√真実 -018 自宅でお店の味を
チックチック
カリカリ カリカリ
ピピピッピピピッ
「はい、そこまで! 鉛筆を置け」
掛け時計の秒針が動く音と共に部屋には緊張と鉛筆の走る音が流れていたが、アラームと共にそれが打ち破られた。
「は~、間に合ったぁ!」
「も~やだ、一問分からなかったわ!」
「……ウチ、自信がない」
覇気のない言葉を口にする真実、綾乃、光輝の三人。
対して時間を余らせて三人を観察していた智樹は余裕が滲み出ていた。それもその筈で……
「まあ、智樹は出来て当たり前だよな。問題を作った張本人なんだから」
「まあ、それは否定しないけど、作るのはそれなりに大変だったんだぞ?出題範囲から出るところを予想したり、教科書に載ってる問題をちゃんと解けるようにアレンジしたりな」
会話の通り、この問題を作ったのは他ならない智樹だ、出題者が出来ない筈はない。
「でも、みんな一通り埋めた上で見直す時間も取れていたじゃないか。正解率は分からないがたいしたものだと思うがね」
そうリビングのソファーから声を掛けてきたのは、何やら難しそうな本を片手にした真実の父、総司で、智樹の作った模擬テストにみんなが打ち込んでいる最中、時々様子を見に回っていた。そのテストが終わり、漸く音を立てても問題ないだろうとキッチンへと向かう。
「さあ、休憩だ。何か飲み物を作ろう」
「……ウチ、手伝います」
「んじゃ、あれも出すか」
それまでコーヒーを飲むのも我慢していたであろう総司が声を掛けると、いつものように光輝が手伝いに向かい、そして真実も続く。そう、それがいつものような光景だ。
しかしそこには足りないものが。
「で、どうだったんだ? 智樹。祐二の方は」
「ああ。勿論手術は問題ないって。でも家に帰るとじっとしていられないだろうからもう一晩入院だってさ」
「じゃあ明日にも退院か。和多野さんはずっと付き添い?」
「……だな。昨日オレたちがやった問題を今日やっている筈だ。帰りに回収していくつもりだけど……」
キッチンからの真実の問いに、珍しく口籠った智樹。
いつも一緒に勉強をしていた布田祐二は夏休みの前半にあった中学最後の陸上大会の地方大会で負傷して敗退していた。それが結構な重傷だったらしく、自然治癒でもある程度は治るものの癖になって再発する可能性が高いとの事で、昨日手術となったのだ。
「つもりだけどって、何かあったんか? まさか手術が巧くいかなかったとか?」
「いやそうじゃないんだけどな……何というか、あの甘ったるい雰囲気に中てられて砂糖を吐き出しそうなんだよな」
「……あ~」
真実が光輝と一緒に事件に巻き込まれたお盆の夜祭で、事件直前に祐二と華子に出会っていたのだが、随分と良い雰囲気だったのを思い出す真実。祐二が怪我をする大会前までは何かといがみ合っていた二人だったが、いつの間にやら……いや怪我を切っ掛けに仲良くなっていた。
怪我をして足が不自由な祐二を華子が甲斐甲斐しくサポートをしていたのは、祐二が怪我をしたのは自分のせいだと華子が責任を感じていたからだと思っていた事を祐二や陸上部の部員たちは知っていたが、祐二はそれを否定。怪我の原因は全て自分のせいだと。
それでも気が済まない華子が祐二の世話をしている事は八月の頭にあった出校日や先日の学力テストでクラス中、いや学年中に知れ渡っていたところだ。しかしそれは大会での出来事を陸上部員が広めていて、あくまで『責任を感じて』という体裁になっていた。
だが、毎日のように顔を合わせているこのメンバーには既に二人が付き合っている事はバレバレだった。
「わ~、やだやだ。あたしはそんなところに行きたくないわ~」
「ははは。ま、祐二も見舞いは不要だって言ってたしな。何か用事でもなければ行かなくても文句は言われないだろ」
もっと言えば見舞いに行くと逆に邪魔者扱いされそうだが、生憎相部屋なので変な事はしていないだろう。せいぜい部屋から出てアメニティ広場で会話を楽しんでいるのではと予測する真実。
真実が入院していた時も同室人の機嫌が悪く、出来るだけ部屋から抜け出していた事を思い出した。結局その同室人は問題のある人で、早々に刑事さんたちに連れて行かれたが。
「まあ、お見舞いって言っても明日には退院するんじゃあね。今から行っても遅くなっちゃうし」
「ああ。明日も午前中に退院でバタバタするだろうしな。ま、祐二のご機嫌取りは和多野に任せときゃ良いさ」
