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√トゥルース -069 可愛いデコピン



 ぺちん


 ペチンでもベシッでもない、ぺちんである。音まで可愛いデコピンは初めてだ。

 この結果に、甘んじて受けたトゥルースはきょとんとし、ミックティルクは手で顔を覆った。対するファーラエは、どうです!痛かったでしょう?とドヤ顔をするものの、その顔ですら可愛らしく全く罰とは程遠い、ある意味そういう性癖を持った者に対してはご褒美となり得るものだったのだ。

 慌ててミックティルクは二発目を発射すべく構えたファーラエを止め、別の方法を伝授する。一発目は中指を親指で止めるオーソドックスなデコピンだったのだが、今度は掌を額に当てて指を反対の手で反らせる派生技だ。寧ろ素人にはこちらの方法の方が地味に痛さを演じられるかも知れない。

 神妙な面持ちでミックティルクに教わったファーラエは、今度はもっと強力らしいからお覚悟を!と血気盛んであったが、教えた側のミックティルクは不安顔を隠せないでいた。

 そうして細く柔らかな指がトゥルースの額に添えられ、もう片方の手で発射される中指がしなやかに反っていく。対して受ける側のトゥルースは、今度こそ痛いだろうとその柔らかな指の感触を味わう事もなく身構えた。


 ぺちっ


 流石に指の力に頼る一発目よりは痛みを感じる二発目であったが、ハッキリ言えば余裕で耐えられる痛みであった。寧ろその柔らかなファーラエの指の感触を思い出せる余裕があった程だ。再び手で顔を覆う事となったミックティルク。こんなのは罰でも何でもない。

 三発目はどんな方法で?と目を輝かせるファーラエは、どうやらデコピンに目覚めたようであったが、ミックティルクは正直に罰になっていない事を打ち明けた。みるみる内に意気消沈していくファーラエに、ミックティルクは心苦しいまでも自分が代わりに執行する事を提案する、取って付けた理由と共に。

 その理由とは、これ以上強力な方法でやれば、自分の指にも痛みが押し寄せてくる、というものだ。それを聞いたファーラエは、先程の二発でもそれぞれ自分の指に痛みを感じていたのに!と衝撃を受ける。そして渋々とその役目をミックティルクに明け渡した。

 流石に今度はただでは済まない事を察するトゥルースであったが、所詮はデコピンである。命の危機に至る事はまず無いだろうと高を括りつつも身構えるトゥルース。

 ファーラエに代わり射程圏内に寄ったミックティルクはデコピンの構えを取った、全身で。


 ズベシッ!! バタン! ガラゴロ


 この擬音が正確性を欠く事を許して欲しい。ミックティルクの黄金に光る指がトゥルースの額に発射されインパクトした瞬間、今までにない音を発した。同時に吹き飛び転がるトゥルース。一瞬、意識を失うかと思うような衝撃が走ったと共に、その場に身を持たせる事が出来なかったのだ。

 下手をすれば致死性があるそのデコピンの方法はここでは割愛させて貰うが、デコピンは充分に刑となりうる事を見た者は思ったであろう。その額からは煙が上がるのが幻視出来た程である。安易に意識を手放さなかったトゥルースを褒めて欲しい。

 しかし、今ここにいるのは受刑人のトゥルースと執行人であるミックティルク、ファーラエの三人だけであったのは残念なところであった。




「石を研ぐ? もしかしてルース殿は宝石の(とぎ)師だったのか?」


 エスぺリスから受け取った機械の使用方法を確認するトゥルースの言葉に、リムの兄アディックが首を傾げたが、リムからは話を聞いていないらしい。


「ああ、言ってませんでしたね。俺の本職は石の売人ですよ。石研ぎは暇潰しでやっていた事があったんだけど、その石を見たミック様が俺に依頼をしてきたんで、こうして道具を揃えているところなんです」

「……売人? 売人って……」


 アディックが顔を顰めると、リムがアッと口を手で押さえた。昨日トゥルースが石の売人だと話した事を伝えてなかったのは今の流れで分かっていたが、その事に気付くのが遅すぎなリム。まあ、人の事より自分たちの石が戻ってきた事の方が重要だって事は理解しているトゥルースは、仕方ないなとエスぺリスに加工が終わったという石を出して貰う。


「うん、打ち合わせ通りというより、それ以上の出来だ。これなら後の研磨が楽になりそうだ。すみません、急がしてしまって」

「いえいえ、殿下の頼み物でもあるんですから当然です」


 加工から戻ってきた石の状態を確かめ、エスぺリスにお礼を言ってからその石を二人の前に差し出すトゥルース。屋敷では忙がし過ぎて石を二人に見せる事がなかったので、これが初めての披露だ。


