√トゥルース -059 空き家に潜入
「……あの廃屋、なのか?」
屋敷から一時、町の外れの畑が広がる地区で、身を低くしたトゥルースがポツンと建っている人の住んでいなさそうな建物に視線を凝らすと、白猫がみゃっと短い声で返答するように鳴いた。
「成る程、この辺りは民家がポツリポツリと点在するような地域だから、何かあっても気付き難い。潜伏するにはうってつけだろうな」
「……結局付いて来たんだ」
口にしようとした言葉を言われたトゥルースが、目を細めて後ろの男に声を掛ける。
「当たり前だろ? それがおれの仕事だからな。それにお前一人じゃ心配だ、助けが必要だろ」
「よく言うよ。まあ、何かあった時は頼むけど、相手は姿が見えないんだから無理はするなよ?」
最悪、逃げ出す事を考えておけと付け加えたのはラッジールだ。屋敷を出た後の丸出しだった助兵衛心は鳴りを潜め、今は目の前の見えない敵に集中しているようだが、トゥルースに注意を促す余裕を見せているところは場馴れしている様子が窺えた。
慎重に建物に近付いていく二人。ここで見付かっては相手を逃してしまうからだが、そもそもその相手がいるとは限らない。昨日は昼前後の時間にリムの持っていた石の入った袋を盗られた。その時間帯にまではまだ余裕があるが、その時間まで空き家にいるとは限らないのだ。
二人が慎重に近付く一方、スタスタと何食わぬ顔で近付くのはミーアだ。その身が小さく何処にでもいそうな猫の姿だという事もあり、警戒して近付く方が却って怪しまれるからであるが、その勢いは二人の顔を驚愕に変えさせるのに充分だった。壁の隙間からひょいと入っていってしまったのだ。
言葉を発する事なく顔を見合わせるトゥルースとミアスキア。だが、それを真似て事を急ぐような二人ではない。窓から見えない角度からそっと近付くと、壁に張り付き中を覗き見ようとした。
が、それと同時に中に入っていったミーアが壁の隙間から慌てて出てきた、尻尾をボンボンに膨らませて。それが意味するものとは……
「ミーア、もしかして……何かが中にいたのか?」
「みゃ!」
空き家の中を見て一鳴きするミーアに、二人は再び顔を見合わせた。
いる。見えない何かが。
であれば、何とかしてそいつを捕まえたいところだ。今のまま放置すればこれまで以上に被害が出る事となるだろうから、野放しには出来ない。
「お前は猫と一緒に正面から。おれは裏に回る」
「おい、何を勝手に決めてるんだよ」
「いや何、相手は幽霊なんかじゃないんだろ? なら壁をすり抜けたりはしない筈だ。扉なり窓なりから出ていくんだから開いた時にそこにいるって事だ。その方が捕まえ易い。で、お前が裏に回ったところで、巧く隠れていられるか? そこはおれの方が得意だからだ」
ドヤ顔でそう言い切るミアスキアにイラッとするトゥルース。
しかし言われた事には一理ある。素人の自分では隠れているつもりでもモロバレである可能性が高い。そうすると裏に逃げていく可能性が一気に低くなり、待機する意味がぐっと減る。本来、人のいる確率の高い表の方に逃げる可能性は低いのに、裏に人がいるのがバレては本末転倒だ。やはり逃げる方向に人を置くのがセオリーだ。
「二人で一気に踏み込むのは?」
「無しだな。そもそも相手の姿が見えないのが不安定要素として大きい。逃げられるのを前提で考えた方が確実だ」
「じゃああんたが踏み込む役ってのは?」
「流石におれでも姿の見えない相手がそうっと動くのまでは察知できないからな。そこはその猫が頼りだ」
「みゃっ!」
察知能力の低いトゥルースが捕縛能力のないミーアと組むのも理には適っている。ミーアが見付けて追い、トゥルースが対処する。人数が限られている今、その両方を兼ね備えたミアスキアがミーアやトゥルースと組んでも意味がないのだ。
軽く打ち合わせをしてそれぞれ配置に着く二人。幸いにもその空き家の周囲には色々と利用できそうな物が散乱していたので、良さそうな幾つかを手に取り行動を開始する。積み上げられていた木の棒の何本かを窓の桟に音を立てないようそっと置いていき、それが終わればいよいよ踏み込む予定の玄関の脇に忍んだ。
