√トゥルース -061 ピンクナイトレインボーの行方
「みゃ~!」
「ミーア! こっちか!」
足に絡まり散らかった衣類を拾いつつ、先行するミーアを追うトゥルース。何で分かるの!?と戸惑いの声が追う先から聞こえてくるので間違いは無さそうだ。
ミーアの向かった先は一番最初に見えない何かが衣類を片付けていた部屋。その部屋からはまた窓がガタガタと音が聞こえてくるものの、当然のように開かないのは分かっている。外からキッチリと引戸がどちらからも開かないようにそっと細工をしたのだから。
それが分かっていても蹴破られれば逃走は可能だ。トゥルースはそれが心配でミーアの直ぐ後ろを追って部屋に飛び込んだ。
が……
「うがっ!」
「みゃっ!!」
入った途端、部屋の中へと蹴り飛ばされた。
窓が開かないと分かった見えない何かは、直ぐ様部屋の入口の脇に隠れたらしく勢いよく入ってきたトゥルースの背後を呆気なく取った形だ。ガラガッシャンと数少ない家具を巻き込んで倒れるトゥルースを尻目に、見えない何かは部屋から逃げ出していく。
倒れ込んでくるトゥルースを跳び跳ねて避けたミーアがハッとしてそれを追う。
「あたたた。くそっ! 相手が見えないと、こんなに振り回されるのか」
怪我の無かったトゥルースも遅れて立ち上がり、再度衣類を回収して後を追った。
向かうは唯一窓の開いた北部屋。外には人を追うのに慣れているであろうミアスキアがいるから心配はしていない。
が、相手は姿が見えないのだ、通常とは勝手が違うだろう。ならば見えるように援護しないと。そう思ったトゥルースは窓の開いた北部屋に急ぐ。
「そっち行ったぞ、ミアスキアさん!」
そう掛けたトゥルースの声と見えない何かが窓に手を掛けた音が運悪く重なり、音を聞きそびれたせいでミアスキアの注意力が一瞬遅れた。
「なっ! えっ!?」
見えない何かがミアスキアの待ち構えていた左脇に着地する音が聞こえ、慌ててそちらにミアスキアが向く。
そして後を追ってきたトゥルースが空かさず窓から手にしていた衣類をそちらに投げつけた……のだが。
「みゃっ!?」
「のわっ!」
「あ」
それは最悪のタイミングだった。
見えない何かにも一枚届いていたが直ぐにそれは払い落されてしまう。それだけではなく、追い掛けて窓から飛び出したミーアの行く手を遮ってミーアを包んでしまった。そして追おうとしたミアスキアの視界までをも奪う事になってしまったのだ。
「ちょっ、おま何してんだよ!」
「わ、悪い!それを奴に被せれば、奴の姿が見えないのを補えると思ったんだ」
「それなら他にやりようはあっただろ、色の付いた液体を撒くとかさ! それよりおれは奴を追うから!」
そう言って駆け出すミアスキア。言われてああそうかと気付くものの、後の祭りだ。
ミーアも漸くもぞもぞと絡まった衣類の中から這い出てきたが、既に見えない何かの姿を見失ったようで辺りをキョロキョロするのだった。
「ミーア、後はミアスキアに任せよう。それより例の袋は近くに?」
「みゃ?」
トゥルースは追うのを諦めてミアスキアに任せる事にし、ミーアに声を掛ける。
そもそもトゥルースの目的はリムが奪われた商材の石が入った袋の奪還であり、見えない何かの確保はついでと捉えていた。確かに野放しにしてはおけない相手ではある。放置すれば同じような被害が続く事になり、その危険性は他人事ではない。実際に被害に遇いかけたし。
しかし、そんな大捕物は官権の仕事である。一般人の、それもこの国の人間でもないトゥルースが危険を侵してまで関わる事では本来はないのだ。
窓からひょいと飛び降りたトゥルース。見える範囲には既にミアスキアの姿はなかった。
追うのをすっかりと諦めたトゥルースを案内したミーアが向かったのは、その空き家の目の前だった。それこそ突入前にミアスキアと作戦を話し合っていた生け垣よりも遥かに近い、花壇と空き家の壁との間の隙間に入って行くミーア。
確かに猫の姿では袋が重くて遠くまで運べなかったと言っていたが、こんなにも見付かる危険の高い近くに隠していたというのが信じられないと目を見開くトゥルース。
「みゃ~」
「……これ、か。う~ん、ちょっと泥で汚れていて一見では見付けられなかったな。この泥汚れはミーアが?」
「みゃ!」
ドヤ顔で返事をするミーア。