「ま、まさかルース殿がレッドナイトブルーの売人だったとは……」

「それにしても……大きさは小ぶりだけども、色合いは申し分ない石ね」


 出された石をまじまじと見る二人。石の取り扱いは慣れているであろうからそこは心配してはないが、一応ミックティルクからの依頼品である事は念を押しておく。



「ところで、そろそろこちらのお二人をご紹介願えませんか? ここにお連れいただいたという事は、何か意味があっての事でしょう?」


 痺れを切らしたのかエスぺリスが催促するので、今まで伏せていた二人の正体を明かした。


「まさかとは思っていましたが……本当に連れて来て頂けるとは」

「元々この店に来て売ろうとしてましたし、昨日わざわざ官権の詰所まで俺を迎えに来て貰いましたから」


 トゥルースが官権に捕まった昨日、本人を知る者として名を挙げた為に駆け付けてくれたエスぺリス。有り難い話であった。


「いえ、一歩遅かったですけどね。でも驚きましたよ? 盗まれた変色石を持った男が空き家に潜伏していたのを確保したけど、それが私を知っていてあなたの特徴と合致していたのですから」

「いや、面目ないです。身分を保証して貰える人に心当たりはないし、忙しいだろうと呼ぶつもりは無かったんですけどね。でも本当にありがとうございました」


 改めてお礼を口にするトゥルース。

 一歩違いでレイビドが先に迎えに来たのは、馬を走らせてきたレイビドと、距離は近いものの馬車で来たエスぺリスとの差であった。支店長が明るい時間に馬を走らせていたら悪目立ちしてしまうので仕方のない事であったが、それでも問い合わせのあった官権に自ら迎えに向かってくれた事に感謝の念に堪えない。

 対してエスぺリスは、官吏の話からトゥルースが自分の商材であるレッドナイトブルーではない変色石を手にしていた事を察し、それがイエローナイトグリーンではない事を予測(もしそうなら売人のヴォリウムが呼ばれている筈)したのは流石と言うしかなく、であれば変色石最高峰のピンクナイトレインボーである可能性が高い事を予想していた。


「でもまさかこんな短期間に三大変色石の全種類が持ち込まれる事になろうとは……人生って面白いものですね」

「あ、もしかしてこんなに集中すると買い取りが難しいとか?」


 ただでさえ高価な石がこうも集中的に持ち込まれると、資金的にも厳しくなるのは想像に容易いところである。しかし……


「いえ、その心配は無用ですよ。帝王陛下に献上するような石が複数持ち込まれても耐えられるくらいの資金を用意していますので」


 冗談のように言うエスぺリスだが、その実、土地建物をも取り扱うザール商会の資金力はかなりの物であった為、実際にまだまだ余裕があった。

 そんなやり取りを呆然として見るのは石を持ち込んだリムとアディック。先日、石の買い取りをして貰おうと店を訪れた際、イエローナイトグリーンの売人ヴォリウムが絶賛大騒ぎをしていた最中だった。それを見た二人は間が悪かったとその場を後にしたのだが、それには幾つかの理由があった。


 先ずは同業者がいる場合、営業妨害だと難癖を付けられる場合がある。かち合った場合、どの店でも最高級であるピンクナイトレインボーを優先して買い取る事が多いからだ。

 次に他の変色石が先に持ち込まれていた場合はその店の最高責任者が当たっている場合が多い。結局その責任者が空くまで他の店員を相手にせねばならず、二度手間、三度手間になる事が少なくない。

 そして更にヴォリウムが騒いでいた点だ。ああなっては解決するまでに時間が掛かる。スピード解決したところで、雰囲気の悪くなっている中で買い取りをして貰おうとしても良い返事が得られる確率はそんなに高くはないからだ。

 また、変色石を買い取った直後は資金難になる事が少なくないので、買い取り自体を断られる事もある。

 そういった理由で石の持ち込みは諦めるか一ヶ月以上間を開けて持ち込むつもりであった。


 しかし、エスぺリスはザール商会にその心配は無用だと言う。大型の店舗を多数展開するザール商会は銀行への信用も厚く、万一買い取り資金不足になっても直ぐに融資が受けられる。尤も買い取り資金が不足すればの話だが……

 驚くべき商会の資金力であるが、売り上げの一部は全体で共有していていつでも下ろせるような仕組みを銀行と協力して作り出していたのだ。

 結局数粒を残して殆どを買い取ったエスぺリス。余所の宝石店よりも買い取り額が高かったらしく、リムとアディックは二つ返事で快く石を放出したのだった。



 こうして無事にピンクナイトレインボーの商談を済ませたリムたちだったが、ひとつだけ弾かれた石を前にみんな残念そうな顔をした。


「流石に見比べれば違いは一目瞭然ですね」

「ええ。たぶん濡らした後に充分拭き取らず放置されちゃったんだろうって……」

「まぁ、盗まれたにもかかわらずこの一個だけの被害で済んだのは善しと考えるしかないな」


 エスぺリスの言葉に項垂れるリムを、アディックが励ますはもう何度目であろうか。盗難事件で唯一の被害を受け鮮やかな色彩を失った石。それなりに立派な大きさのそれはさぞかし良い金額になっただろうに、と。

 だが、その様子を静かに見ていたトゥルースが、ある提案をした。


「その石、良ければ俺に売ってくれない?」





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