√トゥルース -073 黒い石の噂
「では、お願いします」
警備員の待機室からエスぺリスが戻ってくるのと、フェマたちが保存食選びを終えて戻ってくるのはほぼ同時で、直ぐ様トゥルースがエスぺリスを捕まえて精算をしてくれる様に頼むと、エスパリスは店員と共に山になった商品を手分けして計算を始めた。
更に何かを探しに行こうとしていたらしいフェマは不満な顔をしたが、放っておけばどれだけでも買う物の山が高くなりそうだった為、それはやむを得ないところだろう。
「まあ仕方無いのう。じゃが移動中は飯を抑えるか現地調達をするかして貰わぬとあかんの」
「ええっ!? こんなにも買い込んでまだ足りないって?」
「何を言うておる。食料がギリギリじゃと何かあった時に食う物が無くなって大変な事になるぞ? それでも良けりゃ止めはせんがの」
フェマの言う事を半分は理解しつつ、そこまでする必要はないんじゃ?と首を捻っていると、それを聞いていたらしいエスぺリスがフェマの意見に賛同する。
「そうですね、町中を移動するのと同じ感覚で山道等に入り込むと、道に迷ったりした時に生存率が極端に下がりますから。如何に口に出来る物を確保し、体温を下げない様にし、体力を温存出来るか、でしょうか。特に知らない山の中は食べ物や飲める水が豊富とは限りません、毒性のある物ばかりって事もありますからね。予定の日数分より多目に持ち歩くのが正しいと思いますよ」
成る程、と頷くトゥルースは改めて購入品の山を見る。
「……しかし、男四人ならまだしも、男一人と女子供三人にしてはやっぱり多過ぎだよな、これ。半月分くらいないか?」
そう言ってチラリと見れば、それに気付いてふと視線を外すフェマ。やはりこの四人分としては多過ぎのようだ。
「……ま、良いか。でもこれ以上は荷物に載らないからな。これ以上積むのなら徒歩になるからな」
そう釘を刺すトゥルースに、諦めたのかフェマは渋々ながら首を縦に振る。それを見たシャイニーとティナはホッと胸を撫で下ろすのだった。
計算が進む中、ふとリムが思い出したようにトゥルースに問い掛けた。
「そうだ、あなたのところでこんな噂って耳にした事はない?」
「噂?」
「黒い変色石がある……かも知れないって噂」
「黒い、変色石……?」
「昔から囁かれてはいるらしいんだけど、本当にあるのかは未だに分からないっていう……何よその目は」
さあこれから自分の意見を披露しようとしたリムが、トゥルースを見て眉を顰めた。
「だってさ、何かと思えばそんな眉唾な話なんだもん。その話なら小さい頃に聞いた事があるけど、完全に作り話の域だったからさ」
「作り話って…… じゃあその作り話ってどんなのよ」
完全否定されたからか、リムがムッとしてトゥルースに突っ掛かる。しかしアディックがそれをまあまあと止めた。
「リムは直ぐにそうムッとするから駄目だ。もう少し辛抱強くならないと一人前にはなれないぞ?」
「むぅ…… 分かってるわよ、だから二度目も兄さんが付いてきてくれてるって」
唇を尖らせて横を向くリム。アディックはそれだけじゃないんだがなと呟くが、確かに身を守る手段が手薄のようだ。
ははは、と軽く受け流すトゥルースはそんなぷくっと膨れたリムも可愛いなと感じてしまうが、ブンブンと首を振ってニヤけそうだった顔を引き締めた。
リムの目がトゥルースを睨んだからだ。彼女のビンタは結構な威力がある。昼に受けた一発を思い出すまでもなく、赤い紅葉マークがやっと引いて消えた頬がズキンと痛みで主張した。
「俺が聞いた話は、綺麗な女の人が置いていった真っ黒な石が、ある日金になったって。大人はみんなただの作り話か詐欺のネタだろうって言ってたな。俺も流石に作り話か、お金に変わった燃える黒い石、石炭の話が変色石にすげ変わったんじゃないかって思うんだけど」
道端に落ちていたただの石ころが燃えるのが分かり、結果莫大な財産に化けた話が変化し変色石の話と混ざって伝わったのではないか、と。確かに有り得る話だが、それに口を出したのは意外にも細身の少女だった。
「ウチ、似た話を孤児院で教えて貰って小さい子たちに聞かせてあげてた」
「えっ? 孤児院で? それってどんな話?」
「ええっと……ある教会に一晩泊めて欲しいって旅の人が助けを求めて来たんだけど……」
教会には宿泊出来る設備を持ったところは少なくない。しかしその教会には残念ながらそういった設備はなかった。代わりに町に増えて問題になっていた孤児を受け入れたその教会はなけなしのお金で初めての孤児院を設立していた。
