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√トゥルース -060 見えない何かを捕まえろ



「ふぇっ!? な、何!?」


 やはり人のようだ、見えない何かが突然の異変に声を上げた。宙に浮く衣類が右にフワリと移動するところを見ると、見えない何かは右を向いて後ろから飛び掛かってくるトゥルースを視認したものの、状況が飲み込めず固まっているようだ。

 トゥルースは最初で最後かと思われるそのチャンスを逃さずモノにするべく、その衣類の移動した経路から半円を描いた衣類の中心を目掛けて飛び掛かった。それ以前に見えない何かはチェストの前にいるのが分かっているのだが、より確実な位置を想定したのだ。


「この盗人め! 観念してお縄に着け!」

「ひ、ひゃあ!!」


 思ったより若い声だ。低音の厳つい声が返ってくると思っていたトゥルースは意表を突かれたが、今はそれどころではない。その回したトゥルースの腕が、見えない何かを確実に捕らえたからだ。むに。

 舞う衣類。

 しかし、回した腕からだけでなく、抱き付いているであろう体や顔からも何とも表現出来ない感触が。むに。


「……何だこれ。柔らかい?」


 上半分を抱える腕の掌には、ふにゃふにゃと弾力性のある掴みやすい形の物質。下の方に回した手はたぶん股あたりを捕まえているのだろうが、ふにゃふにゃっとした感触に加えて指先が何か温かい中に埋もれていくような?むにむに。

 更に顔、特に口が何かに何度も当たるのだが、それはとてもプニプニしていて柔らかく、荒くなりつつある吐息(・・)が直接口に当たり、頬を撫で、耳をくすぐる。吐息!?


 この感触、何か心当たりがある気が。

 そう、最近女の子っぽい体付きになりつつも毎晩自分の寝具に潜り込んでくる旅仲間の一人に似た感触。むに。

 裸を見てしまったが故に責任を取れと競うよう同じように毎晩寝具に入ってくるもう一人の旅仲間に似た感触。むに。

 どちらも男の筋肉質な硬い体ではなく、神秘的な柔らかい体付きで、正に今感じているこの手の感触にそっくりな気が。むにむに。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「え……もしかして……女の人!?」

「んんっ! はぁ、はぁ、はぁ、い、いつまでどこを触っているのよ!」


 ぐいぐいと柔らかい掌がトゥルースの顔を押しのけ、股あたりを捕まえていた腕をつねられたトゥルースは、その痛みに思わず両腕を引っ込めてしまった。

 いや、その痛みの為に引っ込めたのではない、どこを触っていたのかを想像してしまったからだ。女の子の大事なところを。


「わわっ! ご、ごめん!!」

「この助平! 本当に信じらんない! 大事なところを触るだけじゃなく唇まで奪うなんて!」

「え? ええっ!? 唇!?」


 思わず口に手を当ててその感触を思い出すトゥルース。

 確かに柔らかいところに当たっていた、それに……何だか仄かに口の中が甘く感じるような?見ず知らずの、それこそ姿も歳も分からない女の人と口付けをしてしまった事に、頭が追い付かない。

 こういう場合はどう責任をつければ?と要らぬ事をトゥルースが考えている内に、フッと目の前にあった発熱体が無くなり空気が掻き乱されて屋内の影にあった冷えた空気が流れ込んできて汗を掻いていたトゥルースの体をやんわりと冷やす。

 日の当たる部屋(そこ)はまだ晩夏という事もあって暑いが、日陰の部屋の空気はそこまでは暑くはない。その空気が流れ込んできたという事は……


「あっ! に、逃げられた!」


 再度つい先程まで見えない何かがいたそこを抱えるように腕を回すが、当然のように熱源のない空中をスカッと空振った。周囲を見渡すが、見えない何かの姿を見付ける事は出来ず……


「みゃっ!」

「ミーア!」


 ミーアがその行き先を示す。それは玄関の方へと向かうのだが……


「な、何これ! あ、開かない!」


 ガタガタと玄関の扉が揺れるが、先程トゥルースが中に入った後、持ち込んだ棒でつっかえにして開かなくしてあるのだ。よく見れば棒が引っ掛かっているのが分かるのだろうが、焦っている時にそれに気付く筈もなく。


