√トゥルース -006 侯爵邸
「到着でございます」
いつの間にか二頭馬車から四頭馬車に変わっていたのには驚いたトゥルースだったが、それだけ執事アンに時間を与えていたのだと申し訳なく思い代表して謝罪の言葉を口にしたが、女性の支度に時間が掛かるのは当然なのと、これだけの女性たちなのだから宿に置いてはおけないと主張していたトゥルースの言い分も尤もだと、笑い飛ばされてしまった。
しかし待たせている侯爵には謝罪をしなくてはと考えていたトゥルースに、既に遅れる理由は連絡済みで、無理を言っているのはこちらの方だ、謝罪の言葉を口にするのなら、こちらはそれ以上の言葉を探さねばならないから気にするな、とアンから念を押されてしまっていた。
「これが……侯爵様のお屋敷?」
四人が見上げる屋敷は、この侯国では一般的な家屋よりも一回り、いや贔屓目に見ても二回り程しか大きくないものだった。流石に庭は馬車寄せがあり、庭木が植えられていて、広大な広さではあったが。代わりにと言っては何だが、その隣には行政を行う建物があり、業務終了なのか一般の人たちがぞろぞろとその建物から出てきていた。暫くすれば勤務の終った職員が帰路に着くだろう。
アンに案内されて中に入る四人だったが、四人はその屋内の様子に首を傾げる。装飾品が殆どなく、云わば一般家庭の様相だ。本当に侯爵なのか? と。
「こちらのお部屋でお待ち頂けますか? 只今呼びに行かせておりますので」
成る程、女性陣の支度に時間が掛かる事に理解を示していたのは、待ち時間を公務に費やしていたからか、と納得した四人。しかし、それにしても何もない部屋だなと思いつつ、出された茶を一口飲む。
「ん? これはまた香ばしい茶じゃのぅ」
「ホント、何の香り何だろうね……」
「初めて口にいたしますが、飲み易いですわ」
「この国の特産らしい、商談中にも出されたよ。でもここのは特に香りが良いような……」
四人がそれぞれ首を傾げながらもそのお茶を飲みつつ特産なら後で少し買っていこうと歓談していると、ドカドカと音が近付いてきてバン! と扉が開く。はい、ここにもノック無しで部屋に入ってくる迂闊な人がいましたよ? とトゥルースは自分だけではなかった事に張らなくても良い胸を張って女性陣にアピールするが、どう足掻いてもトゥルースが女性たちの裸を見た事実は覆らないのである。
「おう、待たせたな! 王国から飛んでもない話が舞い込んで対応をどうしたもんかと……ったく! 本当かどうかも分からん話に振り回されるこっちの身にもなれってんだ! ……って、儂の愚痴を聞いて貰う為に来て貰ったんじゃなかったな! 悪い癖だ、許せ!」
心当たりのある話を耳にし冷や汗を掻くトゥルースたち。立ち上がって挨拶をしようとしたのを、入ってきた男が制止し対面のフカフカな椅子にドスリと腰掛ける。一国の主とは思えないその態度に、四人は呆気に取られた。
「主様、いくら相手がお若い方々とは言え、それでは失礼かと」
「ん? そうか? そう、だな。まだ名乗ってもいなかったか。流石に名前も知らずに話すのは問題か。ハッハッハ、悪い悪い。儂はマナール・アルリフ。このアルリフ侯国の長なんて似合わない事をしておる」
「俺……いや、私はトゥルース……」「ああ、良い良い。そんな堅苦しいのはお互い無しでいこうじゃないか、トゥルース君。いつも通りで良い。まあ儂の方が堅苦しい雰囲気に我慢出来んくなっちまうからな」
執事アンに促された侯爵マナールが自己紹介した後、トゥルースが続いて自己紹介しかけたところでマナールが正式の場でもないからとその言葉を遮った。
「申し訳ありません。主様は相手が畏まるのも我慢出来ない性分でして……主様の言う通り楽になさって頂いて構いません。お付き合い頂けますか?」
「……はぁ、セバスよ。お前こそその言葉遣いをどうにかして欲しいんだがな」
「何時も申しておりますように、私がこの言葉遣いを棄てるのは執事を辞める時にございます。主様はお気になさらぬように」
礼儀正しい執事に、礼儀無視の侯爵。対極な二人のやり取りは慣れた感じで何度も繰り返しているのが感じ取れる事から、トゥルースは二人の言う通り、いつも通りの言葉遣いで自己紹介を続ける。
