√トゥルース -074 出ていく、だと?
「ん? 屋敷を出ていくとは、どういう事だ?」
商会から戻り目的の研磨機を受け取った事を報告したトゥルース。しかし、石の加工の追加が出来た為に直ぐには出発する訳でもない事をアディックが口走ってしまった後で世話になっている屋敷を出ていくと宣言した為に、ミックティルクに説明を求められてたじろいだ。その鋭い視線から察するに、どうやらご立腹のようだ。
「いや、元々ここに滞在させて貰う理由は俺たちには無かったんで、良い機会だから宿に移ろうかと」
「……何がだ?」
「えっ?」
「何が良い機会なんだ?」
「えっ! いや、その……ザール商会に頼んでいた研磨機と石の加工が上がってきたし、商会に追加で出した加工の依頼は俺たちの私用だから……」
流石は次期帝王と呼ばれるだけあって、ジロリと睨むミックティルクの目力に圧されっぱなしのトゥルースを、誰も批難は出来ないだろう。昨夜の一件もあって屋敷に泊まり続けるのは気が引けるトゥルースだったが、その威圧的なミックティルクを相手に更にお堅い口調になってしまったのは仕方ないところだ。
だがミックティルクの理不尽とも言える追求は続く。
「だから私とは関係無いから出ていくと? では聞くが、その商会に依頼した加工が終わるまでどう過ごすつもりだ?」
「いや、それは……研磨機の練習をしようかなと……」
「ほら見ろ、私に関係があるではないか。それに宿の当てはあるのか?」
「うぐっ! それはこれから探そうかと……」
当てはないが、祭りが終わったのである程度は宿に空きが出来てきてるのではと予測していての申し出だ。
無ければまた貸し切りの浜を借りれば良い。そんな風に考えていたトゥルースだが、それはアディックたちもだった。
「アディックたちもここを出ていくつもりなのか?」
「あ、ああ。それこそ助けられた我たちがこれ以上世話になる理由はないからな。我たちも一緒に出ていくつもりだったが……いけないか?」
「いけなくはないが、今日譲って貰った石をファーがえらく気に入ってな。石について色々と教えてやって欲しい。頼めるか?」
商会へと行く前にピンクナイトレインボーをミックティルクたちに見せたところ、カーラやラナンは趣味の色ではないと興味を持たなかったが、意外にもファーラエが石の色合いが可愛いと食い付いた。
勿論ファーラエのおねだりに応えないミックティルクではない。一通り見せて貰った石の中から最も色合いの良い石を選び購入していた。
「それにな、休養の為だった筈が色々とやる事が多くて休まらなかったであろう? 悪かったとは思っているのだ、もう少しここで休んでいけば良い」
その休まらなかった原因が下着作りだったなんて事は口には出来ないリムは、目で援護を求めてきたアディックから視線を外した。
「よし、決まりだな。私としては皆にいつまでもいて欲しいと思っている。が、まあ私の予想では数日内に帝都への帰還命令が来ると思っている。それまでの間は羽根を休めていけば良い。それと、さっきから気になっているのだが、口調が堅いぞ。もっと気軽に話して良いのだぞ?」
そう言われるも、本当に休まるのかな?と疑らざるを得ないトゥルースとアディックだった。
「時にトゥルース、例の叙爵の件だがな。紋章入りの外套を用意させている。もう二~三日待ってくれ。それと、叙爵に当たっての注意する事をこの後伝えるから、時間を作っておけ」
有無を言わせないようなミックティルクに、トゥルースは反論する事を諦めて頷いた。
叙爵の話があった後、トゥルースは家と自己の紋章を聞かれた。
普通であれば一般家庭の紋章(=家紋)は同一な事が多いその親戚にくらいしか知られないところであるが、トゥルースの場合はその石があまりにも有名で、加えて古くから続く家系でもあったので、家の紋章自体は合っているかの確認だけで済んだ。一方で、自己の紋章は必要性を感じず特に決めていなかった為、おかしくならない様にと議論の上で決められた。
赤の他人の主導で決めるのは何か違う気がしたが、相手は強大国家帝国の王族。文句を言うどころか箔が付くから口出しはしないし、本人が楽しんでいたので断る事も出来なかった。
半ば強制的に決まった屋敷への宿泊延長。
下着作りはほぼ終わって落ち着きを取り戻していた、女性陣だけは。
「ちょっ! 脱げってどういう意味!?」
「そのままの意味です、トゥルース様」
いきなり脱げと言われてはいそうですかと脱ぐ者はそうはいないだろう、勿論トゥルースもその中の一人だ、当然の様に拒否反応を示す。しかしその手は追撃を緩めない。
「さあ観念なさい、トゥルース様。勿論アディック様もですよ? 我が主は既に寸法は分かっておりますので問題ありませんが、貴方たちはきちんと測らねばいけませんからな」
半強制的に閉じ込められた二人にレイビドが詰め寄る。出入り口の扉にはラッジールが嫌そうな顔をしつつも出ていかない様に堰止めていた。
