√トゥルース -066 遅れた報告
前話が火曜日ではなく昨日水曜日にUPしております。
見逃された方は前話をチェックしてください。
「そう、か。女……だったか。それはまた気の毒というか……」
姿が見えない事で裸で過ごさなければならない事を憐れむミックティルク。
服を着るなら肌が見えなくなる程着込まなくては騒ぎになってしまうが、晩夏とは言えまだまだ着込むには暑すぎる。であれば何も身に付けない事を選ぶのは自然の選択であろうが、女性としては人前で全裸で過ごすのは屈辱的だろう。
だからと言って犯罪を犯しても良い訳ではない。少なくとも金銭や農作物が被害に遭っている事を考えれば、如何なる理由があろうともその者は罰せられなければならない。
「だが、取り逃がしたのは痛かったな。今度はいつ捕まえられる機会があるのか分かったものじゃないからな」
ミックティルクの言葉に、トゥルースは頭を下げて謝るが、いや謝罪は不要だと遮られた。そもそもトゥルースは善意の協力者という立場だから、という理由からだ。
ではとばかりに頭を上げたトゥルースは自分の考えていた事をミックティルクに意見した。
「それなんですが、これから秋や冬になれば寒くなるので裸ではいられなくなるだろうから、必要以上に肌を隠している人物を当たれば良いんじゃないのでは?」
「そうだな。恐らく夏場に盗んで貯めた金で冬を乗り越えるだろうし、その方が探しやすいな。まあ見付かるのか怪しい上、無理をさせて怪我でも負わせたり返り討ちに遭ったりする危険は避けたいところだからな」
犯罪を止めるという意味では早々に捕まえるのが一番であるが、姿が見えない事で無用な怪我人を増やす可能性は高いし追い詰めるのにも人手が要る。
今回は潜伏先をミーアが見付けてくれたので二人(+一匹)で良いところまで追い詰める事が出来たに過ぎないが、それも一度トゥルースたちの前で見えない何かが事を起こそうとしてミーアに見付かったからに過ぎない。取り逃がした今となってはその行方は全く分からないし目の前を横切ったとしても気付かないだろう。
「それにしても、よく場所が分かったな。あの白猫が見付けたと言っていたが……」
「ええ。ミーアがこっそり追ってくれていたから分かっただけで、俺の力じゃ……」
「……よく猫と意思疏通出来たな。それもお前の呪いなのか?」
「えっ!? いや、それは……」
ミックティルクの問いに言い淀むトゥルース。だが、それはトゥルースの呪いではなくミーアの呪いのせいだ。まさか猫が本当は人だっただなんて打ち明けられる筈もない。それこそ大事になってしまう。だからと言って自分の呪いだと誤魔化すのも憚られた。
「まあ呪いに付いては無理に聞く気は無いから、そう気にするな。ところで昨夜からミアスキアの様子がいつもと違うような気がするんだが……何か知らないか?」
「え? ミアスキアさんの?」
「ああ。お前が戻ってきた直後にあいつも帰って来たようだが、最近のあいつであれば女たちのいたあの部屋に突っ込んで行きそうだったのが、イベリスに阻まられて大人しくそこで引っ掛かっていたからな。その後、女たちが入浴しに行った時も大人しく報告書を作っていたし……」
それこそ信じられない出来事だと眉間に皺を寄せるミックティルク。以前からその行動は度々注意を受けていたが、この屋敷に休暇に来た頃から目に余っていたそうだ。それが突如、クソ真面目に仕事を優先しだしたとなれば不審にもなる。いや、そこは喜べよと思うトゥルースだったが、ひとつ心当たりがあった。
「それなら昨日、空き家に突入する前にちょっと言い争いをしたんです。これ以上ミック様に迷惑を掛けたら駄目だって……」
その時のやり取りを説明するトゥルースに、ミックティルクは顎に手をやり考え込んだ。
果たして、それだけでミアスキアが心を入れ替えたのだろうか、と。
今までにもミアスキアには何度も苦言を呈してきた。しかしその行動は改善するどころかエスカレートする一方であったのだから。しかしトゥルースの様に声を荒げてまで真剣に怒鳴りつけた事は無かった。