「ふぅ。準備は万端だ。棒の長さも問題ない筈。あいつの方ももう終わっているだろう。あとは相手がどの辺りにいるか、だ。まさか入って直ぐじゃないよな?」
「みゃ!」
トゥルースの呟きに、ミーアが振り向いて短く一鳴きする。
息を顰めて人の気配がないかを探ってみるが、少なくとも玄関を開けて直ぐに出会い頭って事は無さそうだ。
大きく深呼吸をしたトゥルースは意を決して玄関の扉に手を掛ける。鍵は掛けられておらず、すっと開く事が出来たが、勿論勢いよくではなく音を立てない様に、だ。泥棒に入る訳ではないのだが、何だかいけない事をしている気分になるのを軽く首を振って霧散させ中に入ると、そっと扉を閉め手に持っていた棒を玄関の桟にそっと置いた。
改めて空き家の中を見ると、人がいない筈にも関わらず中はそれほど埃っぽくはない。勿論あちこちに埃が溜まっているようだが、人の通るところに埃が溜まっていない所を見ると人が出入りしているのが分かる。
「……いるな」
その埃は小型の獣等が通った跡ではなくそれなりに大きい物の跡だった。そしてそう結論付けるもうひとつの理由が。
そっと土間を抜けて奥の二つある部屋の内の手前の部屋の中を覗き見る。
「……わ。マジでいたんだ。あれ、何してんだろ」
先程からガサゴソと物音がしていたのだ。その音のする部屋をトゥルースが覗き見ると、チェストの引き出しが勝手に動いて中に入っていた衣類が宙に浮き床へと移動していた。それはそれは引き出しからすっ飛ぶ風ではなく、人がテキパキと移動させているかのように。
明らかに人の動きだった。人以外の動物であればもっと荒々しく放り出すのが普通で、あんな風に丁寧に床に衣類を置くような事はしないだろう。
その見えない何かは引き出しの中の物を全て出すと、出した物を一枚一枚手に取ってなのか別の場所に積み直した後、その山にした衣類を引き出しに戻す。そして次の引き出しを開けて同じように中の物を出すのを繰り返していた。
……何かを、探している?
その様子を見ていてそう感じたトゥルースだったが、何を探しているのかまでは分からない。
部屋の中を見渡すと外のような乱雑さはなく、綺麗に整頓されていた。脇には寝具が丁寧に畳んで積み上げられ、壁にはフード付のロングコートが掛けられているところを見ると、元々は几帳面な性格なのだろうと推測出来た。
それにしても何か違和感が……とトゥルースは首を捻った。
姿が見えないのに、何故あんなに衣類があるのだろうか。まだ晩夏なのに何故寒い時に着るロングコートが掛かっているのだろうか。他の衣類は丁寧に仕舞っているのに、だ。
それに、この家屋を使い慣れているように感じる。ここは本当に空き家なのか?と。
だが今はそんな事を考えている場合ではない。見えない何かが確実に(・)そこにいるのだ、リムから石を奪いトゥルースからも石か財布を奪おうとした何かが。
このチャンスを逃す手はない。今、見えない何かは何かを探す為にチェストの方を、そう、後ろを向いている筈だ。
最大のチャンスは出した衣類を元に戻すタイミング。完全に後ろを向く上に衣類の山を抱えているので、気付かれたとしても直ぐには反撃は出来ないだろうから。
その為には少し距離はあるが、チャンスには変わりない。それにチェストは今、最後である一番上の段を漁っているので最後のチャンスだとも言える。次に何処へ行くのか、何処にいるのかが分からないのだから。
その時を息をのんで待つトゥルース。が、ふと昨夜のミーアの言葉を思い出す。寝具に潜って姿を現したミーアは、リムが奪われた石を取り戻して隠したと言っていた。もしかしたら、それを自分が無くしたと思って探しているのではないか?
もしそうならご愁傷さま。何処を探しても出てこないだろう。てか、ミーアは何処に隠したのやら。先に回収すれば良かったか?と思ったが、何かのはずみで再度盗られるのは勘弁して欲しいから、後で回収すれば良いかと思い直している内に最大のチャンスが来ていた。
しまった、出遅れた!
そう思ったのと、体が動くのは同時だった。