第十話:堕ちた最強
必死に剣を振る、金髪の少女。
年の頃は、俺より僅かに年上のように思う。
彼女の剣を振る姿は、真っ直ぐに向かう目標もなく、ただ闇雲に力を求めているようだった。
彼女にどんな事情があるのかは知らない。
だけど、ここで彼女を見て、声を掛けようと思ったことには、意味がある。
彼女はとてつもなく似ていた。過去――確かにあった、もう一つの世界の俺に。
あの頃の俺は、絶望を重ねながらも見えない希望を見ようとして、必死に何かを探していた。
そっくりだ。彼女の目には、深い絶望が浮かんでいる。そして、希望を追いかけて体を限界まで追い込んでいる。
だから俺は、そんな彼女の力になりたいと思った。
「こんなに頑張って、何をしてるんですか?」
一言目は疑問。不信感を抱かれただろうか。あるいは、自分の訓練の邪魔をされたことに、腹を立てているかもしれない。
彼女は一瞬にこちらを向いた後すぐに視線を逸らし、自分の訓練を再開した。
彼女は彼女なりに必死なのだ。他人との会話に花を咲かせている暇はない。そんな思考も、まるで過去の俺を写したようだ。
努力することが間違っているとは思わない。
だけど、彼女は努力の方向性を間違えている。このままでは彼女は擦り切れてしまうだろう。
過剰で、時を外した努力は、それで得られるものよりも大きな後悔を残すことになる。
頑張らなければいけない時も確かにある。だけどそれは一時的なもので、継続的に過剰な努力を続けても、そのうち疲れて動けなくなるだけだ。
俺がそうだった。
家を出て、外れスキルを引いて絶望して。それで何が出来るわけでもなかったけど、必死に希望を見出そうとして。
やがて希望を探すのにも疲れて、乞食になって冒険者をして、何も為さずに生きてきた。
だから、後先を考えずに力を付けようとする彼女を俺は放ってはおけない。
例えそれが俺のエゴで、彼女にとっては迷惑なことだったとしても。
「何でそんな頑張ってるんですか?」
やはり言葉は返ってこない。今度は見向きもされなかった。
集中していて聞こえていないのか、あるいは無視されているのか。後者な気がする。
彼女は集中していそうで、出来ていない。既に体は疲れ果てて、集中出来る状態ではない。
「無視しないでください」
一向に返事はない。
彼女は俺を求めていない。それなのに出しゃばり過ぎかもしれない。しつこいのかもしれない。きっと、彼女にとっては余計なお世話なのだろう。
だけど俺は、例えそれが善意の押し付けなのだとしても、ここで引くことは出来なかった。
返事がないなら、させれば良い。
彼女は必死に努力をしている。例え非効率な努力だとしてもそれは変わらない事実だし、彼女自身にも努力をしているという自覚がある。
だから使える手であり、だからこそ使いたくない手でもある。
「――お前、本当に無駄な努力をしてるよなぁ……? そんなんに意味あるとでも思ってんの? ただ努力してる自分に酔ってるだけじゃねぇの?」
程度の低い煽りだ。俺は人生を通して誰かを煽った経験もなければ、どのような煽りが彼女に最も有効なのかも知らない。
だけど、彼女の怒気が膨れ上がっているのを感じる。このレベルの煽りでも癇に障るということは、それなりに的を射た発言だったのかもしれない。
「大体その努力に意味があるんだったらもっと強いはずだよなぁ? 何でお前そんなに弱いんだ?」
見事、彼女を怒らせることに成功したらしい。
地面を蹴って、剣で俺を攻撃してくる。全力の攻撃だ。年下の俺に対してこの攻撃。かなり彼女も必死なのだろう。
しかし、俺はその全てを軽く躱していく。剣は当たる気配も見せないまま、何度も何度も空を切る。
「残念だなぁ? こんなガキ一人殺せないようじゃまだまだ努力の意味はないようだぞ?」
俺が一言重ねる度に、剣は速く、強くなっていく。しかし、同時に剣筋は単調になっていき、躱すのは容易くなるばかりだ。
しばらく避けるのを続けていたが、段々と飽きてくる。少女の目にも、疲れと諦めが明らかに浮かんできている。潮時だ。
「『放出・霊』」
「……え?」
ここらで終わらせることにし、魔術で収納していた剣を取り出す。
それを素早く少女の首元に滑らせる。
「俺の勝ちだな……」
俺は少女に向けて勝ち誇る。
勝った喜びなんてものはほとんどなかったが、これも彼女の話を聞きたいが為の演出のようなものだ。
少女ももう攻撃を仕掛けてくる気配を見せない。
圧倒的な力でねじ伏せたからだろうか、思ったよりもあっさり解決した。
最低な方法で解決をしたことは分かっている。
そもそも、彼女の問題にずかずかと踏み込んでいくのもマナー違反だ。
だけど……気になってしまったのだから仕方がない。
俺は剣を下ろして、彼女に向き合う。
「……どうやって……どうやって『SSS級魔術』を使ったの……」
「ん?」
「どうやってその魔術を使ったのかって聞いてるのよ!」
彼女の顔は必死だった。
「どうして……。私は魔術を使えなくなったのに……。どうして……!」
拳を、俺の腹にぶつけてくる。
何となく、彼女の境遇が分かった。
彼女は『SSS級魔術』を授かったのだろう。だけど、使えなくなってしまった。
それで、こんなところで闇雲な剣の練習をしていたのだ。
だけど、噛み合わないことがある。『SSS級魔術』が使えなくなったのは、六年前のことだ。
あの調子で剣を練習していたのだったらとっくに限界が訪れている筈だし、ずっと練習をしていたにしては、こう言ってはなんだが、剣の扱いが下手すぎる。
「うっ……ううぅぅ……うえぇぇえええええん!」
遂に泣き出してしまった。
俺が泣かしたのだ。撫でて安心させるくらいはしたかったが、女性に対する免疫が皆無の俺には難易度が高すぎた。
諦めて、横で成り行きを見ていたティアにその役を任せることにする。
ティアは優しく少女を包み込む。
金髪を小さな手で何度も撫でて、落ち着かせる。
やがて、段々と収まってきたのか、泣き声が止む。
泣き腫らした少女の赤い目が俺を捉える。そして、みるみるうちに顔も赤くする。照れか怒りか。
そして、少女はすぐに駆け出していってしまった。
結局ここまでして彼女のことを聞くことは出来なかった。
ただ、ティアの胸で全力で泣いたことで、少しでも彼女の気が楽になっていることを祈るばかりだ。
……もし次会うことがあったら、きちんと謝っておこう。
今回やったことは、謝らなければならないことだ。
「はぁ……」
一日分の疲れが溢れてくる。
昼過ぎにここに辿り着いてから、随分と長い時間が経ったように思える。
まだ試験の日までは時間がある。それまでに旅の疲れをしっかり癒さなければならない。
とにかく、今日は『精霊の宿り木亭』に帰ろう。
野宿続きだったが、久しぶりにちゃんとした寝床で寝られる。
布団への期待に胸を膨らませながら、俺達は王都の中を歩いていく。
次回、遂に試験します!
本当は王都着いてからの三話を一話でやる予定だったんですけど、予想外に長くなってしまった……。




