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√トゥルース -075 再度の紅葉マーク



「あ。これなら元の形よりも楽に出来そうですし、怪我をする事もなさそうですね」


 簡素な作りの組み立てられた機械を軽く動かしながらティナはその工夫に感嘆の音を上げたが、それは見ていた周りの者たちも同じだった。


「これならウチにだって手伝えそう」

「ほう? こりゃよう考えたの。わしには少々手伝うには無理そうじゃがな」


 真っ先に手伝う事を考えたのは、いつも行動を共にするシャイニーとフェマだ。当然と言えば当然の思考であろう。


「形からはどう動くのか想像出来なかったけど、結構単純なのね」

「そりゃあ組立式なんだから、複雑な物の筈ないじない~。カーラさんってばボケがキツいんだから~」

「なっ! 何がボケよー! ラナンだって驚いて見てたじゃないの!」


 いつもの様に言い争いを始めるラナンとカーラ。ボケをカマしているのはどちらかと言えばラナンである事は周りは気付いているのだが、その事に気付いていないのは当の本人だけだろう。


「ふむ。それがあれば石の仕上げは容易になるのか、楽しみだな」

「お兄様はこの人にお願いするの? 宝石って太ったお金持ちの商人さんが持ってくるものだと思っていたのだけど」


 機嫌良くそれを見るのは依頼人であるミックティルクである。普段は機嫌が分かる程表情を露にする事はあまりなく、相手は感情の機微を伺い知る事が出来ず交渉相手にしたくないとよくボヤく程であった。

 しかし幼い頃からいつも一緒だったファーラエにはミックティルクの機嫌が良い事を的確に感じ取っていて、その要因であるトゥルースとその機械に興味を持つのだった。

 しかし、それにしても……とファーラエは続ける。


「ファーラエやお兄様のデコピンが強力でまだおでこが薄らと赤いのは分かるけど、もしかして張り手の方が罰には良かったのかしら?」


 コテンと首を傾げるファーラエの視線は、ティナが試運転した後に不具合が無いかを調べるトゥルースの顔に向けられていた。

 皆が気付いていながら敢えて触れなかった事だったのだが、ファーラエには気遣いという事は頭にないらしい。時にそれは武器になるが、殆どの場合は弱点でしかない。相手をエグりすぎるのだ。


 トゥルースの顔には、ファーラエの指摘の通り額にデコピンの跡が赤く薄いらと残る他に、明らかに真っ赤に染まった頬が。その痕は見事な紅葉マークであった。

 それを耳にしたトゥルースは、いやそのちょっと……と視線を外して誤魔化すが、当然ミックティルクの耳には何があったのかは耳に入っており、プスッと堪えきれずに吹き出しかけていた。


 そんな兄の様子に驚きの顔をするファーラエ。普段はファーラエやカーラ、ラナン相手には笑い声は上げるが、他の者に笑いを堪えて吹き出すようなところは見せる事がないミックティルクを知っているだけに、そんな兄の表情に驚きが隠せなかったのだ。

 しかし同時にミックティルクが滅多な事では与えない名誉男爵位を与えようとする相手なのだからと妙に納得する。やはりこの男は今まで会った男たちとは何かが違うのではと考えるようになっていた。


 大陸内でも随一との声が高いファーラエの見目は異性だけでなく同性からの視線も集めてしまう。その目には憧れや尊敬に止まらず、嫉妬や性的で下品なものまで様々なものだった。何時しかファーラエはそんな視線に堪えられず、親しい者以外には微妙に視線をずらす様になっていた。明ら様に視線を外すのは余程の時であったが、通常は額や唇あたりを見ていた。

 目を見なくても相手の感情が読み取れる上に普段は相手との距離はそれ程近くない。相手からすれば自分の目を見て話してくれる姫様マジ天使!と勘違いするのはまだしも、自分に気があるのではと勘違いしたり、簡単に自分の言いなりになってくれそうだと色々画策したりとデンジャラスな方向へ向かう事もあった。

