√トゥルース -067 沙汰の行方
「え……ええっ!? ファ、ファーラエ様!?」
部屋の出入り口とは別の扉の方を見やるミックティルクに釣られてトゥルースがそちらを向くと、静かにその扉が開く。どうやら別室と繋がっているようで、そこから老若男女問わず誰もが憧れるであろう見目の少女が姿を現した。
ブロンズのゆるふわな長い髪、つぶらな青い瞳に細長い眉。着ているのは普段から着慣れているであろうドレスではなく朝食の時と同じ簡易な物であったが、それでも一般人とは身分の違いをまざまざと見せ付けられるような出で立ちだった。恐らくこの後、昨日と同じように下着を試着する予定だからこその服装なのだろうと予想できたトゥルースは、昨日の部屋での艶かしい姿を思い浮かべそうになるのを必死に打ち消した。
出会った時には既に大人びていたティナとも、やっとらしい成長をしだしたシャイニーのそれとも違う、同年代相応の健やかな成長を遂げている彼女の全裸に近い半裸な姿は、全くの子供でもなく成熟した大人でもない神秘的な艶やかさを魅せていたが、その姿は決して異性が見て良いものではないのだ。夫となる男にですらそう簡単には見せてはならない姿を晒してしまった少女の、況してや一国の王女のそんな姿を本人の前で、それも彼女を溺愛している王子の前で思い出すだなんて何とも畏れ多い事なんだと冷や汗を掻くトゥルース。
しかし、何故ここに?と動揺を隠せないトゥルースは、視線をミックティルクに移してどういう事かの説明を待つ事にした。
「何だ、怯えているのか? トゥルース。相手は力の無い女だぞ?」
いや、ある意味では相当な力を持った人でしょ!と心の中でツッコむトゥルース。それにそんな事よりも、これからどうなってしまうかの方が気が気でないのだ。
「さて。今回の事については私からは意見はするが手は出さないつもりだ。勿論、ファーが望めばそのようにするが、な」
え、どういう事だ?と首を傾げるトゥルース。罰を言い渡すのはミックティルクだと思い込んでいたが、そうではないと言う。では誰が……
まさか帝都まで連れて行かれ帝王自らの判断に委ねると言うのか?と身を引き締めるトゥルース。その所業は苛烈極まりものだと噂されているとティナから聞いていたトゥルースは顔をサァっと蒼くさせた。
「勘違いするな、トゥルース。今回はファー自身に判断させるつもりだ。先日成人したのだから、これからは自分で判断せねばならない場面が増えるからな、私がいなくても判断できるようにならないと。寧ろ遅過ぎたくらいだ。出来るな、ファー」
「……はい、お兄様。ファーラエももう大人ですから」
そう返事するファーラエだったが、その可愛らしい顔には緊張の色が浮かんでいた。そんな似合わない顔をさせたのは自分なのだと自覚しつつ、どんな罰が下されるのか益々分からなくなるトゥルース。
尤も、今までどれだけ甘やかされていたのかが窺えるやり取りではあった。何かあれば周囲の者たちが率先してファーラエの代わりに動いてしまっていたので、ファーラエ自身が自分の意志で何かを決めて指示するような事は滅多になかったのだから仕方ないのだが。
となれば、その下される罰がどの程度のものなのか想像できない。匙加減を知らない者のやる事は予想が付かないのだ。
「で、どんな罰を与えるんだ? 考えて来たのだろ?」
「ええ、お兄様。でも……ファーラエは考えれば考える程、どんな罰が良いのか分からなくなってしまったの。どうすれば良いのか教えて欲しいの」
隣に立ったミックティルクに上目遣いで困った顔をするファーラエ。無自覚でそれをやるので、可愛い顔と相まって破壊力は世界一かも知れない。周りの者が放っておけないのは当然であった。
