√トゥルース -077 石の弱点
「悪いが時間切れだ。私たちは明日の朝イチで帝都に戻らねばならなくなった」
それは昼食時の事だった。何やら屋敷内が慌ただしいような気がしていたのだが、聞けば帝都からミックティルクに小早船で至急戻るよう報せが来たという。
「急ぎなら今から出発した方が良いんじゃないですか?」
「いや、乗る軍艦が荷の積み降ろしや補給をしているから、早くても出発出来るのは深夜になる。夜間航行は危険も付き纏うから夜が明けてからの出港だな」
そう言って優雅にスープを口にするミックティルク。
成る程、なので荷物は今日の内に船に運び込んで自分たちだけで朝に港に向かう寸法かと納得するトゥルースたち。
「はぁ、もう帰らなくちゃいけないのね。帰りの船は行きよりも時間が掛かるからあまり好きではないのだけど」
「あ~、確かに。こっちへ来るのは丸一日で着くけど、帰りは二日近く掛かるからね~」
「風向きのせいだって事は分かるんだけど、もう少し何とかして欲しいわよね、ファーさま」
珍しいファーラエの愚痴に賛同するカーラとラナン。
しかしその速度はこの時代、トップクラスとはいかないまでも、この世界では優秀な方だった。況してやこの湖の中では大型船では随一の速度を誇った。
因みに小型船の一番は連絡にも使われている軍の小早船だ。特に違法操業船や海賊船を追い込む際のスピードや回頭性は目を見張るものがあった。船員の士気はかなり高いらしい。
その為、この湖で大捕物があるのは年に何度も無いという。
「じゃあ、陸路で帰れば良いのでは?」
「いや、陸路は湖をぐるっと廻らねばならないから船とは比べ物にならないくらい日にちが掛かる。それに……宿の確保が急には難しいからな」
チラリと目だけを向けて答えたミックティルク。その視線の先にはファーラエが。
ファーラエと共に陸路で移動するとなると、ファーラエの安全の確保がマストである。当然宿は信頼の置けるところを貸し切り、周囲には目立たないように護衛の兵を忍ばせる事になる。
移動も細心の注意が払われる事になるので、その馬車の車列はそれなりのものとなってしまうのだ。そこまでしても、一目見ようとする住民はおろか、お目通りをと幾人もの貴族たちが押し寄せる事になるので、それを排除する手間が煩わしかった。
「ああ、それで軍艦で。それなら警護も最低限で済みますからね」
軍艦であれば一般人は乗る事はないので、後は内部の規律を今一度正せば済む。追加の警護は最小限で済むのだ。
因みに陸路の場合、一旦北の町に出てから西に進み、湖岸から少し離れた街道で南下、帝都には南西から入る形になるのだが、馬車は定期的に休憩が必要で夜の移動も出来ない為、実に十日以上もの日程が必要になってくるのだ。しかも移動中はじっと座っているしかなく、退屈であり身体にキツい。
対して、船であれば寄港する際以外は停まる必要もなく、船内をある程度自由に動き回れるのだから雲泥の差だ。それに、ほぼ最短距離で休みなく移動出来るので、風に乗ればこれ以上ない移動手段となる。
「まあ、そういう事だ」
察したトゥルースへの余分な説明が省けたと息を吐くミックティルクは、続けて別の話題へと移った。
「例の叙爵の印になる物は今取りに行かせている。今日中には渡せるから安心するが良い」
「あ、はい。そうですか……」
実際問題として、爵位に興味の無いトゥルースとしてはそれは望む物ではなかったが、ファーラエからの罰もあって受けざるを得なかったのだ。
それが無くてもミックティルクから受けた仕事で研磨の終わった石を届ける際に、円滑に会えるようにとミックティルクが用意しているのだから断る事など出来よう筈はなかった。
「で、あの研磨機で出来そうか?」
ミックティルクが目を細めてトゥルースに問い掛ける。本職ではないと理解した上で依頼をしているので文句を言うつもりはないが、初めから無理と分かっている事を押し付けるつもりもない。
「たぶん大丈夫だと。必要な道具や研磨剤もザール商会で揃えたし、問題はないと思います」
「ん、そうか」
「ところで石は何にするつもりですか?」
気になっていた事を今更ながらに聞くトゥルース。本当に今更だが、決して作者が忘れていた訳じゃない。え? いや、本当ですよ?