疲れ果てたその姿を見た神父は、教会での宿泊は無理だが、隣に作った孤児院の施設で子供たちと一緒にであれば泊まっていっても良いと招き入れた。招かれたその旅人は、その夜充分とはとても言えない夕飯を子供たちと一緒に摂って親睦を深めた。
翌朝、教会の隣の孤児院を後にしようとした旅人だったが、すっかり仲良くなった子供たちに別れを惜しまれた。
ふとその旅人が、自分の代わりにこれを置いていくと差し出したのは一粒の黒い石。ただの石なのに、何故か惹き付けられるその石を受け取った子供たちは渋々ながらその旅人を見送った。
時が過ぎたある夜、夜中におしっこに起きた子が窓際で月の光に照らされた石を目にする。
それは見事に金色に輝く一粒の石だった。
翌朝見るとその石は元の黒い石になっていたが、その後にも何度も目撃される事となり、その石は子供たちにとっての宝物となった。
しかし、そんな孤児院も教会の資金だけでの運用は厳しい事を子供たちは何よりも知っており、苦労している神父の助けになればと、その宝物を神父に差し出した。
勿論、その石を子供たちが大事にしていた事を知っていた神父は断ろうとするが、子供たちの優しい心に当てられ、その石を教会の宝物として飾る事にした。
すると、金色に姿を変える珍しい石だと何処からか噂が拡がり、たちまち教会には人が集まって寄付が増え、孤児院の運用も軌道に乗っただけでなく、他の教会にも孤児院を設立していく資金となったのだった。
「へぇ。教会にそんな話が伝わっているなんて知らなかったなぁ」
「ううん。教会にじゃなくて孤児院に伝わっているらしいの。ウチたちは教会に感謝しなさいって聞かされたわ」
その話は教会への感謝を孤児院の子供たちが忘れないようにと伝わっていると言う。しかし、そんな押し付けられたような形では好んで拡げようとする者はおらず、孤児院の中だけでしか知られない話となっていた。
しかし、その話を聞いたティナが首を捻った。
「何処かの教会に秘匿された金色に輝く石があるって聞いた事があるような…… あれは何方から聞いたお話だったかしら……」
「えっ!? 実在するの!? その教会って何処なの?」
「ちょっ! 落ち着いて下さい、リム様。そんな噂を耳にした覚えがあるだけで、何処の教会なのかどころか本当の話なのかも定かではありませんから」
「秘匿されているって事は、誰も目にしてないって事ではないのか? そもそも何故そんな話が出回るのかが不思議な話では?」
詰め寄ってきたリムにたじろぐティナ。しかし今度は兄のアディックが詰め寄る。変な所が兄妹だ。
「いえ、わたくしも小さい頃に聞いたお話ですから詳しい事は…… でも似た疑問をお父様がしていた覚えがありますが、明確なお答えは頂けなかったと記憶しています」
結局はどれも噂の範囲を出ない話であった。リムたちも、他の売人が余所で聞いた曖昧な噂話を聞いただけの真偽の分からない話だったので、もしかしたら他の石の売人なら何か知っているのではと期待して話題に挙げたが、どうやらハズレだったらしい。
しかし、教会が絡んでいるかも知れないというシャイニーの情報は手掛かりとしては大きなものだった。
「面白そうなお話ですね。もしその黒い変色石が見付かりましたら私どもにも教えて頂ければ……」
流石はエスぺリス、聞き耳をたてていたらしく計算中にも関わらず声を掛けてきた。商魂逞しいところは見本としたいところだ。
「計算が終わりました、こちらになりますが宜しいでしょうか」
差し出された金額の書き込まれた紙を見たトゥルースが眉を顰めてエスぺリスに近寄り何か確認を取る。
それを見ていたリムが何かあったのかとそっと覗き込んだ。すると、ん?とその紙を二度見した後に購入する商品の山を見て考え込み、またその紙に視線を向けた。
「ちょっと安すぎじゃない? どう考えてももう三~四割はむぎゅう!」
声が大きいリム。折角トゥルースがコソコソしているのに台無しである。二人に人差し指を立ててシィーとされたリムはコクコクと小さく頷くと、漸く塞がれていた口を開放されハアハアと息をする。鼻まで塞がれていたらしい。
「ああ、それでエスぺリスさんに確認をしていたところなんだよ」
「勿論、間違いではありませんよ」
どうやら会長のアガペーネから貰った木札が効力を発揮したらしいが、それにしても安すぎだと不安になるトゥルース。勿論ラバの鞍の直しも含めての値段であったが、まだまだこれからもザール商会の各支店で同じ事があるとは考えてもいなかった。
対してリムにも、ここまでは安く出来ないが石を売ってくれているので買い物は割引きしてくれると言われ、小躍りするのだった。女は強かである。