因みに、この部屋には予めミックティルクがファーラエ一人で来る事を命じていた。侍女や女騎士たちが一緒ではファーラエの下す罰を不服とばかりに暴走しだし兼ねないからだ。勿論、アバンダとイキシアは廊下で待機はしていたが、入室はミックティルクが許してはいなかった。それは二人がミックティルクを信頼しその腕前を知っているからでもあり、次期帝王になると信じて疑わないからでもあった。
「ふむ、分からなくなってしまったのか。それは仕方ないな。では私から助言だ。先ずは過ちを犯した者が二度と同じ事をしようと思わなくなるような罰でなくてはならない。二つ目に被害の遭った者の気持ちが晴れる罰であるのが望ましいが、やり過ぎは駄目だ。感情に任せた罰は時としてやり過ぎとなってしまうからな。三つ目に周囲の者も納得する罰である事が必要だが、被害者側、加害者側の双方が納得する事は殆どないだろう。必ず罰が大き過ぎる、小さ過ぎるとどちらかから不満は出るからな。でだ、その三つを踏まえた上で後々の影響も考えて罰を与えるのが良いだろう」
「……何だか難しいのだけど…… でもちゃんと考えてみる」
「ああ、慌てずよく考えると良い。まあ、どんな罰を与えようと全く反省しないような奴であれば罪の程度によっては極刑もあり得るが、匙加減を間違えなければ良い。その者が心より反省しているのであれば、後はファーの気が済むようにすれば良いからな」
思案しだしたファーラエを椅子に座らせ、良く見える位置に座るミックティルク。トゥルースは自然と正座となり、こぶしを膝の上で握ってその沙汰を待つ。時々考え込むファーラエの目がトゥルースに、そしてミックティルクに向いていたが、汗をダラダラと掻き床を見つめていたトゥルースはそれには気付かなかった。
それは長い長い時間であった。部屋にはファーラエの悩む呟きだけが鈴の音の様に響いていたが、どれだけの時間が経ったのかふとその声が止んだ。
「あの、お兄様。ファーラエの考えを言っても? 問題があったら言ってください」
その澄んだ声が紡がれると、ミックティルクはその心地良い声を遮らない様にコクリと頷いた。
「ファーラエは三つの罰を与えようと思います。ひとつはミック兄様が仰っておられた名誉男爵位の叙爵を受ける事」
「……ほう?」
ファーラエの提案に目を細めるミックティルク。対してトゥルースは何を言われたのか理解出来ずに正座のまま目を丸めてファーラエを見上げた。
「ふたつ目に、定期的に、それと帝国近隣の国を通り掛かる際は必ず帝都に立ち寄り、お兄様を訪ねる事」
「ふむ。それは何故だ? ファー」
「お兄様はいつも気のおけるお話し相手が欲しいとおっしゃっているではないですか。その相手にこの方をお選びになろうとしているのですよね。であればちゃんと訪ねて来る事を約束するのが良いと思いましたので。それにお兄様なら、この方が本当に反省しているのかを見極めてくれますよね? もし反省していないようでしたら、その時にお兄様が罰を与えていただけるんじゃないかと思って……」
確かに定期的に帝都に立ち寄る事を強制するのは、授爵を嫌がる素振りを見せるトゥルースにとっては罰となりそうだな、と感心するミックティルク。しかしそれらは兄思いの妹からのプレゼントとしか思えない内容だ。
そもそも叙爵はミックティルクの思い付きであり、気軽に訪ねて来て欲しいが為に与えようとしたもので、与えようとする爵位には大した権力も無い代わりに義務も無い。強いて言えばその爵位を悪用しない事を約束させられるくらいであった。
「しかし、それでは十分な罰とはならんぞ? 爵位や名誉の欲しい者にとっては褒美ともなろう。それにどちらもファーには直接は関係のない事ではないか」
「ええ、なので三つ目の罰を考えました」
「ああ、そういえば三つの罰と言ったな。聞かせてくれるか」
先を促すミックティルクにコクリと頷いたファーラエは、ゴクリと唾を呑むトゥルースに三つ目の罰を言い渡す。
苛烈で知られる帝王一族。果たしてその一員であるファーラエの出した答えとは……