√真実 -020 受難の相?
「ところで、私の仕事が何だかは分かったかい? 結構ヒントは出していたんだがな」
「それがサッパリで。どこかで聞いたような単語がいくつかあったんだけど、どこで聞いたのか全然思い出せなくて……」
智樹がお手上げのサインを出す一方で、綾乃は早々に降参しており他人事のようにその様子を見ていた。真実と光輝は未だ俯いたままだ。早く戻ってきて欲しいところである。
「それじゃあまた会うまでの宿題になりそうだな。ピンポイントで当てるのは難しいだろうが、よく考えてみると良い」
「え? また会うまでって、もう仕事に行っちゃうんですか?」
「明日と明後日は勉強会は休みにするんだろ? 学校が始まれば週末くらいしか来れないだろうから、次に来る頃には私はいないだろうな」
「そう、なんですか? じゃあ次に帰ってくるのは?」
「仕事上、いつとはハッキリとは言えないんだ、悪いが察して欲しい」
「「え~!?」」
如何にも残念そうな非難の声に総司は気を良くするが、中学生ともなればそれが定型文である事が少なくないのを総司は気付いていなかった。
因みに残り二日の勉強会を休みにしたのは、綾乃が家族旅行しか行ってない事を思い出して遊びに行くと言い出したからだが、じゃあみんなでとはいかず、それぞれ単独行動する事になった。
道場にはテストもあるので暫くは休む旨を伝えてある。
綾乃はあわよくば夏休み最後の土日とあって両親に何かおねだり出来るかもと目論んでもいるようだ。
じゃあ真実と智樹、光輝の三人で?と相談しようとすると、智樹はそれを辞退した。どうせならデートして来いよ、と。
「で、光輝は何処に飛弾を連れてくつもりなの?」
「……ん、秘密」
「え~、あたしにだけ教えてよ~」
「……駄目、あやのちゃんでも教えない。秘密」
綾乃からの要求を拒む光輝は真実よりも先に我に返っていたが、その光輝の声で漸く真実も返ってきたようだ。
確かに付き合いだしてからずっと二人でいるという事は無かったなと思い返す二人。せいぜい神社の夜祭りに出掛けた程度であったが、それも事件に巻き込まれてふいにしていたし、況してやプールに泳ぎにも行ってない。ほぼ毎日を午前中道場に、午後からは真実の家でみんなで勉強会をしていたのだから。
OH、なんてつまらない夏休みを送っていたのだろうかと頭を抱えた真実。
では、と恥ずかしながらも二人でどこかに行こうという話になった。総司から臨時の小遣いも出ていたので、ちょうど良いと。
が、どこへ行こうかという話になれば何も思い付かない。そこで何かをひらめいたのか、光輝がじゃあ自分に任せてと小さく手を挙げた。何処に行くかは秘密だけど、歩き易い格好をしてきて欲しいと。
「おい、真実。お前はどうも今年は受難の相が出ているっぽいから気を付けろよ?」
「……何を言ってるんだよ、智樹。まさか智樹が女子みたいなオカルトめいた事を言い出すとは思わなかったぞ?」
「真実こそ何を言ってるんだよ。僅かこの二ヶ月足らずでどれだけ事件に巻き込まれたと思ってるんだよ。あんな怪我までして」
「うぐっ! た、偶々だよっ! 偶々重なっただけさ。そもそも相手はみんな同じ奴で、そいつらもみんな捕まったし! もうあんな事はそうそうある訳ないよ!」
そう否定する真実だが、智樹の目は冷たい。
「本当にそう言い切れるのか? 災難ってのは自分から突っ込んでいくばかりじゃないんだぞ。それこそすれ違っただけで因縁を付けてくる奴がいるかも知れないし。それこそ神様か作者が面白半分で事件を押し付けてくるかも知れないじゃないか」
作者がだなんて訳の分からない事は別にして、神様の御心まで言い出されたら何も言い返せない真実。え? 作者の気紛れ? そ、そんな事はないですよ? いや、ホントに。七割方は予定通りですってば(え
「むぐっ! そ、そもそもそんなに事件になるような事があるなんて、ある訳ないじゃないか。それに俺が自ら首を突っ込んでいるような言い方だけどさ、たかが護身術でそんなに喧嘩が強い訳でもないんだから自分から突っ込んで行くような事なんてする訳ないだろ?」