その身分のせいで声を荒げる事は通常では許されないので、当然の様に落ち着いた雰囲気の中でミアスキアを諌めていたのだが、それが原因でミアスキアを正せなかったのかとミックティルクは反省の色を見せる。時として感情を露わにする事も必要なのだと。
ファーラエに害を為す者に対してですら感情をむき出しにする事は滅多にしないミックティルク。逆にそれが怖さを増長していたのだが、身内にはやはり甘くその感情を爆発させる事は今までなかった。
他の者からの叱責にしても、ミックティルクやファーラエの為に怒る者はいてもミアスキア自身の為に叱る者は少数であり、心に響かせるには感情が薄過ぎたのであった。
「そう、か。ふむ、これは勉強になったな。トゥルースには借りが出来たようだ」
「いや、俺は何も……」
まさかそんな言葉を言われるとは思っていなかったトゥルースだが、実際はただ言い争っただけに過ぎない。それもティナやシャイニーを覗こうとするミアスキアに腹を立てた勢いで。
この場合はその事は伏せておいた方が良いだろう、言ったところで雰囲気が台無しになるだけだ。まだこの後、恐らくミックティルクが怒り狂ってもおかしくない案件を報告しなければならないのだから。
「それとリムさんの盗られた石が見付かったので、昨夜の内に返しています」
「ああ、聞いている。そうしようとして例の騒動を起こしたんだな?」
「うぐっ!」
話の流れからその事に付いても報告しておかなくてはと思ったトゥルースだったが、それはやぶ蛇だった。しかし、その話はこの後直ぐにするつもりでいたのだ、早いか遅いかの違いである。だが、心の準備はまだ出来てはいなかったので、ミックティルクからの問い掛けに上手く返す事が出来なかった。
「あ、あの。その事に付いては本当に申し訳なく……まさかあんな事をしていたとは思わなくて……」
「ほう? レイビドの話では止めようとしたのを話を聞かずに行ってしまったと聞いたが?」
「えっ!? レイビドさんが!?」
窓の外でラッジールの相手をしている、普段は執事の様な立ち位置のレイビドを見て話すミックティルクに釣られて視線を向けるトゥルース。
思い返せばリムに早く石を渡したくてレイビドの話はあまり耳に残っていない。加えて言えばレイビドが話を作って間違った情報を報告したとは思えないので、本当のところはそうなんだろう。
とすればやはり自分の罪は軽くはないと感じ、ダラダラと冷や汗を掻くトゥルース。
「官憲から帰って来た時には私たちは汗を流していたようだな。それで私への報告は後回しにして、取り戻した変色石を持ち主に渡しに行き、部屋に飛び込んでしまったと。という事で間違いないか?」
やたらと纏めるのが上手いミックティルクに舌を巻きつつ、自分の行動の浅はかさを恥じるトゥルース。だが、正すべきところは正さなくてはと下げていた顔を上げた。
「いきなり部屋に飛び込んだ訳ではなく、一応扉を叩いてから開けたんですが……それでも返事がないのに開けてしまった事は反省してます」
以前に侯国の宿でティナやシャイニーを相手に同じような事をしてしまい叱責を受けた事でノックはする様にはなったのだが、不用意に開けてしまうのはまだ治っていなかったのだ。
「では、ミアスキアの様な目的で入った訳ではないのだな? にしては暫く凝視していたと聞いたが?」
「いや、凝視していた訳じゃなくて、何をしているのか理解が追い付かなくて……いや、言い訳だってのは分かってるんですが、本当に悪気はなかったんです!」
信じてくださいと縋り付きそうになるのをかろうじて思い止まるトゥルース。そんな事をしたとしてやましい事があるのではと逆に印象は悪くなってしまうだろう。
そんなトゥルースを目を細めて静かに見詰めるミックティルク。
ほんの僅かの時間の筈なのに永遠を感じる程に長く感じ、更に冷や汗が背中を流れる。静かに沙汰を待つ被告人の気分だが、実際にそうなのだろうと諦める他ない。
が、ミックティルクの口がら紡がれた言葉は、予想していたトゥルースを断罪するものではなかった。
「……という事だが、どうする? ファー」