√真実 -019 イケメンじゃないけどっ
「じゃあ、今日はずっと石の研磨の練習と体術の稽古を?」
エアコンの効いたダイニングで、椅子にもたれた智樹が両手を頭の後ろで組んで問い掛けると、右隣に座る真実がテーブルに肘をついて聞いてくれとばかりに返事をした。
「いや、結局石の研磨の練習だけで一日が終わってしまったんだ」
「はぁ? 只の練習に丸一日も?」
「そうなんだよ、俺としては一時間もすれば良いかと思っていたんだけどさ。見ていたシャイニーが自分もと買って出て、ああだこうだとやっている内に姫様や王子の婚約者たちまでやってみたいって……」
更に石の売人の二人までもが興味を持って石の研磨について質問攻めに遭った上、ファーラエの好奇心に火が点いて関係のない事まで話をする事になった。
これまでの道程や石の売人の過酷さに加え、村の生活に至るまで根掘り葉掘り。
シャイニーの境遇を改めて聞いたみんなは共に涙を流して抱き合っていた。(除く男たち)
だが、ティナは出合いの経緯やその身分については頑なに口を接ぐんだ。当然の事ながら言える筈はない。トゥルースたちもティナとの出合いについてははぐらかすばかりで口にする事はなかった。端から見るまでもなく怪しさ満点であったが、人には話せない事のひとつやふたつはあると擁護したのはミックティルクだった。
ティナに求婚をしている手前、相手の素性は明らかにしておかねば後々問題になるであろう筈なのに、である。追及される側のティナをはじめトゥルースやシャイニーたちとしては聞かれても話せない以上それは助かったのだが、全く聞いてこないのが却って不気味だった。
「へぇ。その王女様って他人にはあまり興味を示さないんじゃなかったっけ?」
「そう思っていたんだけど、何故か食い付いて来てさ。お陰で丸一日体を動かせなかったよ」
「ふぅん、何が興味を惹いたんだろうな。お前に……って事は?いきなり逆玉って目が出てきたんじゃないか?」
「ないないない! 相手はめっちゃ可愛い王女様なんだから! 言ってみればトップアイドルだよ? そんな姫様が何処にでもいそうな俺に興味を持つ筈ないよ。きっと見た事ない機械や只の石が磨かれて宝石になっていく過程が面白かったんじゃないかな」「……なら村の話まで聞かないと思うんだけどなぁ」
キッチンでワイワイと昼食の方付けをする総司や光輝、綾乃たちを見れば、あと少しでその方付けも終わりそうだ。
「で、明日も屋敷に缶詰めか?」
「まあ、そうだろうな。でも例の爵位に関わる何やらが出来てくるらしいから、それを受け取ったら直ぐに出て行くかも」
(仮)ではあるが、一代限定である名誉男爵の印になる物を手配中で、それを受け取らない事には出来上がった石の宮廷への持ち込みも儘ならないという。なので仕方なくそれを受け取るまで滞在せねばならなかった。
「ふうん、お前が男爵ねぇ。安易なラノベの定番だな……っと、話はここまでだな。片付けが終わるみたいだ」
相変わらず真実は智樹以外の前では夢の中の話をしないようにしていた。したところで信じては貰えないし、気持ち悪がれるだけだからだ。智樹もその辺りは察してくれて、他人のいるところでは決して口に出したりはしない。
空気を読める良い男である。
「何の話をしていたの? こっちの方まで何やら話してるのが聞こえて来たんだけど」
「え? いや何でもないよ」
「何でもない事はないでしょ。アイドルが云々って聞こえて来たんだけど?」
「ああ、ちょっと仮定の話をしていたんだよ、智下。その内に真実の所に取材が来るんじゃないかって。妊婦を悪党から守っただけでなく武器を持ったその悪党に立ち向かって返り討ちにし捕まえてしまった訳だからさ。警察発表は逮捕された時に真実が絡んでいた事は伏せられていたけど、もう噂話がテレビ局にまで伝わってても可笑しくはないだろ?」
流石は智樹。咄嗟に聞いてきた綾乃にらしい話をでっち上げて誤魔化したのを感心する真実だったが……
「……確かに! でも何でアイドルが?」
「ニュースに取り上げるには少し日にちが空いたからな。取り上げるんならバラエティとかじゃないか? とくればリポーターは有名なアイドルの方が良いよな、って話さ」
