√トゥルース -071 光る頭
「あなたたち、何をしているの!」
エスぺリスが少女たちを囲んでいる男らに向かって声を上げる、ピカーッと光る頭で。
と、それに気が付いた男たちが振り返った。
「ああん? なんd……ひっ!」
「ちょっ、何だよこの坊主。頭を丸めてんのに声が女みてぇだったぞ?」
「な、何だ、お前は? 気持ち悪いし、何だかひょろっちい奴だな」
「いや、こいつ……胸がある? お、女か? その禿げた頭で女なのか?」
「お、お前ら拙いって! こいつ、ここの女支店長だ!」
「「「「な、なんだってーーー!!」」」」
女だと思われずコケにされたエスぺリスは項垂れた。今までも同じ事は散々言われてきたであろうが、そんな彼女も未婚の女だ、同じく未婚であろう男たちに女だと見られない事に心を痛めたようだ。
しかし辛うじて一人、エスぺリスを支店長だと知っていたようで、その事を告げると他の男たちが目を剥いて驚く。しかし懲りない奴はいるもので……
「ああ、店ん中で騒いで悪かったな。さあ姉ちゃんたち、一緒に外で話そう」
「そ、そうだな。ここじゃ他の者にも迷惑になる、外へ場所を移そうか」
「おお、そうしよう。外の方が良い空気を吸えるしな」
「店ん中じゃ人目があるしな。よし、直ぐに外へ行こう」
なんだかんだと体裁を繕いながら二人の手を引いて外へ連れ出そうとする男たちだったが、対する少女たちはその強引な行動に当然の様にそれを拒否する。
「わたくしたちは買い物の途中なんです、外へなんて行きません!」
「いやっ、手を離して!」
その悲鳴染みた声に、見兼ねたトゥルースが前に出ようとしたところ……
「あだだだだ! ちょっ、このアマ何しやがる!」
掴まれた腕の反対の手で男の腕を捻って拘束を解いたシャイニー。出来るようになった数少ない自己防衛技のひとつだ。弱々しいその姿からは想像も付かない意外な展開に、周囲で見ていた者たちからはおおっ!と歓声が上がったが、それに激昂したのは腕を捻られた男の方だ。その禍々しい雰囲気を纏った腕がシャイニーの胸ぐらを掴もうと伸びる。
「ちょっと待った。何だ? その手は。相手は女の子だぞ」
「ああん? 何だテメエは!」
「あっ! ルー君!」「ルース様!」
伸ばされた腕を掴んで止めたのは勿論トゥルースだ。やっとのお出ましに、待ってましたとばかりに男たちを振り切って後ろに隠れる二人。周囲のギャラリーからは歓声と困惑、そして非難の声が入り交じった何とも言えないどよめきが上がった。それはそうだろう、何処にでもいそうなパッとしない若い男が、他の男たちを惑わす程の魅力を持った女性二人をいっぺんにかっ拐ったのだから。
因みにシャイニーは買い物に出掛けるとあってファーラエの指示で侍女アベリアとアマリリスの二人組に化粧を施された。二人の化粧術は一流で、カーラやラナンを化粧する女中たちよりも腕は遥かに上だった。なのでいつも通りに髪で隠せば顔の痕は全くと言って良い程隠す事が出来ていたのは皮肉だろう。
またティナも化粧をしていたが、それはシャイニーとは違い(元)王女の威光を隠す為の云わば劣化化粧で、ファーラエたちの魔の手から逃げる為に一時屋外に避難した程だ。万一その毒牙に掛かれば、王国王女だった身バレが待ち構えていたかも知れないので必死だった。まあ、希望すれば別人に仕上げられた可能性も無きにしも非ずだが。だが、そうしたい旨を口にすれば追及が待っていたに違いない。時には冒険も良いが、時と場所は選ばねばいけない。
「おいおい、後から出てきて二人とも連れてっちまうたぁ、虫が良すぎじゃねぇのか?」
掴まれた腕を放された男を受け取った背の高い男が顔を顰めて抗議してきたが、それを聞いた周囲のギャラリーは首を傾げた。
「虫がいいのはお前らだろ。この二人は俺の連れなんだ、勝手に連れ出されちゃ困るんだけどな。それにこんなにも怯えさせて……一体何がしたいんだ?」