「い、いやぁ!! 来ないで!」

「待て! もう逃げられないぞ!観念しろ!」


 見えない筈の自分が何故か追い詰められている事に動揺しているのが分かるが、視線が合っていない事までは気付いていないようだ。

 トゥルースもミーアが睨む先にいるだろうと当たりを付けて睨むのだが、それが壁際なのかどうかまでの距離感が分からない為、不用意には近付けない。あまり近付き過ぎて目潰しにでも遭ったら一大事だ。

 それに相手は女性。犯罪者とはいえ、触っちゃいけないところがどこなのかも分からないので、おいそれと掴み掛るのも憚れる。先程の艶かしい感触が甦ってくるのを頭を振って霧散させるトゥルース。


 しかしそれがいけなかったのだろう、何やら動く気配を感じた。空かさずミーアが一鳴きして家の奥へと駆け出した。どうやら裏手へと逃げようとしているみたいだ。しかし……


「ミアスキアさん! 裏に逃げようとしてる!!」

「っ!!」


 またもや裏手の窓がガタガタと揺れるが、何かに当たって開かない。外からミアスキアがつっかえ棒で開かないようにしていたのだ。

 開かないと分かると更に奥へと逃げ込み、同じように窓を開けようとする見えない何か。当然の様に開かず更に奥へと進んでいるようで、ミーアが尻尾を膨らませてそれを追う。トゥルースもそれを追っていくが、どうしても後手に回ってしまう。姿が見えない事に苛立ちを覚えるトゥルース。せめて衣類を身に纏っていてくれれば、と。

 衣類? そうだ、と部屋の中を見渡すのと窓が開くのは同時だった。完全に閉じ込められたと思っていた見えない何か(女性)(ぬか)喜びするのは一瞬だけだった。開いた窓の外にはもう一人の男が待ち構えていたのだから。


 二人の作戦はこうだった。出入りできる扉や窓につっかえ棒をして逃げ道を塞いだ上で、一ヵ所だけ開くようにして出てきた所を捕まえる。どこから出てくるのかが分かれば、たとえ姿が見えなくとも何とかなるだろうと。

 当然、屋内で捕まえる事が出来れば御の字であるが、そう簡単ではないであろうと立てた作戦だった。

 そして中にトゥルースとミーア、外にミアスキアが就いたのは、トゥルースでは見えない何かを追うのは人を追う事に慣れていない分、荷が重いという判断からだ。ならば外はミアスキアが担当し、中は見えない何かを察知出来ていたミーアとトゥルースを組ませて対処する形を採ったのだった。


 窓の外にミアスキアの姿を捉えた見えない何かは、そのまま飛び出すのは危険と判断したようで屋内にパタパタと足音が戻っていく。対してトゥルースもその部屋から南部屋に戻り、散撒きになっていた衣類を手に取ると、ミーアの走っていく姿を捉えてもう一つの南部屋へと急ぐ。

 そこでは更に窓がガタガタと揺れていた。北部屋からの脱出を諦めて南部屋から脱出しようとしているようだが、同じように窓は外から開かないように棒でつっかえているので普通には開かないだろう。

 トゥルースはミーアの視線の先に手にした衣類を放り投げた。すると、空中にその衣類の何枚かが引っ掛かるように浮いた。相手の姿が見えないのなら見えるようにすれば良い。

 それを目掛けて掴み掛かるトゥルースだったが、黙って捕まる相手でもない。素早く引っ掛かった衣類を掴んで投げ付けてくるのを払いながら突っ込んでいくが、再びトゥルースの腕が空を切る。既にそこに見えない何かはいなかった。


「くっ! 何処だ?」

「みゃ!」


 ミーアが部屋の入口で跳び跳ねた。踏まれないように逃げたようだ。という事は……


「今度はどの部屋に!?」


 見えない何かとの難度の高い鬼ごっこは続くのだった。





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