「あ~、成る程~。確かにその方が視聴率は取れるでしょうね、飛弾って良くも悪くもイケメンとは言えないし」
ウンウンと腕を組んで頷く綾乃に、だろ?とそれを肯定する智樹。
「いや、ちょっと待ってよ! いくら何でも取材にだなんて来ないでしょ! てか、何気に俺をディスってるよね!」
プンスカ怒る真実に気を良くしたのか、二人がニヤリとする。
しかし、それに抗議する者がもう一人いた。光輝だ。
「……二人とも言い過ぎ! 真実くんは……イケメンじゃないかも知れないけど、強くて優しくて頼りになって、イケメンじゃないけど格好良……いん……だか……らはぅぅぅ」
ムッとした顔でキッチンから戻ってきたのだが、言い返している内にみんなの目が集まり、恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「この子ってば…… 慣れない事を口にするもんだから」
そう言って光輝の頭をポンポンと軽く叩く綾乃の顔には仕方ないなぁと薄ら笑みを浮かんでいた。それは座っていた智樹も同じで、ハハハと苦笑の混じった笑みを漏らしていた。
そして光輝と同じように俯く真実。顔にはお褒めの言葉による嬉し恥ずかしニヤけと、何故イケメンじゃないって二度言った!?という複雑な表情が。イケメンじゃないって自覚はしている真実たが、カノジョから強調されて言われるとダメージは小さくない。
が、それよりもカノジョから今まで聞いた事がなかったお褒めの言葉が聞けた事が嬉しくてそのままカノジョの光輝を抱き締めたい衝動に駆られたものの、辛うじてそれを抑える事が出来たのだった。
もし実行していたら色々と不味い状況になっていただろう。同級生の前でという事もあるし、キッチンからは父親の総司のニヤけた目が向いているのだから。
「はいはい、惚気はそのくらいにしておいてね。砂糖吐きそう」
「お前ら明明後日から学校だけど、気を付けろよ? 大丈夫だとは思うけど、それこそからかわれるぞ?」
今日は八月の末日ではあるが、金曜日なので二学期が始まるのは月曜日の九月三日からだ。浮かれたまま学校に行けば足をすくわれると智樹が真実たちに忠告する。
「それにしても、おじさんのカレーは美味かったな。先週の味久さんとの料理対決の時も良かったけど、今日のは更に洗練されていたと言うか……」
「うん、味の深みが増してたわよね、少し辛くなってて食べるのに苦労したけど」
中学生にもなればカレーは徐々に甘口を卒業して中辛や辛口を好むようになるが、今日総司が作ったカレーは先週の物より辛味を増して本格的な物に近付いていた。
中学生にはまだ早すぎたかと反省する一方で、評価は上々だった事に満足する総司。
先週に続いて昼食にカレーを作り、いつも真実に料理を教えながら一緒に昼食を食べる光輝を始め、昼に来る事の出来た智樹や綾乃を招待してリベンジカレーを振る舞ったのだ。
真実の母、花苗は午前中は半休を取り、真実を朝イチで道場に追い出して総司とイチャラヴカレー作りを楽しみ、みんなと昼食を共にした後、先程慌ただしく出社していった。
「そうか、あの辛さは君たちにはまだ早かったか。私にはこのくらいが丁度良かったんだがな」
「いや、でも食べられない辛さじゃなかったし、美味しかったから」
「そうそう、家でラッシーが出てくるなんて思ってなかったし」
「ああ、少し辛さを頑張る分、飲み物にも気を遣わねばと思ってね。辛いからって水だと余計に口の中が辛くなってしまうからね」
成る程と頷く智樹と綾乃。未だ復活しない真実と光輝は置いてきぼりだが、その辛いカレーに一番苦労したのは光輝だった。料理がある程度得意であるが故に無理な辛さに挑戦するような事はせずカレーはまだ甘口から中辛に移っている最中で、総司のカレーの辛さには終始舌を巻いていた。
付け合わせのワカメとツナのサラダに醤油ベースの和風シソドレッシングがラッシーと共に光輝の口の中に僅かな憩いの時間を与えていたが、流石に辛すぎたのか結局卵で辛さを調整して事なきを得たのだった。
前回のカレー対決の時は何とか頑張って食べていたが、そこが限界だったようだ。無理すんな。