√トゥルース -078 口説くのは苦手?
「ふむ。では、ニナとシャイニーはどうする?」
カーラとラナンが決まれば、次はその二人だとばかりに声を掛けるミックティルク。
まだ諦めていなかったのか!と驚くトゥルースだったが、ミックティルクのしつこさをよく分かっているカーラとラナンはそれを当たり前のように黙って見ていた。
ファーラエに至ってはその会話は耳に入っておらず、自分の石を何に加工して貰おうかとミックティルクの隣で思案中だ。
そしてティナもミックティルクのそんな性格をある程度ではあるが把握していた。
基本的な情報は王国の宮廷にいた時に周辺国について確りと勉強しており、大陸中の情勢についても大まかに知っていた。当然大陸一の大国であるメガリー帝国についても詳しく習っていて、その中でも次期帝王との呼び声高いミックティルクの事には同年代ともあって詳しく聞いていたからだ。
「まだそのような事を。半分冗談だと思ってました」
「ふむ、半分か。ではもう半分は本気と捉えていたという事だろう。私は諦めが悪いぞ?」
そんな相手に身元を明らかにしてもいないのに求婚のようなものを受けたのだ、今は王女という立場ではない以上当然それを受ける訳にはいかない。
「……今のわたくしは家の問題もあるので、それを受ける訳にはいかないんです。分かってくだされば……」
「ふむ。家の問題か…… それが解決すれば問題はないのだな?」
「えっ! いや、そういう訳では!」
言い負かされたようで慌てるティナ。どうでも了承させたいようで、どう断れば納得して貰えるのだろうかと頭を悩ませた。
「ふっ。良い答えを待っているぞ、ティルナニーナリティ」
ここで考えておいた偽名をフルネームで呼ぶのか!と戦慄するティナ。本人ですら元々覚える気の無かった長たらしいその名を一度聞いただけで覚えてしまっていたのだから、迂闊な事は喋られないな再度気を引き締めた。
「して、シャイニーは?」
「!!」
プルプルと首を振るシャイニー。
それこそティナと違ってここまでの人生の大半を孤児院で過ごしてきたシャイニーには、王族からの求婚などとは夢にも思わない事であった。それに自分は助けてくれたトゥルースに恩返しの為に付いていくと決めたのだから、今更ミックティルクに求婚されたからと言って離れる気は全くない。
「その……ウチには身に余る事で……その……む、む……」
「む?」
「無理です!」
そもそも婚姻する事がどういう事なのかすらまだよく分かっていないのだ、ミックティルクからの求婚自体が斜め上の話であった。それなのにすんなりと受けられる筈がない。
謂わば当然の結果であるのだが、ほぼ即答だった事に対して眉を下げるミックティルク。
「む。月下姫は私が嫌いなのか? 私はお前を思いの外気に入っているのだがな」
「嫌い、とかじゃなくて……」
直球気味の言葉にたじろぐシャイニー。それでなくても異性に口説かれる事はトゥルースを除けば今まで無かったのだから。
寧ろ、顔の火傷のような痕によって異性、同性ともに虐げられてばかりであったのだ。
「身寄りのない事を気にしているのか? それについては私は気にしないし、誰にも口出しはさせない。それはニナ、お前にも言える事だ。勿論、ニナに付いては身分を明らかに出来れば側室ではなく正妻として迎えたいと思ってはいるが……今は難しいのだろう? いつまでもとは言えぬが、私は待つぞ?」
しれっと牽制球を投げてくるミックティルクに、顔を歪ませるティナ。どこまで気付いているのか分からないが、家に戻って許可を得て来いと口には出さないが言っているのだ、あたかも問題がそこにだけあるかのように。
「ミック様。そもそもそれはミック様として言っているのですか? それとも第三王子ミックティルク様として? どちらにしても旅の途中である身元も分からないようなわたくしたちを、というのは醜聞が立ってよろしくないのでは?」
「そんなものは捩じ伏せてしまえば良い。重要なのは人がどう思うかよりも私が気に入るか気に入らないかだ」
どれだけ家柄が良かろうが、気に入らなければその話はないと言い捨てるミックティルク。至極当然な意見のように聞こえるのだが、そこに相手の気持ちを汲むような心遣いは薄らとはあるものの、希薄なように感じた。
しかし、そこは大国の王子として仕方ないところなのであろう。
ミックティルクが気に掛けるような女性は彼とはあまり接点の多くない者が大半である。となれば、悠長に時間を掛けて口説き落とすような暇はないので、少々強引な手法で取り込んだ後にゆっくりと口説くという手法を取っていた。その成果がカーラとラナンであった。
実際、視察先で見掛けた一般女性に声を掛けた事があったのだが、口説きかけたところで時間切れとなり成就しなかった事がある。立場上どうしても相手が気圧されてしまうのだ、今のシャイニーの様に。
一方で、玉の輿を狙って来るような大手貴族の女性たちは問題がある場合が多く、ミックティルクもそれを嫌っていた為、言い寄ってくる異性は排除していた。
するとどうだろう、半数以上の者たちは女癖の悪い事で知られる兄の第一王子や第二王子に取り入ろうとしたのである。当然そのような女たちは良いように弄ばれ捨てられていった。
結局は皆、王族の権力が欲しかったのである。そして自分は特別であり、他の女とは違って捨てられる事はなく王妃となれると夢見ていたのだ。
「……そのような事をしていては市井の者たちへの聞こえも悪くなるのでは? 実際、わたくしの耳にも殿下は……って、申し訳ありませんっ、口が過ぎました」
「ああ、良い。それも分かっている。が、力の大きさがモノを言う帝国にあっては穏やかで居続ける事は出来ないのだよ。私としては不本意ではあるが、な」
それを聞いて、王国で聞いた第三王子の評価を脳内で精査するティナ。
若いながらも政治力に長け、時として苛烈なまでの制裁をも厭わない次期帝王との呼び声高いある意味で危険な人物。
だが、その苛烈なまでの激しい性格は態とだと言う。確かにこの屋敷に引き込む手腕は強引なものであり褒められたものではなかったが、屋敷内での待遇は悪いものではなく強引に言い寄る事もなく。粗相をしたトゥルースへの仕打ちは被害者の一人であるファーラエに委ね、代理として執行した制裁も信じられない程の威力はあったものの許容範囲内のものであり、自らが制裁を付け足すような事はしなかった。横暴な王族たる振る舞いは多少はあったが許容できる範囲であり、聞いていた苛烈な性格とは何ぞやと首を捻る程であった。
その実、敵意や害悪に対して容赦がないだけであり、過失に対しては罰は与えるものの寛容さを見せる程であったのだ。伝え聞いたものとは違うと、王国内とは違う評価を下さざるを得ないティナ。化けの皮を被っている可能性は無くもないのだが、この数日間のミックティルクを見て、ティナはそう評価した。そのあたりは王女として多数の腹黒狸を相手にしてきたティナの目にも問題は無さそうに見えたのだ。
「……ひとつお聞きしても? 過去、帝国は戦争行為によって領土や属国を増やしてきましたが、最近は戦争はせずに拡大路線は鳴りを潜めてますが、もし殿下が帝位継承された場合はまた拡大路線へと変更されるのでしょうか」
ちょっ!何を聞いているんだ!とトゥルースたちが慌てる中、そう問い質したティナにミックティルクは目を細めた。