「む。そういえばまだ何も決めてないな。シャイニーのような首飾りも良いが、指輪や腕輪でも良いんじゃないか? なあ、カーラ、ラナン」
「えっ? それって自分の好きな物にしても良いの? じゃあ、わたしは何にしようかな」
「あ、あたしは指輪が良い! 指先ってよく見えるから、いつでも楽しめそうだし!」
左手をかざして何気に薬指を強調するように人差し指と中指をくっつけて指輪を想像しながらうっとりとするラナン。
「あ、それは良いわね。わたしもそうしようかしら」
「え~? カーラさん、あたしの真似はいつも嫌がるのに~」
「ちょっ! 良いじゃない、ラナン! わたしだって良い物は好きな時に見たいわよ!」
途端にいつも通りの言い争いを始める二人。
しかし、そんな二人を眉を下げて見つめるのはトゥルースとアディック、リム兄妹だった。
「あの、言い辛いんだけど……レッドナイトブルーは水に濡れるのに弱いんで、水を触る機会の多い指先には着けない方が良いかと」
「「ええっ!?」」
ガ~ンと衝撃を受けて目を見開き固まるカーラとラナン。
それ以前に、今回は石を長細い形にする予定であり、指輪には少々似合わないであろう。
そして、この人もその話を聞いて眉を顰めた。
「それは本当なのか? トゥルース。シャイニーは石を胸元に仕舞い込んでいるじゃないか」
「ええ、レッドナイトブルーは汗には強いけど水には弱いんです。水に濡れたままにすると色褪せしちゃいますね。宝石を扱う者には知れ渡っていると聞いてます」
ミックティルクの疑問に答えるトゥルース。
それはピンクナイトレインボーを扱うアディックたちも知るところなので、トゥルースの説明に頷いて同意した。それを見て、そうかと納得の顔をするミックティルク。
「そう言えばリムの石もひとつ、水にやられて色褪せしたんだったな」
「因みにピンクナイトレインボーは水にも汗にも弱いので、身に付けるのは十分注意が必要です」
「そう、なのか。そういえばピンクナイトレインボーを持っている者は滅多に身に付ける事が無かったな」
言われて気が付くのも仕方ない。男は得てして宝石には疎いものだ。
それはミックティルクも例外ではなかった事に、完璧超人と言っても、やはり人の子なんだと少し身近に感じたトゥルースだった。
因みにイエローナイトグリーンは水には強いが汗に弱い面があった。
「じゃあ、やっぱり首飾りにする?」
「そうよね。腕輪も濡れない保証はないから、首飾りか……耳飾り? でもひとつしかないからやっぱり首飾りになっちゃうよね」
少し残念そうに定番である首飾りを指定する二人だったが、それにはアディックが補足するようにアドバイスをした。
「レッドナイトブルーはふたつに分け易い。石が小さくなっても良いのならふたつに割って耳飾りにするのも良いだろう」
「えっ、そうなの? んーどうしよう。他にも髪飾りや服に付ける胸飾りっていう手もあるのよねぇ。でも……」
こうして話す事で、一度は減った選択肢もまた増えた。暫くカーラとラナンが考え込むが、ふいにラナンが顔を上げた。
「決めた~。あたしは胸飾りにするわ。それならいつでも手に取って見られるしね~♪」
「あら、ラナンには珍しく無難な選択肢……ってか胸の無い人への当て付けね。このオッパイ怪獣め。じゃあわたしは耳飾りにするわ」
「むぅ、何よオッパイ怪獣って~! 僻みにしか聞こえないわよ? まあカーラさんは顔に一番近いところに付ける事で、女だと認識して貰うのが最善なんでしょうけど~」
「何よ、わたしが女らしく無いって事?」
わあ、また始まった!と溜め息を吐く一同だったが、それぞれの選択した物は己の魅力を惹き出す良い選択にも思われるものだった。