「真実、おま……よく思い出せよ? 一番初めはこの二人を助けに自ら突っ込んで行ったんだろ? 忘れたとは言わさないぞ」
今度こそ言い返せずにぐぬぬと唸る真実。
「加えて言えば、真実は少し慢心しているんじゃないか? ただ身を守るだけの為に何年も護身術を習いに行っている訳でもないだろ。本当に護身術だけを習っているのなら、相手を撃退したり応援が来るまで足止めをしたりはしない筈だ。積極的に反撃する術を教えて貰ってるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
智樹の指摘はズバリだった。師範である倉楠欣二は護身術だけでなく合気道も教えていた。加えて空手や柔道もそれなりに使う事が出来る上、時々立ち寄って相手をする事もある兄の昭一は警察官である。警察官なら独自の逮捕術が身に付いており、更に小学生の頃から通っている真実に面白がって二人で色々と仕込んでいたのだ。
勿論、他の常連であるお姉様方にも色々と仕込んでいて、居合わせた夜祭りの事件現場で逃げようとしていた男たちの確保にその力を発揮していたのは知る人ぞ知る出来事だったが、尾ひれはひれが付いて噂となって広がっていた。
しかし、智樹の耳には事件は正しく伝わっていたようだ。それも当然で、大半は当の本人である真実の口から聞き出していたのだから。後は噂話と照らし合わせて脚色された部分を排除しつつ本人の話を補完するだけの簡単な仕事である。
だが、多くの人々はそれが上手く出来ない。それどころか、更に自分なりの解釈を付け加えて噂を広げていくのだ。
「まあ、智樹君。そのくらいにしてやってくれないか? 人を守れる力を持つ事は決して悪い事じゃない。寧ろ見て見ぬふりをするような子に育ってなくて良かったと思っているくらいだ」
手を拭きながらキッチンから戻ってきた総司が、尚も言い続けようとする智樹を止める。
が、その目は柔らかいものから鋭いものへと一瞬で変わったかと思ったら、真実を睨み付けた。
「が、真実はその忠告を受け入れるべきだ。聞けば他にも人を呼ぶなり別のやり方がいくつもあった筈だと思うが、違うか? どうせ真実の事だから道場以外で腕前を見せられる機会も今まで無かったし、綾乃君や光輝君に良い格好を見せられるとでも思ったんじゃないのか?」
友から窘められ父親から釘を刺された真実は、先程からぐぬぬとしか言葉を発していなかった。なにも光輝の前で言わなくても良いのにと思うものの、指摘された事に心当たりが大有りな真実は言い返そうとしながらも口をパクパクさせた後、項垂れた。
確かに格好付けたかったのではと言われて全面否定出来る程、純粋に助けに行った訳ではない。切っ掛けは光輝と共に男たちに連れていかれそうになっていた綾乃が真実を見付けて助けを求めたからだが、そこには下心が無いとは言えなかったからだ。
学校では智樹以外には人と接点を持っていなかった真実が女子二人に頼られ、少なからずとも助けられる術を持っているのだから、厄介な事に巻き込まれたと思う一方で女子に良いところを見せられると少しも思わなかったとは言えない。寧ろ健全な男子中学生なのだから異性を意識しない訳がないのだ。
「オジさんも秦石君も、そんなに飛弾を責めないでやって。少なくともあたしや光輝はそれで助けられたんだから。あの時は周りに飛弾以外人がいなかったから、飛弾が助けに来てくれなかったらあたしたちがどうなっていたか…… それに……」
横を見る綾乃。そこには真実と同じように俯く光輝の姿が。自分たちのせいで真実が怒られているかのように感じてしまったのだろう。もっと言えば、全ての事件に自分も関わってしまっていたのだから、自分も一緒に怒られているつもりなのかも知れない。
「やや、これはマズったな。これは別に真実や君たちを叱っている訳ではなく、一人で解決せずに人を頼るように心掛けなさいというだな?」
途端にしどろもどろになる総司は、普段この年代の女子はおろか女性とも関わる事は少なく、どう対処して良いのか分からないのだった。