√トゥルース -063 自業自得
「本っ当~~~に信じらんない!」
声を荒らげるのは全裸を見られてしまったリム。勿論その相手は見てしまったトゥルースだ、当然のように正座中である。
「ごべんばばい」
その顔はブクブクに腫れており、喋りにくいだけでなく前を見るのも困難なようだ。濡らした手拭いで冷やしているが、リムはそれを可哀想だとは露程も思わない。
女性陣が服を脱いで肌を出していたところに突っ込んでしまい、イキシアにボッコボコにされたトゥルース。理解が追い付かなかったトゥルースはその桃色空間を暫く凝視してしまったものだから、全裸になっていたイキシアの逆鱗に触れてしまい一気に叩きのめされたのだった。
自業自得であったが、そこは元々トゥルース個人に割り当てられた部屋であった。
ティナやシャイニー、フェマがその部屋に入り込んでいて実質的に四人の部屋となっていた事、シャイニー主導で下着を作る事になった事に加えて、服を脱ぐにあたり護衛しやすい離れで行う事になり、一番陽当たりの良い部屋であったその部屋に白羽の矢が当たったのだ。離れは二部屋あって、もう一部屋をティナたちに割り当てられていたのが、全く使われなかった為に今はリムたち兄妹が使用していた。
その日、出掛ける事になったトゥルースとミックティルクたちと屋敷の敷地内で稽古をする予定だったアディック|《リムの兄》。居るのが確定しているアディックの部屋を使うのを却下するのは当然の選択だった。
そんな背景もあったのと、シャイニーたちがトゥルースを庇った事で何とか動ける状態に止められたのだった。
しかし、口の中も切っていて腹ペコだったトゥルースは碌に夕食を口に出来なかった。まあ、同席も憚れた為に自粛したのだが、ミックティルクに指示されたレイビドが特別食を別室に用意し、それを口にしていた。
加えて体にも何ヵ所か怪我を負った為に風呂にも入れなくなったのだった。制裁を加えたイキシア曰く、「謝らないぞ、私は」と。それはそうだ、全裸を見られた自分を抜きにしても主であるファーラエの半裸を見られたのだ。半殺しは当然の結果だった。
また、庇いに入ったシャイニーたちが遅れそこまでの怪我に至った理由もある。以前、侯国で似たような事があり、ノックをしてから入る事をお願いしていたにも関わらず同じような結果になったからで、トゥルースには反省して迂闊さを正して欲しくて介入するのが遅れたのだが、イキシアの手が思いの外激しいものだった事が大事になった原因だ。その苛烈さに呆気に取られたシャイニーやティナ。フェマが止めなくて良いのかと声を掛けなければ更に酷い事になっていただろう。
「はぁ。もう良いわ、でも本っ当~に忘れてよ? でなきゃあたしからも同じくらい痛い目に遇って貰うからね。勿論、記憶が無くなるまで徹底的に」
「ふぁい、わがりまじだ」
ここは素直に言う事を聞いておいた方が無難だ、例え忘れたフリをしてでも。
「本当に忘れてよ、約束だからね。それで、あたしに何か用?」
「ご、ごれぶぉ確認じで欲じくで」
懐から袋を取り出すと、テーブルの上にそっと置くトゥルース。するとリムの目がパッと見開かれ、ゆっくりと手がその袋へと差し出されたが、その手は僅かに震えていた。
「これ……あたしの?」
口の中が痛いので、必要のない受け答えはなるべく避けたいトゥルースは、コクリと頷く事でその返事とした。
その震える手で袋を開けるリム。中からは端切れに包まれた虹色に輝く石が。
「戻って……きた。間違いない。あたしの石が、戻ってきた!」
椅子から立ち上がったリムはテーブルの反対にいたトゥルースに駆け寄ると、きゃ~!と声を上げてトゥルースに抱き付いた。
「がっ! 痛゛っ!」
「あっ! ご、ごめん!!」
普段であればご褒美なその行為も、今のトゥルースにとっては罰以外の何物でもなかった。勿体ない話だ。
「い、いや良いんら。ぞれより石が無事か確がめで欲じい。あ、あとごれも」
手拭いに包まれてたのは少量の石。トゥルースが別に分けていた、傷が付いたかも知れない方の石だ。
「ごっぢは重なっだり水に濡れだりして傷が増えだり色が褪せだりしでるかも」
「……あなた、どうしてそんな正直に……」
石が戻ってきた事自体が奇跡であり、幾つかをくすねられていたとしても犯人のせいか取り戻した者のせいなのかは分かる筈がない。なのにどうして、と。
「いや、石を失うのがどんだけ恐い事なのかが分がるがら」