 しかしそれは周囲の者たちが許さない。ファーラエ自身に警戒感は殆んど無いが、周囲には帝王とミックティルクを筆頭とした絶対防衛網があるのだがら。


 それは兎も角、午前中のデコピンに満足していたファーラエは、トゥルースへの悪感情はほぼ解消しているようだ。いや、気にしているところを見る限り、既にその他大勢の中の一人ではなくなっていると言えよう。


「いや、これはまた別件で……」

「え? また罰を?」

「いやいや、今回は俺は悪くないとは思うのだけど……まあちょっとした事故です」


 そう、これは事故による名誉?の負傷なのだ。偶然にも測定の為に下着を下ろして全裸になったところをリムに見られるなんて、事故以外の何物でもない。不幸にもリムの手が届いてしまったのは運が無かったと言わざるを得ない。


「……あたしは謝らないからね?」

「リム、まだ謝っていなかったのか。仕方ない奴だ。ルース殿、妹がした事、謝る。この通りだ、悪かった」


 代わりに頭を下げるアディックに、ツンと横を向いたリムが何で謝るの!と批難の声を上げた。


「ねえ、今あたしは謝らないって言ったよね? 何で兄さんが謝るのよ!」

「リム、それだからお主は独り立ち出来ないのだ。非を認めるべき時はきちんと認める事を覚えよ。でなければいつまで経っても大人として認めて貰えんぞ?」


 女性だから非力だの自己防衛の術が無いだの以前の問題だと一蹴する(アディック)に痛いところをつつかれたのか、むぐっと反論の言葉を飲み込むリム。


「いや、アディックさん。今回は不幸な事故だったんですから、もう良いんです。あの状況なら仕方ないって俺も納得しているし」

「ほら、こいつもそう言っているんだし」

「おい! だからって調子に乗るんじゃない! それでも謝るべき時は謝らなければならないのだ。大人になったのだから、そういう事も覚えろ」


 一喝されてビクッとするリム。釣られてトゥルースもビクッとしたのをファーラエが目にして首を傾げた。


「あの、お兄様? ファーラエにはどういう事なのか全く分からないのだけども……」

「ん? そうだな、今の会話では分からないのも仕方ないところか。簡単に言えば、部屋でトゥルースが服を脱いでいたところにカチ合ってしまったリムが思わず手が出た、というところだ。どちらにとっても不幸な事故ではあるのだが……」


 じゃあ不用意に部屋に入ったリムの方が悪く、謝るのは正しいのでは?と、トゥルースが部屋に入り込んで女性陣の肌を見てしまった後の出来事を思い出したファーラエが首を再び傾げるが、この話には別の側面があるとミックティルクが続ける。


「そもそもリムは入っても良いかを確認して扉が開いたから部屋の中に入ったのだ。その点ではリムに非はなく、ある意味で被害者だ。まあ非があるとすれば手を上げた事についてだが、いきなり目の前に裸の男がいれば手を上げるのは致し方ない事だろう。それについてはトゥルースも納得しているようだが、トゥルースにしてみれば見せたくて脱いでいた訳ではないからな、トゥルースも被害者なのだよ」

「え? じゃあどうしてそんな事に?」


 今回、登場人物のトゥルースもリムのどちらも被害者だと言う。じゃあ誰が悪いのか。


「ああ、それはな。扉の前で控えていたあの馬鹿が何も考えずに扉を開いてしまったのだ。全く、与えられた仕事も出来ないとはな。明日は朝からたっぷりと(しご)いてやるからな、覚悟しておけよ?」


 その視線の先で項垂れるのは、部屋の入り口でトゥルースたちが逃げ出さないように控えていたラッジールだった。

 男の裸なんて見たくないと視線を外して気を抜いたラッジールが、ノックを聞いて反射的に最も近い自分が扉を開けねば、と何も考えずに開けてしまったのだ。


「……貴方、いつもお兄様に叱られているけど、お兄様の手を煩わせてばかりいては駄目よ?」


 ラッジールにメッと口を尖らせながら人差し指を立てるのだが、そんな姿も可愛らしいファーラエ。他人の事を言える立場ではないとツッコミを入れる者は誰一人いなかった。





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