第五話:面倒事の気配
『火炎・霊』の威力が高すぎたせいで、ゴブリンは跡形もなく燃えてしまった。
倒したことを証明をする為には、魔物の死体をギルドに提出しなければならない。
依頼を達成するのに、ゴブリンをもう一度倒す必要があるということだ。
「なのに……全然いねぇ……」
いくら歩き回っても、ゴブリンが全く見つからない。
森の中には大量にいるはずなのに一匹も出てこないのは、理由があってのことだろう。
そして、俺は理由について、思い当たる節があった。
「要するに、さっきの魔術のせいで逃げたと……」
肩を落とす。
跡形もなく消し去ってしまうどころか、他のゴブリンまで見つからなくなってしまい、依頼を達成するのが困難な状況になってしまった。
もう帰ってしまった方が賢いかもしれない。
だけど、俺達には帰るという選択肢がない。
毎日ギリギリの生活をしていた俺は、全く貯金を出来ていなかったのだ。
依頼をこなさなければ、帰ってから食べるものも買えない状況にある。
増してや、食い扶持が二人に増えたのだ。一匹ゴブリンを倒せたとしても、まだ足りない。
「一旦休憩するか……」
ずっと歩きっぱなしで、さすがに疲れてしまった。
ここらで休んでおかないと、後が持たないような気がする。
そう思ってティアと二人、地べたに腰を下ろす。
――ブウゥゥゥン!
恐ろしい勢いで、さっきまで俺の頭があった位置を何かが飛んでいった。
飛んできた方向を慌てて見る。
そこには恐ろしい形相をした鬼……ゴブリンがいた。
ただ、そのゴブリンはただのゴブリンではないように見える。
釣り上がった目は眼光鋭く俺を見据え、口からはみ出た牙はひと噛みで人を殺せそうなほど尖っている。
釣り上がった目と牙はゴブリンの特徴だが、同じようにゴブリンと呼ぶには、あまりにも姿が凶悪だ。
俺はゆっくりと後退りながら、何かが飛んでいった方向を見てみる。少し先の木に、錆びた金属が浅く刺さっていた。
即死でなければ回復魔術で治せていただろうが、木に刺さるほどの威力となると、即死させられないとも言いきれない。
俺は油断なくゴブリンを睨む。
相手は俺の様子を伺うばかりで、手を出してこない。警戒している様子だ。
偶然とはいえ、一発目の攻撃を避けたのが相手へのプレッシャーになっているのかもしれない。
これはチャンスだ。
相手が仕掛けてこないなら、こちらから仕掛けられる。
俺の魔術の威力なら、あのゴブリンもただでは済まないだろう。
俺は素早く手を前にかざし、さっきと同じように霊力を手のひらに集中する。
「『火炎・霊』!」
手のひらから現れた赤と金の火炎が、ゴブリンに向かっていく。
前の失敗を活かし、威力調節を心掛けた。使う霊力を少し減らすと、威力も少し弱くなった。予想通りだ。
強敵を相手に舐めていると思われるかもしれないが、また森を燃やしてしまうのも困る。ゴブリンが炭になるのも許せない。
火炎が見事にゴブリンに絡み付いた。
周りを一切焼くことなく、適切にゴブリンへダメージを与えていく。
俺は苦しんでいるゴブリンに近付いていく。腰から短剣を引き抜き、幾度となくなぞった剣筋に沿って、剣に力を入れる。
ゴブリンは断末魔を上げながら息絶えた。長年の経験から得たゴブリンの弱点をこの体でもしっかり突けたことに安堵する。
「倒した?」
「おう、ありがとう」
歩いて寄ってくるティアに俺は感謝を伝える。
ずっとゴブリンだけを狩ってきた俺でも、さっきの異常なゴブリンを倒すのは無理だったかもしれない。あのゴブリンには、他のゴブリンと一線を画した強さがあった。
だが、ティアと契約して『精霊魔術』を使えたお陰で、大きな苦労をすることなくゴブリンを倒すことが出来た。
「『精霊魔術』で死体仕舞えば?」
「そんなことまで出来るのか……?」
「基本的に元のスキルに依存する。元が『SSS級魔術』だから、大抵何でもできる」
「じゃあ試しに……」
『SSS級魔術』で何が出来るのかなど知らないが、ティアが出来ると言うのなら出来るのだろう。
死体に手を向けてイメージを膨らませる。後は頭に浮かんだ言葉を呟くだけだ。
「『格納・霊』」
唱えると、どこからともなく現れた金色の光がキラキラと舞い、死体を包み込んでいく。
一瞬強く光ると、既に死体はなくなっていた。
「はぁー……。凄いもんだな……」
満足感を持って、帰路につく。
サクサクと木の葉が音を立てて気持ちが良い。
今まで、食い繋ぐ為に必死にこなしていた依頼と同じものとは思えないほど、今日の依頼は楽しかった。
命の危機はあったものの、基本的に危なげなく倒すことが出来たし、俺達は強敵を倒せた。
ほどよく疲れた足で地面を踏み締め歩いていると、やがて森を抜けた。ここまで来たらもう街までもうすぐだ。歩くスピードを少し上げる。
特に何事もなく順調に冒険者ギルドまで辿り着き、軋む扉を押して開ける。
朝と同じ強面の男達がまだ居て、帰ってきた俺達を見て少し意外そうな顔をしている。
真っ直ぐ歩いて、こちらも朝とは変わっていない受付嬢のところに向かう。
受付嬢は、少しホッとした様子を見せた。俺達が死なないかを心配していてくれたのだろう。
「一応ゴブリンを狩ってきたんですが……」
「え? 手には何も持ってないようだけど……」
「えぇ、魔術で仕舞ってあるので……ここで出しちゃって良いですか?」
「え、ええ……」
俺はそう言いながら、頭に思い浮かべた言葉を霊力と共に放つ。
「『放出・霊』」
言葉を紡ぐのと同時に光の粒子が現れて、纏まっていき形をつくる。その光が一瞬弾けて、全ての光が消えた時にはゴブリンの死体が実態を取り戻していた。
「…………」
静寂。俺は黙り込んでしまった受付嬢の様子を伺う。
受付嬢は何かをする様子もなく、ただ顎に手を当てて考え込んでいる。
周りを見ると、強面の男達も、他の受付嬢も、皆が黙り込んしまっている。
何かやったか? と疑問に思いながら静寂に身を任せていると、ようやく受付嬢が話しかけてきた。
「このゴブリンは誰が倒したのかな……?」
「え? 俺ですけど……」
「じ、じゃあ、どこで倒したのかな……?」
「近くの森です」
どこか引き攣ったような顔をしている受付嬢の質問に、俺はしっかりと答えていく。
俺の話を聞き終えた受付嬢は、ドタドタとカウンターの奥に慌てて走っていってしまった。
「ティア……。やっぱりあのゴブリンは何かあるのかな……?」
「……そうかも」
しばらくして帰ってきた受付嬢の横に居たのは、白い髭を伸ばした、優しそうなおじいさんだった。
「ギルド長のリードじゃ。少し付き合ってくれるとありがたいわい」
面倒なことになる予感がした。
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