「でもこれで夏休みは家から出られないんじゃないか?夏休みもあと一週間切ってるし」
通常この地域での学校は殆どが二学期は九月一日からだが、今年は一日と二日が土日に当たる為、三日に始業式が始まる。例年より休みが長くなるので喜ぶ者も多いが、反面でいきなり丸一週間丸々登校しなければならず、みんな今からうんざりとしていた。
加えて言えば、始業式が終われば翌日から実力テストがある。その対策として今回この模擬テストをしたのだ。中学三年なので春にはみんな高校受験がある。今から受験勉強を始めておけば、直前に慌てる事も無いからと始めていたのだ。
それに噂では既にテストの結果が内申書に反映するらしい。内申書がどんなものかも分からない真実たちは、それを知っていそうな智樹の提案を受け入れるのが得策だと判断したのだ。
「でも、本当に勉強会を祐二の家に移さなくて良いのか?」
「ああ、前にも言ったけどあそこは真実の家程静かには勉強させて貰えないからな。そこは祐二も分かっていて無理に来なくて良いからって」
二人だけなら自分の部屋ででも勉強出来るけど、六人ともなるとダイニングでしか出来ないし、ダイニングでは邪魔者が必ずいるから勉強には向かない、と。だから別々に勉強しようと祐二の方から提案されたのだ。
「て事は華子は布田君の家で勉強するって事ね。まるで華子は通い妻ね。くぷぷ」
本当は華子も真実の家で勉強するのを望んでいた祐二だったが、華子はそれを強く否定、祐二と勉強する事を選んだのだった。
「お、いつも悪いな黒生」
キッチンからティーカップを乗せたお盆を手にした光輝が戻ってそれぞれの席に配っていく。エアコンが効いているので外は暑いが敢えて熱い紅茶を出されても誰も文句は言わなかった。
そしてそれに続いて真実が持ってきたのは……
「え。プリンアラモード? ねえ、これってプリンアラモードじゃない! よくこんなの作ったわね」
「まあ、ちょっと手間は食ったけどね。プリンも一から作ったんだぞ、これ」
真実が見た今朝の夢の中で、昼食や間食を食べ損ねたトゥルースは、その土地で有名なある食べ物を食べ損ねていた。
それは前日にファーラエが要望したものの急だった事もあり、漸く今朝の夢の中で希望が叶って口に出来たのだが、トゥルースは夕食前まで帰って来ず、更に失態を犯して夕食も碌に口に出来なかったので結局それを口に出来なかったのだ。
それは農場特製の濃厚なプリンであった。
朝起きた真実は所々痛む体や口の中を我慢しつつ、今日のおやつはプリンを作ると決めていた。幸いにも顔に痣は付いておらずよく見れば腫れているかなくらいであり、体の痣が見付かる事も無くバレずに済んでいた。夢の中でトゥルースが濡れた手拭いで確りと冷やしていたのが良かったのかも知れない。
痛む体に鞭を打って道場の稽古を動きが悪いと怒られながら熟して帰る途中で、買い物に出てきた総司に出会い、出資者をゲット出来た真実は材料をグレードアップ出来た上に追加で買い足す事が出来た。
そもそも、今日はプリンを作るつもりだと総司に告げると、それでは量が物足りないだろうと総司からプリンアラモードを提案されたのだった。ラッキーである。バナナはたまに買うがクリームやミカンの缶詰めなんて滅多に買わない物まで買えた。
勿論、昼食と同時進行でプリン等を作っておいたのは言うまでもなく、出す直前に盛り付けたのだ。
「んんっ! 美味しい! 本当に買ってきたんじゃないのよね、これ」
「ああ。俺もだけど、光輝も気合いが入っていたからな。レシピも色々と吟味したし、丁寧に作ったから当然の結果だな」
基本的な材料は光輝が知っていたので買い物に問題はなく、レシピは母花苗から貰った電話の通じないスマホで検索して調べたのだ。
「……ウチ、プリンがあんなに種類があるとは思わなかった」
光輝もプリンの作り方は虚覚えだったので、作り方を調べられたのはアレンジを知る事も含めて勉強になったのだった。
「こんな美味しい物を食べられないなんて、華子も布田君も残念だったわね♪」
「智下、それ本気で思ってないだろ。どっちかって言えばざまあ見ろってところか?」
「んぐっ! そ、そんな事は無いわよ? ただのプリンならまだしも、プリンアラモードだなんてお店でしか食べられないと思っていたから、二人とも勿体ない事をしたわねって」
慌てて言い訳する綾乃の様子に笑う三人を見て、コーヒーをすすりながらホッコリする総司。ほんの少しの出資でみんなが満足する様子を見られた事で、自分も満足するのだった。