最近は人前に出ても平気になってきたシャイニーだったが、トゥルースの腕にしがみついてガタガタと震えてすっかりと怯えてしまっていた。それに釣られたのか、いつも気丈な態度を保っているティナまでもがトゥルースの服を掴んで後ろに隠れている程だったのだ。
これには先程までざわついていた周囲のギャラリーもウンウンと頷く。二人の様子から、誰が見てもトゥルースの言う事が正しいと判断出来る。
しかし、それでも諦めの悪い男たちが後ろに隠れた二人に言い寄ろうとする。
「いや、お前みたいなパッとしねぇ奴より、おれの方が流行りの服を着てるしイケてるんだ、おれと一緒の方が良いに決まっている」
「おい、そんな小さい背で何を粋がってるんだよ。女は背の高い男に憧れるのが普通だろ、オレのような、な」
「いいや、違うな。男は経済力だ。金だよ、金。結局最後は金を持ってる男に付いていくのさ、おれのような、な!」
またもや意味の分からない事で揉めだした男たち。少なくともこの二人はお前たちには付いていかないぞ?と思いつつ、相手をするのが面倒になってきたトゥルース。
「はい、そこまでにして下さいね。これ以上騒ぐのなら然るべき対応を取らさせて貰いますよ?」
禿げ(ハゲ)だの女には見えないだの男女だのと言われて沈んでいたエスぺリスが、漸く立ち直って介入しようと割り込んで来た。
「煩ぇよ、この禿げ!」
「そうだ、引っ込んでろよハゲ!」
「気持ち悪いんだよ、禿げ女!」
「そんな頭じゃ抱く気にならねぇよ、このハゲ!」
いつの間にか気の弱そうな一人が離脱していなくなってしまったが、勢いのままお互いを詰りだしていた残りの男たちの怒りはエスぺリスへと向いてしまった。主にその容姿に言いたい放題だ。これには以前言われ慣れたと言っていたエスぺリスも若干涙目であった。
流石にエスぺリスを不憫に思ったトゥルースが援護の言葉をと言葉を掛けたのだが……
「おい、悪口はそこまでにしろ! その人は好き好んでその頭をしている訳じゃないんだぞ! 女の人なのに呪いのせいで毛が無いんだ。"一生毛がない生活を強要される"身にもなってみろ、"結婚だって出来ない"かも知れないんだ。そんな人に向かって悪口を続けるのは男じゃない! ハッキリ言って餓鬼だ!」
「が、餓鬼……だと?」
「いや、でも男ならまだしも女で毛が無いとなれば絶望的だよな」
「可哀相ではあるな、おれは御免だけど」
「そりゃ男だって毛が無くなるのは堪えるだろうしな。それも女でだもんな」
漸くエスぺリスの毛の無い頭に同情しだす男たちだが……
「る、ルー君。それちょっと言い過ぎ……」
「そうですよ、ルース様。女性の髪についてそんなに力説されては……」
後ろからクイクイと体を揺すって指摘する二人に我を戻したトゥルースが、おずおずとエスぺリスの方に視線を向けると……
「ですよね、女で毛がないのは致命的ですよね。私に魅力なんてこれっぽっちもないですよね。こんな私が結婚を夢見るだなんて烏滸がましいですよね」
ずず~んと沈み込むエスぺリスの姿が。
それに気付いてシマッタ~と思うトゥルースだが、後の祭りだ。これ程のギャラリーが集まっている中で、好きで剃っている訳じゃなく呪いのせいだと公言してしまったのだから。
「あ、あの~。支店長、この者たちは取り押さえますか? それとも……」
応援を集めてきた店の警備員や呼ばれて駆け付けてきた官吏も、その様子に踏み込んで良いのか戸惑う程であった。
それでもエスぺリスの頭は容赦なくピッカリと光り輝く。
「はぁ……何をしとるんじゃ、坊は」
購入する水袋を幾つも手にしたフェマがギャラリーの足元を掻い潜り先頭に出て様子を見ていたのだが、そう呟くと同時に先程のトゥルースの言葉がエスぺリスの人生を変える予感を抱いていたのだった。