「おい、我もなのか? 何も聞いてないのだが」
「ええ、勿論そうです。良い物は皆で共有しませんと」
普通なら外で人が入ってこない様に見張る所なのだが、何故か囚人扱いなのには困惑を隠せない二人。
昨日(正確には今日の午前中)まで行われていた下着作りが女性分が終わって男性分になっただけの話である……のだが、ここにいるのは男ばかり。
むさ苦しい。花がない。いや、窓際に花は飾られている。しかしそうではないとトゥルースは心の中で叫ぶ。そう、花ではない、華がないのだ。何が悲しくて男の前で服を脱がなければならないのか、と。
「早くして頂けると助かるのですが。入浴時と同じように脱いで頂ければ良いのです」
「いや、ここは風呂でもないし!」
そう叫ぶように訴えるのも尤もだ。何と言ってもここはトゥルースが泊まっている部屋なのだから。
何もここでする事ではないのにと思うのだが、風呂の脱衣室や大広間は現在清掃中、いつも使う食堂は女性陣がミックティルクとお茶を楽しんでいる。そんなところで裸になる訳にもいかず、かと言ってこの時間帯に程よく陽の射し込む暖かそうな自由になるような部屋はこのトゥルースの泊まっている部屋か、アディック、リム兄妹の泊まっている部屋の何れかであった。
だが自分の部屋を男性陣に使わせるのに難色を示したリム。いや、自分の部屋ではないものの、兄以外の男に色々と見られるのはどうにも抵抗感があったのだ。
対してシャイニーもティナも部屋の使用はあっさりと許した。元々赤の他人である男と寝食を共にしているので、リーダーであるトゥルースが良いと言えば大して反対する理由はなかった。
「とまあ、寸劇はここまでにしておいて、お二人とも早く脱いで下さい。こんな事はさっさと済ませてしまいましょう」
「無かった事にされた!? てか、そこまでする必要ってあるの? 俺なんてもうニーに下着は作って貰ってるんだけど」
トゥルースは早い段階からシャイニーに下着を作って貰っていた。最初はシャイニーと同じ女性物の形で。
当時、試作されたそれを渋々穿いてみたトゥルースだが、何か落ち着かない。布地が少な過ぎて特に前部が浮いてしまったのだ。
更にそれを穿いたままの翌朝、とんでもない事になった。おっきしたモノがはみ出したのだ。重大事故である。シャイニーにその状況を見せる訳にもいかないので口頭で伝える事となったのだが、言葉の選択に苦慮したのだった。
ところがシャイニーはそれを全て聞かずとも、ふと思い出したようにそれを理解した。何故かと言えば孤児院で幼い子供たちの面倒を見ていたのだから。しかし見ていたのは幼い子供の小さなポークビ●ツ。おっきしたモノは随分と後になってからティナと一緒に見てしまったのが最初であった為、若干の認識違いは発生していた。朝●ちは生理現象なので許してあげて!
「だからこそです。それを元に皆の物を作りますので。さあ、アディック様も」
レイビドに急き立てられて渋々ながら服を脱ぎだした二人。押し問答を続けてもこの部屋から出られないと諦めたようだ。
夏場に男の着る服は簡素だ。あっという間に下着姿になる二人。
アディックは一般的な布を紐で結んだだけの物。安価であり運動をするにもモノを包み込んでいるので動き易いが、布地が多過ぎて股がモコモコし蒸れるという欠点があった。夏は特にだ。
対してトゥルースは所謂トランクスタイプだ。モノの保持は期待できるものではないが、蒸す心配は少ない。結構快適であった。
流石に下着まで脱げとはレイビドも言わなかったが、下着姿で男に腰や股付近を測られるのは嫌なものだなと顔を顰める二人。しかし二人を測り終えたレイビドがトゥルースに次なる試練を言い渡した。
「もう一種類の下着があると聞き及んでおります。一度それに穿き替えて頂けますか?」
「ええっ!? 今ここで!?」
そして荷物の中にはブリーフタイプも入っていた。シャイニーが女性物から派生させて作った試作第二号だ。少しの間、そのブリーフタイプを穿いていたのだが、やはり暑くなってきて蒸れるのを解消したいからとトゥルースがシャイニーにリクエストした物だ。
当然の様に拒否しようとしたトゥルースだが、恐らくそれを実行しなければ部屋から出して貰えないと諦めたトゥルースは、自分の荷物の中からその下着を取り出した。
「ほう? それはまた、見慣れない形だな。どんな感じなんだ?」
「まあ、伸縮性のある生地なので穿き心地は良いかと。でも夏場は蒸れるかも……それよりはずっと良いですけどね」
広げられた下着を前に、意見を言いながら今穿いているトランクスを下ろすトゥルース。
その時だった。
軽いノックの音がするのに気付いたラッジールが、男の裸なんて見たくないとばかりに何も考えず自分の仕事だからと扉を開いた。開けてしまった。
「兄さん、今までの石の売却先を書き留めた帳簿、何処に仕舞ったか知らな……い?」
「え?」「ん?」「あ……」
かち合う目と目。そしてその視線は自然と下へ向けられ……