√トゥルース -068 下された罰は
「……あの、一体どうされたんですか? そのおでこは」
眉を下げて首を傾げるのは、おでこはおろか頭のテッペンまでピッカリ艶々と光る毎度ザール商会の支店長エスぺリスだ。
「いえ、これは気にしないでください」
「でも……腫れてますよね、それ。それに頬も……何か冷やすものでも」
言われておでこを隠すように擦るのは勿論トゥルースであるが、まその手を下ろすと少し腫れて真っ赤になっていた。更に頬には紅葉マークが。
「いや、本当に気にしないでください。これは俺への罰なので」
「はあ、罰……ですか?」
エスぺリスが何とも言えない顔でトゥルースとその隣に座る二人の人物たちとで視線を行き来させるが、その様子から詳細は教えて貰えない事を察して口を噤むのだった。
午前中に言い渡されたファーラエからのトゥルースへの三つ目の罰は、デコピン三発。
……は?
それを聞いたトゥルースはまたもや理解出来ずに固まった。ミックティルクも何故その結論になったのか理解出来なかったのか、その理由を問う様に首を傾げてファーラエを見つめた。
「その……この方は既に充分反省しているように感じます。イキシアからも充分制裁を受けてますしこれ以上はお兄様の言うところのやり過ぎに当たるのではないかと。でも、それでは周りの人たちが納得しないのでしょう? という事で、ファーラエからはあのすっごく痛そうなデコピンをする事にしようかと」
一言一言、丁寧に言葉を選びながら説明するファーラエは、ミックティルクから見ればよく頑張った方だとは思ったが、やはりまだ慣れていないせいかやや説明が足りないようだ。
「ふむ。確かにイキシアから既に制裁は与えていてトゥルースも反省の色は見せてはいるが、必ずしも罰が充分とは言えないと思うのだが……そもそも今ファーが考えた罰にはファーは満足出来るのか?」
肌を見られたファーラエ本人が選択した結論ではあるのだが、それにしても罰としては破格だ。未婚女性の肌を、それも多人数を見てしまっているのだからそれなりの罰が必要であるし、ファーラエに至っては誰もが憧れを持つ王女である。そんな彼女の肌を見てしまっておいて本人からの罰がデコピン。
本人としては至極真面目なところが可愛らしいところであるのだが、これ程軽い罰であるとミックティルク自身が追加で罰を与えねばとも思ってしまう。
「それなんですけど……ファーラエは見られたと言われてもピンと来ないの。元々可愛らしい下着を更に可愛くしてもらって喜んでいたところだったので、イキシアがすっぽんぽんのまま廊下に飛び出した時に漸く騒ぎに気付いたの。なので本当はファーラエからどうこうする気はなかったのよね。でもそれじゃあ周りの人たちが納得しないって言うものだから……」
そもそも、そんな可愛い下着を手に出来る事になったのは、トゥルースが連れてきたシャイニーたちのおかげなんだからと付け足すファーラエ。だからシャイニーたちを悲しませるような罰にはしたくないというのがファーラエの考えだった。考え方マジ天使である。
それに見られたのは正面からではなく斜め後ろからで羽織っていた物を脱いだ時は上は身に着けていなかったものの下は穿いたままだったので、大事なところは死守できた筈である。
それこそ丸々見られたのは測定中のイキシアであって、トゥルースをボコる際も全裸のまま廊下に倒れ込んだトゥルースにマウンティングして殴り掛かっていた。堰き止められていたミアスキアからは死角になっていたのは幸いであった。
ずっと手前で堰き止めていたイベリスはファインプレーとも言えたが、そもそもトゥルースを部屋の方へ通してしまったというミスがあった。しかし人数不足で仕方なかったと結論付けられて、後程きつい修練が与えられる事で罰とされた。
裸を見られた最たる被害者のイキシアはその際に充分な制裁を与えており、周囲の者もボコられたトゥルースを見て逆に心配になったのか、それ以上の償いは求めていなかった。尤もイキシアはまだやり足りなさそうだったが、主であるファーラエの裁断に任せると渋々了承したのだった。
「うん、これなら楽に回せそうですね。あんな簡単な絵でよくここまで作り込めましたね」
差し出された機械を組み立ててみて手順を覚え実際に動かしてみると、その機械は難なく動き出した。
「いえいえ、こちらこそ勉強になったと職人たちが。出来ればこの案を頂いて作っていきたいとまで申しておりまして…… もしよろしければ、この案を買い取らせていただきたいのですが」
「は? いやいや、そんなのは良いですよ。俺が言わなくたって何れ誰かがやっていたでしょうし」
「そうですか? でも、この機構であれば一人ででも回せたものを、何故回す人を別に?」
「いや、単純に作業に集中したかったのと、回してくれる当てがあったからですよ。作業は結構繊細なので」
トゥルースとエスぺリスがその機械について会話を弾ませるが、それに付いていけず先程から首を傾げる者が二人。
「あのぉ……その機械って一体何の?」
「うむ。我もサッパリ分からん」
「ああ、これは石を研ぐ為の機械だよ、リムさん、アディックさん」
機械の受け取りに同行してきたのは、ピンクナイトレインボーの売人、アニク兄妹だ。
午前中の内にリムは自分の分の下着を縫い終えていて他の人の分を手伝おうとしたのだが、残るはファーラエの分の装飾や侍女、女騎士たちの分の本縫いだけとなっていて、それは侍女三人が自分たちで縫うので手伝いは良いと断られていた。それは習得の為にも数を熟したいからと主力だったシャイニーやフェマも一緒で、一気に手持無沙汰になった三人は、午後からどうしようかと顔を見合わせてた。
因みに元々戦力外だったラナン、カーラ、ティナの四人はティーを楽しみながら試着を繰り返すという優雅な時間を過ごしていた。
そんな中、昼食の席に話し合いを終えたミックティルク、ファーラエと、額を真っ赤にさせたトゥルースが現れ、ファーラエから言い渡された罰を公表されたのだが、ファーラエらしい罰だと溜息があちこちから漏れたのだった。
因みにたった三発のデコピンでトゥルースの額が真っ赤に腫れた理由だが、ある経緯があっての事だ。
当然の様にファーラエが人生初のデコピンをトゥルースに対して行う事になったのだが、その見本は侍女長のアバンダであった。時々粗相をする部下のアベリアやアマリリスを叱責する際に、簡易な罰としてデコピンを実施していたのだ。デコピンされたアベリアやアマリリスは、それは涙を浮かべながらたいそう痛そうにしていたので、それを目にしたファーラエは目にする度に恐れ戦いていたのだ。
そんな痛そうな罰ではあったが、トゥルースへの罰としては一発では不足なのだろうと考え、では二発? いや、みんなが納得するよう三発にしようと提案したのだった。
人生初のデコピンを行うに当たり、見よう見まね、記憶を頼りに行おうとしたファーラエを一旦止めたミックティルクがやり方を指南してトゥルースの目の前で素振りをさせた。そのさまは傍から見ればほっこりするに違いはなかったが、それを受ける者にとっては微妙な心境であった。
これからまさに罰を与えようとする王女が、今後再び行うのかも怪しい方法を目の前で一生懸命レクチャーされている。それもデコピンを、だ。その可愛らしい仕種に顔が弛みそうになるのを必死に耐える方が罰なのでは?と思う程だ。
そしてある程度さまになったファーラエがトゥルースの額の前に手を伸ばすと、えいっ!とこれまた可愛らしい掛け声と共に力を溜め込んだ指を発射させた。