「俺がトゥルース、こっちの青色のドレス姿はシャイニーで、こっちの金髪がティナ、あとそっちの小さいのがフェマだ」
「ほう、これは皆美しい女性ばかり……まさか皆トゥルース君の奥方?」
「いやいや、まさか! みんな縁のあった只の同行者です……だよ!」
「只の、ねぇ……その割りにはお年頃の女性二人はそう思っていないみたいだが?」
マナールに言われたトゥルースが、え? と三人を見ると三人ともトゥルースをじっと見ていた。シャイニーは残念そうに、ティナは少し怒った感じで、フェマは細めた横目で……
女性陣としては、シャイニーはもしかしたら両親が見付かったらトゥルースと別れる可能性がある事を懸念して、ティナは少なくとも裸を見られた責任を取って貰う可能性が今のところ少なさそうだと感じて、フェマは短い時間を越えた濃い関係を持っている三人なのに何を今更他人面しているんだ! と。
そんな三人の思惑も分からないトゥルースはそんな三人に首を傾げるばかりだった。
「くはははは! 少なくとも正装しているそちらのシャイニーさんとは何らかの関係があると思ったんだがなぁ。その色はトゥルース君と石の色合いを表現したのかと思ったんだが……違うのか?」
「ああ、シャイニーだけが正装を持っているのは偶々さ。俺はその気はなかったんだけど、シャイニーの服を選んだ人がそれを意識していたかも。フェマのはうっかりしてて正装を用意してなかったんだけど、ティナとは出会って間もなくて……午前中に見に行った店には合う正装は見当たらなかったげと……」
「くはははは! と言う事はティナさんはこの国の者ではないという事だな。この国の者ならそういった正装をする事は殆どないから、必要な者は特注で仕立てて貰う事になるからな。それを知らないという事と、このような女性がこの国におれば儂の耳にも入ってこようが、今まで聞いた事がない。違うかな?」
正装をする事がないのは、この堅苦しいのが嫌いな侯爵の影響なのだろうか。それにそれだけの事でティナがこの国の者ではない事を見破った。舌を巻くトゥルースだったが、そんなトゥルースにフェマが石とは何じゃ? と再度目を細める。
「ん? 何だ。そちらの小さな嫁候補には教えてないのか? それとも知られないようにしているのか?」
「ああ、シャイニー以外には言う機会がまだ無かったんだ。良い機会だから一緒に見て貰おうかと……」
「お! じゃあ、早速見せて貰えるか?」
日は既に沈もうとしていた。日中の色を見て貰うには少し遅すぎたくらいだ。トゥルースは懐から取り出した布の上に別に取り出した袋の中身を幾つか取り出して並べた。ほぅ、と感嘆の音を上げるマナールと脇に控えていたアン。何じゃと!? と目を剥くフェマ。何だか分からず目を凝らすティナ。そんなみんなの様子を見て、そんなに凄い物なの? と首を傾げるシャイニー。
「ご希望の大きさや色合い、予算は? この辺りの大きさが一般的な物かと。今日卸したのもこの大きさまでの安めな石を中心とした物ばかりだったけど」
「ほぅ、これより大きい物もあるのか……それは魅力的だな。ちょっと手に取って見ても良いか?」
「ええ、どうぞ」
いつもの口調での商談なんて初めてのトゥルース。ちょっとやり難そうだ。するとフェマが自分にも見せて欲しいと手を伸ばす。更にその雰囲気に当てられたティナまで見たいと手を伸ばした。
「赤い、石ですか? 珍しいと言えば珍しいですが……これが如何されたんですか?」
「いや、これは珍しい物じゃぞ? ティナ嬢。まさかこれを手に取る日が再び来ようとはな」
「珍しい、ですか? 赤い石で珍しいと言えば、世界三大変色石であるレッドナイトブルーは存じ上げますが……他に珍しい赤い石が?」
「何を言っておる。これがそのレッドナイトブルーじゃよ」
「へぇ……これが………………ええっ!? これがっ!?」
「まさか坊がバレット村の者じゃったとはの。あの日数で往復出来る距離などそう多くはあらせん。その可能性もあったのに儂とした事が……」