団に感動し、中々眠ることが出来なかった。




