√トゥルース -070 それ、売ってください
「……ぇ?」
戸惑いの声を上げるリム。
それはそうだろう、商品にならない石を買い取りたいと名乗り出た同業者に、顰めた顔を向ける。そもそもリムたちの扱うピンクナイトレインボーは基準に達していない石は市場に流さないように徹底している。品質を遵守する事で最高級の地位を維持しているのだ。
それなのに品質の悪くなった石を買い取りたいと言うトゥルースにそんな顔を向けるリムは間違ってはいないと言えよう。
「そんなの駄目に決まってるじゃない。あなたも分かっているんでしょ?」
「ああ。だからさ、石を切って貰って中の無事な部分であれば良いでしょ。アディックさんにもちゃんと見て貰えば品質は保証できるんじゃないかな」
リム一人では、まだ品質の保証をするには経験が浅い。そこでアディックにも見て貰えば良いじゃないか、と。
「ほら、ここの職人さんに任せれば切断作業は問題ないのは分かるでしょ。地元に持ち帰って加工して貰って、また売る為に持ち歩くよりはここで加工して貰った方が効率は良いと思うんだけど」
視線でカットされたレッドナイトブルーをト指しながらのゥルースの提案に、顔を見合わせるリムとアディック。確かに、色の変わってしまった石を持ち歩くとなればその管理も面倒だ。地元に戻って職人に加工して貰うにも状況の説明が必要になるし小言を言われるのは必至だろう。盗難事件に関しては報告する事になるだろうが、都合の悪い事は伏せてしまっても罰は当たるまい。
「分かったわ。でも切ってみて奥まで品質的に駄目だと判断したら、いくらお金を積まれようが石は回収するから。それでも良い?」
完全に芯まで褪色してしまっていた場合、市場に出す訳にはいかない。万一流出すると、一気に信用度が下がって石の価額が下がる可能性があるからだ。
「ああ、分かってるよ。そんなのはうちの石にだって言える事だし。下手したら他の石にまで影響が出兼ねないしね。ま、安く手に入れば勉強の為に、ってね。見本としてもひとつ持ってた方が良いかなって思っただけだよ」
では、とエスぺリスにカットの依頼をするリム。
レッドナイトブルーを切断加工した職人は丁度手が空くという事で、その内容から二日前後で出来そうだと返事を貰った。状況が状況なので、スレスレを狙うのではなく一気に小さくなってしまっても構わないと付け加えた。
スレスレを狙えば、その分だけ細かく刻む=切断する回数が増える事を意味する。駄目元なのに加工費にお金は掛けられないからだ。
「そこは職人の経験に任せた方が良さそうね。きっと巧くやってくれると思うわ」
エスぺリスの意見にはみんなが同意する。石に付いては専門ではあるが、加工についてはみんな揃って殆ど素人なので口出しはしない方が良いだろう。
一通り商談が終わり一息吐いたところで、ふとリムがトゥルースに問い掛けた。
「ねえ。あの話、本当に受けるの?」
「ああ、受けるしかないだろうと思っているよ。俺に拒否権なんて無いだろうし」
ふぅん、と質問しておきながら空返事のリム。アディックは、まぁ仕方無いだろうと腕を組んで目を瞑った。
そんな三人の様子に首を傾げるエスぺリス。
「この馬鹿、昨日帰った早々にちょっとやらかしちゃって…… それで王子様から爵位を強制的に押し付けられる事になったのよ、ね!」
「え? やらかして? なのに爵位を? 一体何が?」
「その……詳しくは言えないんですけど、王女様相手にちょっと、ね…… まぁ、あたしも被害者なんだけど、ね!」
キッと睨み付けるリムに、トゥルースは小さくなり項垂れて頬を擦る。
「もしかして、その頬はリムさんが?」
ミックティルク渾身のデコピンを受けて額から煙を上げながら昼食の席に現れたトゥルース。ファーラエの罰を公表されて呆気に取られるみんなだったが、次の瞬間には笑いに包まれた。ファーラエらしいと。
そんな中で特に被害の大きかったイキシアとリムに、ミックティルクがそれで納得出来るかを尋ねた。既に手を出していたイキシアは、ファーラエがそれを踏まえて考えた上での結論だという事でそれに従うと頭を下げて同意した。
しかし、そんな中でリムは何だかスッキリしていなかった。確かに石を取り戻して貰えた恩はある。しかしそれは事件の前の事であって罰とは別で考えるべきなのでは?と。
裸を見られた悔しさ恥ずかしさは小さくはないが、既にイキシアが、ファーラエが、ミックティルクがそれぞれ制裁を与えた上で理不尽とも言える強制的な爵位の叙勲。罰としては充分にも思えたが、自分としては恩を押し付けられただけに過ぎないような気がしてならない。確かに石が返ってきて一度は感謝の念でいっぱいになったが、ファーラエですら自ら手を下した事を聞いてやはり自分からも何か制裁を与えたい気分になったのだ。
そして悩んだリムの出した結論は……
平手打ち一発、だった。ファーラエはデコピンを勧めたが。
「ああ、そうだ。因みにあの額はお姫様と皇太子殿の仕業らしい」
「えっ!? ミックティルク様と……ファーラエ様が!? 一体何が……」
時として苛烈なミックティルクは未だしも、あの赤く腫れた額にしたのが過ぎるとまで言われる程の温厚さで知られるファーラエが!?と驚きを隠せない。益々訳が分からなくなるエスぺリスであった。
商談の終わった一同が個室から出ると、一階の売場へと移った。そこでシャイニーたち三人が買い物をしている筈なので、合流する為だ。他に大きな商談のないエスぺリスも三人に付いてくるあたりは律儀である。
「……もしかして、あの人だかりの中に?」
「……もしかしてじゃなくて、たぶんそうだろうな」
「うわぁ、あの中に入っていくのは嫌ね」
「しかし、何故あんなにも人が?」
アディックに釣られて首を捻るトゥルースだが、女性二人は心当たりがあるのか顔を見合わせた。
「まあ、年頃の女性が二人いれば、ねぇ」
「それも、あの容姿……男が放っておかないでしょ」
納得顔のエスぺリスとリム。よくよく見れば、中心にいく程男性率が高い。若い男は勿論、助兵衛そうなオヤジまで。中にはかみさんと思わしき女性に耳を引っ張られてその集団から離れていく夫婦と思わしき者たちの姿も。
「兎に角、二人を助け出さないと」
そう言いながら光り輝く頭を更に輝かせて集団の中に突っ込んで行くエスぺリス。その容姿に気付き驚いた人々が前を開けていく。女性ながらあんな目立つ髪の無い頭をして気の毒な、と思うもこんな時には威力を発揮する無毛の姿に逞しさを感じつつも、後を追うトゥルースだった。
「な、良いだろ? 奢ってやるからさ。良い店知ってっからよ」
「二対二で丁度良いし、な。勿論一対一でも良いんだぜ?」
「おいおい、お前ら目が怖いんだよ、すっこんでな。お姉さんたち、そんな奴らは放っといてオレに付いてきなよ。どこでも好きなところに連れてったやるからさ」
「てめぇ一人で抜け駆けはさせねえぞ? そんな奴らに付いてっちゃいけねぇ。悪い事は言わねぇからおれの方に来な」
「どの面下げてそんな事を言ってんだ! お前こそ引っ込んでな!」
二人がやっとギャラリーの中に入り込んでみれば、二人の少女を囲んで男たちが揉めていて混沌とした空間が出来上がっていた。