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√トゥルース -062 災難?



「今日はとんだ災難でしたね、トゥルース様」


 湖畔の屋敷の玄関ホールへと苦笑しながら招き入れるのは老齢で落ち着いた仕種を崩さないレイビド。

 彼は官憲に捕まり取り調べを受けていたトゥルースの身元引受人として街の詰所に迎えに来てくれたのだ。それまで何を言っても信じてくれなかった官吏たちだったが、掌クルーっと態度を一変させて即時解放となった。


 昨日起こったピンクナイトレインボーの盗難事件は屋敷の者から官憲へと伝わっており、その石を持って空き家に潜伏していた(ようにしか見えなかった)トゥルースを容疑者として最重要視していたのだ。屋敷の者からは犯人は姿が見えないと報告を受けていたが、そんな話を信じる者はおらず……

 自分の身分を証明する物は全て屋敷に置いてきていたトゥルースが、いくらバレット村の出身者だと言っても聞く耳を持たなかった官吏たち。もしそれが本当だとしても、持っているべきなのはレッドナイトブルーであってピンクナイトレインボーではない。

 その事を執拗に問い質す官吏たちに、トゥルースは偶々出会って知り合い、犯人の潜伏している空き家を特定して踏み込んだ直後だと正直に答えるしかなかった。


「すみません、レイビドさん。俺のせいでお手間を取らせてしまって」


 嘘だ本当だと埒の明かない話に終止符を打つべく、自分の身分を証明する為に呼ぼうにも街に身内がいる筈もなく、頼るは王族がらみの屋敷の者かザール商会の支店長エスぺリスくらいであった。

 しかし、どちらも呼び出すには憚れた。忙しい身であろうエスぺリスを呼び付ける程に彼女と親しい訳ではないし、況してや世話になっているこの国の最高権力である王族の者を他国の一若造である自分の為に呼び出すだなんて畏れ多い事は出来ない、と。

 かと言って旅仲間であるシャイニーやティナを呼んだところで二人とも自分の身分を証明出来るだけの信頼性は持ち合わせていない、とトゥルースは思っていた。

 教会から渡されたシャイニーの守られし首飾りの事はスッカリ忘れて。それにティナが元貴族(本当は元王族)である事は知っていても、それを証明する物が何も無い。それに呼ぶにも結局王族の屋敷に行く事になるので屋敷の者に手間を取らせてしまうのに変わり無い。頭を悩ますばかりだった。

 何とかして身の潔白を証明したいトゥルースだったが、それらを封印してしまえば他に何の手立てもなく言葉少なくなってしまうのだった。


「いえいえ。本来は我が国の官権や兵がやるべき仕事をトゥルース様にやっていただいたのです、このくらいは大した事ではありません」


 いつまでも進展しない事に業を煮やした官憲は、ならばと昨日の行動を問い質す事にした。

 すると渋々ミックティルクの名は伏せて、ある方と共に仲間と買い物がてら石を商会に売りに行ったと打ち明けるトゥルース。ではその仲間は今どこに?と問い質す官吏に、やはり渋々と王族の屋敷だと打ち明けたのだった。

 そんな突拍子もない事を信じる官憲ではなかったが、それの裏を取る事は必要だからと確認の為に商会と屋敷に確認させに走らせたのだ。


「という事は当然ミック様の耳にも?」

「ええ、話を聞いた我が主が自ら迎えに行くと。流石におひとりで行かせる訳にもいかず私めが出向いた、という事でございます」


 結果、どちらも動いてくれた。

 真っ先に動いたのは屋敷の方で、即時にレイビドが本人確認に馬を走らせたのだ。第三王子お付きのレイビドはこの街の官吏たちには知れ渡っており、即事解放と相成った。

 そして二人が官憲の詰所から出ようとするところに、エスぺリス本人が馬車で駆け付けたのだった。王族お付きの者に街の有名人、二人が揃って迎えに来た事に驚きを隠せない官吏たちだったが、成る程こんな顔ぶれを呼び出すのなら躊躇するのも納得だと漸く理解されたのだった。


「ええっ! ミック様が自ら!? それはまた無茶な……」


 結局無駄足になったエスぺリスには丁寧にお礼を言って別れたが、本当に悪い事をしたなと光り輝く頭と共に思い浮かべるトゥルース。本当は夕飯でもご馳走したかったのだが、ミックティルクへの報告もする必要があるだろうからと散々頭を下げて屋敷へと帰るしかなかった。


「それでミック様は今どちらに?」

「我が主は今、汗を流しに行っておられるようです。ご報告がてら、トゥルース様も汗を流しに行かれてはいかがですか?」


 既に陽は沈みかけていて女中たちが夕食の支度にバタバタと忙しそうに走り回っていた。

 見えない何かと組み合っていたのは陽が最も高くなっていた昼頃だったので、昼食も口にせず長い間を官憲の詰所で問答を繰り返していた事になる。その事に気が付くと、ぐぅと腹が鳴った。