「……分かるって、どうして? これだけの石があれば一財産、いえ、石ひとつだけでもかなりのお金になるのよ? 普通の人ならこんなのを見たら……」
改めて石に視線を移すリム。流石は世界三大変色石の中でもトップの座につくピンクナイトレインボー、陽がとっぷりと暮れて蝋燭の灯りに照らされた石は見事な色彩の光を放っていた。そんな石なのだ、リムの言う通り石の価値は変色石の中でも随一だ。しかし……
「言っでながったっけ。おで、レッドナイトブルーの売人なんだよ」
「……え? 嘘」
「本当だよ。部屋に行けば石があどぅ。今から持っで来ようか?」
信じられないとばかりに口をパクパクするリム。
しかし、それなら言う事も理解は出来るだろう。もし相手と自分の立場が逆であれば自分も同じ事をしたと思う。
しかし売人の中にもそんなに行いの正しい者ばかりじゃない。|イエローナイトグリーンの売人のように自分の儲けを優先する者だって少なくはないのだから。
「……いえ、良いわ。体が痛いんでしょ? 無理しないで」
先程までとは打って変わり、トゥルースの怪我を気遣うリム。流石に恩を仇で返すような事はしないあたり流石だが、果たして、石が却ってきた事が嬉し過ぎて裸を見られた事をすっかりと頭から消し去っていた。それは何時までも引き摺らないという性格的な物かとも思われたが、単純に嬉しさが怒りを上回って記憶を消し去っただけの結果であった。
それはマイナスであったトゥルースの評価をプラスに変える物でもあったのだ。
「……ねぇ、聞いても良い? あなたとニナさんたちって、どんな関係なの? 綺麗な女の人や小さい子と一緒だなんて普通じゃないよね。あの人たちも石の売人、って事はない気がするんだけど」
当然の疑問である。傍から見れば何の関係性もない組み合わせなのだから。
この疑問にトゥルースもどんな関係性なのかと首を捻る。
「そう、だね。関係は無いと言っでも良いかも。強いて言えば、あの三人とも他に行く宛がないんだ。で、縁があって一緒に旅をする事になって……」
「宛が、ない? またどうして……それも三人も」
「詳じぐは言えないんだげど、俺も含めでみんな呪い持ちでね」
「あ、その話は昨晩に聞いたわ。シャイニーさんの顔も昨夜に見る事が出来たし」
「……ぇ?」
リムの言葉に腫れた瞼を見開いて驚くトゥルース。
一昨夜の夕食時に月明かりに照らされたシャイニーが呪いの解けた顔を見せて皆に見られるのを嫌がっていたのだが、昨夜にも知らない間に月夜に出ていたとは、と。
「……あ。何か昨夜、風呂から出て部屋に戻っだら、ニーやニナの様子がいづもと違っだんだけど……それれなのかな」
でも、と首を捻るトゥルース。昨夜の二人は明らかにいつもとは様子が違ったが、どちらかというと更に仲良くなったような気がした。直前にシャイニーの嫌がる事があったのが信じられないくらい、トゥルースが風呂から上がってきた時にはいつも以上に身を寄せ合っていたのを目撃していたからだ。
う~んと考え込むトゥルースを他所に、リムは戻ってきた石の確認作業を進めていたが、数を数えた後にトゥルースが手拭いに包んでいた石のひとつをじっくりと見て溜め息を吐いた。
「数は合ってたけど、一個だけ色褪せしているみたい。細かい傷の確認は明るい日中にしないと火の灯りでは分からないわね」
「あ、やっばり? 一個だげ水瓶の脇の流し場に置いであっだし、他の石と比べで発色が悪そうに見えだから」
どうやらひとつも失う事なく手元に戻ってきたようだ。それにイキシアがボディブローをカマす際に石の入っていた袋や手拭いは辛うじて避けられていたらしい。もし当たっていたら、石もトゥルースも、石を砕いたイキシアもいろんな意味で大惨事は免れなかっただろう。
ホッとしたトゥルースがリムの呟きに気付いて自分の見解を口にすると、やっぱりとリムの顔が曇った。
「水に濡らした後、充分に拭き取らなかったのね。この様子だと大分奥まで浸食されてるかも。もうこの石は売れないわ」
石が戻って嬉しい反面、石のひとつが売り物にならなくなってガックリするリムは、兄アディックに報告をしに部屋へと戻って行く。
それを見送ったトゥルースは、体の痛みで風呂に入るのを諦めると寝るまでの時間稼ぎの為に、真っ暗な表に出て砂浜に寝転び空を見上げた。そこには一昨夜には既に登っていた月の姿はなく、幾百幾万幾億の星が瞬いていた。