元々の袋が鮮やかな色の物で女性の持ち物らしさを強調しており、一見すれば財布入りのポーチのようにも見えた。成る程、それで間違えて盗まれたのかと納得するトゥルース。
気を取り直してその袋を持ち上げ、紐を解いて中を見ると鮮やかなピンク色の石が細かく切られた端切れに包まれていたが、一部の石はその端切れの無い状態であった。たぶん見えない何かが袋から取り出して見たのだろうが……
「これ、袋から出して見たって事だよな。全部袋に戻したのか端切れと石の数が合ってないから分からないぞ? ちょっと中を調べた方が良さそうだな」
玄関の外側に掛けておいたつっかえ棒を外して玄関を開け、空き家の中へと入る。
再び屋内へと入ったトゥルースだが、改めて見ると屋外とは違って生活感を感じる事が出来た。竈には薪を炊いた痕が残り脇には使う前の細かく割られた薪が積み上がり、置かれていた鍋には埃ひとつ乗っていないようだ。また棚には球菜や茄子、里芋に南瓜、甘唐辛子が並び、甕の中には漬物らしき物が入っていた。しかしその野菜類は八百屋に並ぶような丁寧に採られた物ではなさそうで、手で無理矢理千切られたような蔕や蔦が付いたままだった。
「……ここに住んでいたみたいだけど、野菜は畑から盗んできてたみたいだな。あ、石がこんなところに」
水瓶の横の流し台の脇にポツンと置かれていたピンク色の変色石を見付けたトゥルースの顔には眉間に皺が。
「もしかして、水で洗ってそのまま放置……」
変色石は水に濡れたまま放置すると、その色合いがくすんでしまう事が多い。洗ったなら素早く且つ優しく拭き上げなくてはならないのだ。手に取って光の当たる所へ移動し確認するトゥルース。若干色合いが悪いような気もするが、元の色がどんなだったかは分からない。
「ピンクナイトレインボーの売人が色合いに妥協するとは思えないし……これはもしかしたら売れなくなるかもな。気の毒だけど」
トゥルースはその石を自分の手拭いに包んで袋の石とは別にして懐へと仕舞うと、他にも石が無いかを探す為に部屋の方へと上がった。
「……たぶんここで出したんだな。包んでいたのと同じ端切れが」
見えない何かが衣類を出し入れしていた部屋の片隅に見覚えのある布の端切れを見付けたトゥルース。蹴飛ばされて家具類を散撒きにしてしまっていたので発見が遅れた。
「数がひとつ合わない……あ、あった!」
袋の中の石の数と端切れの数が合わなくて焦ったトゥルースだが、投げ捨てたられた布の下から少し大きめの石を見付けてホッと息を吐く。自分の扱うレッドナイトブルーも小さな石ひとつで暫く暮らせるだけの値が付く高級品だが、変色石の中でも最高級と言われるピンクナイトレインボーは更に高価で出回る数も少ない。ひとつでも失くせば大損害なのだ。
「う~ん、俺も頭の中で数の管理は出来ているつもりだけど、こうしてひとつひとつ包むのも傷を防ぐ事が出来るし管理上アリかも。真似させて貰おう」
剥き出しになっていた石を端切れに包みながらそう決めたトゥルースは、それらを袋には戻さず褪せたであろう石と一緒に包む。余計な傷が増えているかも知れないので、後で念入りに本人たちに確認して貰う為にだ。
と、ここでふと気付いた。見えない何かはここで何をしていたのか。それは石の入った袋が見当たらなくて探していたのでは?と。取り出した石はあるものの、ある筈の袋が見当たらなくてしらみ潰しに探していたと考えると納得出来る。
成る程、お金が入っていると思っていた袋の中身が石ころでガッカリしたものの、丁寧に包まれた石に興味を持って出してみたというところか。で、試しにその内のひとつを口にしてみた……とかかな?水瓶の傍にあったやつ。流石に舐めてそのままには出来なかったのか、舐める前に少し洗ったのか……
しかし塩や砂糖なんかの調味料とかではなくて興味を失い……しかしその頃にはミーアが石の入った袋をくわえて持ち去っていた。そんなところかな?と素人推理を頭に浮かべながらそれを包み終えて懐に仕舞おうとした時だった。
何やら玄関の方から音が聞こえてきたので、見えない何かを追っていたミアスキアか見えない何かが戻って来たのかと身を構えるトゥルース。
だったのだが……
「何者だ! そこで何をしている! そこを動くな!」
そこに複数の官吏が武器を手になだれ込んで来たのだった。