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第三話:後悔する前に戻れたから

 ティアとの問答も終わり、知りたいことは全て知ることが出来た。

 契約精霊としてティアはずっと俺と一緒に居てくれるわけだし、他に知りたいことが出てきたらその都度聞けば良いだろう。


 二人で柔らかな草原に寝転がる。

 幻想世界では太陽の位置が変わらないので、夜の判断は体内時計に任せるしかない。何となく夜になった気がしたので、眠ることにしたのだ。

 腕で顔を覆って光を遮り、草を枕と布団替わりに寝る。

 疲れていたのか、眩しかったのにも関わらず、すぐに眠りに落ちていった。


 そして目を覚ました次の朝。

 まだ明け方なのか、夜の闇が色濃く残っている。

 俺はいつの間にか、薄汚れた路上で横になっていた。硬い地面で寝ていたからか体がところどころ痛み、髪や服が砂で汚れている。


 家を出てから幻想世界に飛ばされるまでの三〇年間、毎日汚れた路上で寝ていた俺にとっては、もはや慣れた日常だ。

 だけど何故か、そんな日常にも懐かしさを感じた。幻想世界で過ごしていた時間がそれほど濃密な時間だったということだろう。


「おはよう」


 横から、声が聞こえた。

 そちらを向くと、長い銀髪の美少女が眠たそうに青い目を擦りながら、俺を見ていた。

 尊いまでの美少女を路上で寝かせてしまったことに罪悪感を抱きながら、挨拶を返す。


「おはよ……」


 と、そこで、俺はあることに気付いた。いや、気付いてしまったと言うべきか。

 ――ティアの大きめなパジャマの胸元が、若干はだけてしまっている。顔を覗かせているのは、慎ましい胸を隠す、青い下着だ。

 女性への免疫がない俺は、見た瞬間に慌てて目を逸らす。それでも、瞼に焼き付いてしまった鮮烈な画像が、脳を離れようとしない。


「どうしたの? 顔が赤い」

「なっ、何でもない!」

「怪しい……」


 目も合わせずに「何でもない」と言われても、信頼出来ないのは当然だろう。それも、前日に会ったばかりの男だ。信頼している方がおかしい。

 俺が何も言わないでいると、ティアはいつもの無表情のまま睨み付けてくる。整った顔で無表情なのが、怖い。


 そのまましばらく、睨まれながら目を合わせないままの無言が続いたが、やがてティアは諦めたように話題を変える。


「……転移は成功した」


 聞く話によると、寝ている間に大精霊様なる者が俺達を転移させてくれたらしい。

 どうしてわざわざ寝ている間を選んで転移させたのだろうか。疑問が頭を過ぎる。

 もしかしたら姿を見せられない理由でもあるのかもしれない。


 出来ればお礼くらいは言いたかった。

 勇者に転移させられた時は人生を振り返って嘆いたものだが、今は転移させられて良かったと思っている。

 ティアという素晴らしい精霊と契約できたのだから。


「さて、この後どうする?」


 俺はティアに尋ねる。

 金がないので本当は稼がなければならないのだろうが、一応ティアの意見も聞いておきたい。


「取り敢えず、名前」

「ん?」

「名前、まだ聞いてない」


 ティアに言われて気付く。

 俺はまだ名乗ってすらいなかった。

 誰かと関わることもなかったので、名乗るのを忘れていた。

 最初の気まずさは自然と抜けたものの、俺達はまだ互いのことを何も知らなかったのだ。


「俺はリンドだ。改めてよろしく」

「わたしはティア。よろしく」


 無表情はそのままなのに、何故かティアが笑ったような気がして、俺はその美しい顔に見惚れてしまう。


「どうしたの? 顔が赤い」

「い、いや、何でもない」


 さっきと同じことを言われて、また気まずくて目を逸らす。

 そしてまたティアも、さっきと同じく怪しむようにこちらを睨み付けてくる。


「……しょうがない」


 ティアは追求を諦めたのか、ゆっくりと立ち上がってお尻を手ではたいた。

 誤魔化せたことにほっとしながら、俺も同じように立ち上がってお尻を叩く。


「……ん?」


 ふと、違和感を覚えた。

 いつもと同じものを見ているはずなのに、別のものに見えるような、気持ち悪い感覚。

 違和感の正体を探っていき、辿り着く。

 そう、視界が低いような気がしたのだ。

 地面が、明らかに昨日までより近い。身長が低いティアと同じ目線に立っているのも、明らかにおかしい。


「どうかした?」

「いや、何となく視界が低い気がしただけだ」


 ティアが怪訝そうな顔を浮かべる。

 その表情を見て、やはり自分がデタラメなことを言ったのだと理解する。

 何故視界が低く感じるのかは分からないが、身長が実際に変わっていないのなら、生活しているうちに元の感覚に戻るはずだ。

 そう考えたところで発せられた、ティアの後に続く言葉は、完全に予想外だった。


「若返ったんだから当たり前」

「……は?」


 一瞬脳がフリーズする。

 若返ったなんて話聞いたこともない。さらに、ティアの言い方からして、若返ったのは俺なのだろう。自分が若返っただなんて話、そう簡単に信じられるはずがない。

 衝撃的な事実に、間抜けな声が口からこぼれる。


「……さ、さすがに嘘でしょ?」

「本当。帰りたくないって言ってた時に、ちゃんと言った」


 思い出してみる。

 俺は確かに、幻想世界でのやりとりの中で、元の世界に帰りたくないという発言をした。

 そしてティアから得た答えは、『大精霊様が何とかしてくれる』というものだった。


「…………」


 少し考え込む。

 要するに、『何とか』の内容が若返りだったということか。

 だとしたら、思っていたよりも規模の大きい解決方法を取ったものだと思う。

 空間だけでなく、時間まで操れる大精霊様というのは、勇者を遥かに超えた存在なのではなかろうか。


「考えててもしょうがない。今日はリンドの一〇歳の誕生日。スキルを授かるのを待つ」

「あ、ああ……」


 サラッと、また一つ衝撃的な事実を知らされた。

 今日が俺の一〇歳の誕生日……。

 ただ俺の中の時間の流れを変えただけの若返りではなく、世界全体の時間の流れを捻じ曲げたタイムリープだったらしい。


 しかし、ならばより都合が良い。

 ハンデを背負いまくった状態からのリスタートよりも、一〇歳の、傷が浅いタイミングからのリスタートの方が、人生の難易度が低い。

 今度こそ、俺は幸せになってやるのだと、誓った。


《――『精霊魔術』を修得しました》


 スキルを授かる。

 『SSS級魔術』ではなく『精霊魔術』を授かることが出来たということは、俺とティアの間にある絆が認められたということだろう。

 確かな形で自分が認められた気がして、嬉しさに思わずティアを見る。

 まだ出会ってから一日しか経っていない。だけど、既に絶対的な信頼感が、確かにあった。


 ティアと瞳を交わす。その青い瞳は、期待に輝いている。

 後悔する前に戻れたから、今度は後悔しない未来を追いかけ始める。

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