「そう、ですね。でも……これ(・・)を早く本人に手渡したいんで、申し訳ないけど……報告は後程でも良いですかね?」


 風呂は食事の前に済まして少し休憩した方が良いという説を思い出すトゥルース。しかし今は優先せねばいけない事よりも優先したい事を先に済ませたいと強く感じた。


「ふむ。そう……ですね。今から入浴ですと夕食の時間に遅れるかも知れませんし、そうされた方がお喜びになられるでしょう」


 ならばと今何処にいるのかを聞くと、今日はトゥルースが出掛けた後に女性陣みんながトゥルースたちの泊まっている離れの部屋にいると言う。


「え、そうなんですか? じゃあ直ぐにでも知らせに行かなくちゃ」


 知っている場所にいるのなら案内は必要ない。逸るトゥルースだったが、一緒に出ていった相棒(?)を気遣うくらいの事は忘れない。直ぐ様に駆け出す程は子供でもないのだ。


「それなんですが、もう終わる頃でしょうが今お部屋では―――」


 言いかけたレイビドの後ろを使用人通路から出てきたミアスキアが奥へと歩いて行くのが見えた。


「あ。ミアスキアさんも帰ってきたみたいですね。じゃあ報告はミアスキアさんに任せて、俺は部屋に行ってきます」


 見えない何かを捕まえられたのかどうかも気になるところだが、報告の義務はこれで無くなったとばかりなに気が抜けて、レイビドの制止を聞かずに離れのある方へと駆け出したトゥルース。子供でもな……ゴホン。



 すると離れに続く廊下ではファーラエの護衛である女騎士の一人、イベリスがミアスキアの行く手を遮っていた。


「また覗きに行こうとしているのだろうけど、そうはいかないわよ! あんたをファーラエ様に近付けさせる訳にはいかないわ!」

「いやいや、おれは主殿に報告に行くだけで、姫殿のところに行く訳では……」


 ミアスキアは離れの近くにある風呂にいるミックティルクに報告をしに向かうようだが、ファーラエたちのいる離れに向かうのを恐れてここでミアスキアを塞き止めているようだ。


「いいや、今までどれだけぼくたちの手を煩わせていたと思っているんだよ! あんたはファーラエ様にとって害悪でしかないから、絶対ここを通さないからね!」

「おいおい、勘弁してくれよ。散々走り回ってそんな気力はないんだからさ」


 敵意剥き出しのイベリスに対して、ミアスキアは何となく疲れているような雰囲気だ。しかし、それはミアスキアの戦略だとでも思ったのかイベリスは更に責め立てる。


「そんな事を言って油断させるつもりなんでしょうけれど、そう易々とは騙されないんだから! そもそもあんた、その視線が気持ち悪いのよ! 隠しているつもりなんでしょうけれど、ファーラエ様だけじゃなくアベリアやフレサスさんの胸をジロジロと見ている事はバレバレなんだから! 胸の小さなぼくが相手で残念だろうけど、大きな胸がお好みなんでしょ。そんな目で見ている限り本人も周りもあんたの思い通りにはさせないんだからね!」

「いや、もうそんな気にはないから。それより主殿に報告をさせてくれ」


 そんな言い争いをする二人の脇をそっと通ろうとするトゥルースを、イベリスが遮った。


「待て。あんたは何処に?」

「俺は盗られた石を取り戻す事が出来たから、その報告に……」


 すると少し考え込んだイベリスが、それならばとそこを通してくれた。ミックティルクの客人であるトゥルースはミアスキアよりは信用を得ていたようだ。


「おいおい、あいつが良くて何でおれは駄目なんだよ」

「煩い! 兎に角、あんただけは通さないからね!」


 護衛ってのも大変だなぁと思いつつも、見えない何かを捕まえる事が出来たのかミアスキアに聞き出す雰囲気ではなかった為、そのまま目的地に向かうトゥルース。

 中からガヤガヤと人のいる気配がするので、自分たちが泊まっている部屋にみんな集まって何やら話でもして盛り上がっているのであろうと、軽く(ドア)をノックして中に入る……のだが。


「はい、次の仮縫いが終わりました、姫様。装飾はこんな感じで良いですか?」

「イキシアさんの胸上(バストトップ)から順に測っていくから、ニナさん、書き留めをお願い」

「外した胸当て(ブラ)はこっちへ寄越すのじゃ、リムよ。下穿き(パンティ)はアマリリスの嬢ちゃんが縫ってくれようから、そっちに。左右の大きさの違いは気にするでない」

「ああ、左右の差は詰め物(パッド)で調整すれば良いわ。詰め物はウチが試作したのがあるから、次のでそれを試してみて」


 ノックの音が聞こえてなかった。

 いや、それ以前に返事が無かったのに扉を開けたトゥルースのミスであった。


「……ぇ?」


 目の前に広がるのはトゥルースにとって天国か地獄か。


 目の前で繰り広げられていたのは柔肌を晒す乙女たちの小さな戦争。

 切った生地を相手に、下を向いて凄い集中力でチクチクと針を通す下着姿の侍女たち。その中の一人アバンダから、羽織っていたガウンを脱ぎつつレースを仮縫いされた下着を受け取ろうとするファーラエ。巻き尺を手にしたシャイニーやペンを手にしたティナも下着姿だ。更に、今から測定して貰おうと両手を横に広げていた女騎士隊長(イキシア)や、フェマに脱いだ胸当てを渡そうとしていたリムの姿は素っ裸であった。


 この日、トゥルースは死んだ。





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