√トゥルース -058 ドvsムッツリ
「あ~、やっぱ混ざりたかったな~。今から戻ろうかな~」
白猫の後ろを追うトゥルースの更に後ろを付いていくミアスキアが、ここにいる後ろ髪を引かれるように通って来た道を振り返りながら聞こえるように口にする。
「……混ざるって、ミック様の稽古に?」
「何言ってんだよ。女たちの中にに決まってんだろ? 何が悲しくて汗水垂らさなきゃならないんだよ!」
当然のように答えるミアスキアを白い目で見返すが、深い溜め息を吐いて視線をミーアに戻して足を進めるトゥルース。
「昨日の夜も、風呂を覗こうとして止められたって聞いたんだけど? それにミック様に釘を刺されて来たじゃないか。今度は本当に放り出されるかも知れないだろ? もう止めておけよ」
「いや、そこはさ。バレないようにすれば良いんだって。バレなきゃさ」
すると、足を止めて振り向くトゥルース。眉間には皺が寄っていた。
「あのさ。人の嫌がる事をして何が良いのさ! 嫌われたら近付くのも難しくなるんだぞ? あんたは女性に嫌われたいのか?」
「んなん、好かれたいに決まってるじゃん。でもお前だって見たいだろ? 女の裸とかさ」
もう見ちゃったよ!とかは間違っても口に出来ないトゥルースは、眉間の皺を更に深くする。
「あのさ。あんた、"そんな事ばかりしてたら"本当に女の子たちから見向きされなくなっちゃうぞ? そればかりか"ミック様に捨てられる"んだぞ? そんな事になっても知らないからな!」
「何だよ。何をそんなに怒っているんだよ。んな減る物でもないだろ。ったく、堅い奴だな。……あ、そうか。お前、自分の女たちを他人に見られるのが嫌なのか」
「べ、別にそういう訳じゃ!」
「んじゃ何でそんなにムキになるんだよ」
「そ、それは……」
言葉に困るトゥルース。確かにどうして腹が立つのか分からない。
ミアスキアの言うように、自分の女だからなのか……いや、そもそも旅の仲間なだけであってまだ生涯を添い遂げる約束をした訳ではない……と否定するも、じゃあ何だ?と。
ハッキリ言って、昨日初めて会った姫様の裸は興味がある。だって男の子なんだもん。健康な男子、異性に興味が出て何がおかしい。それも、身分が全く違う雲上人の、それも同年代の。果たして男の自分と、はたまた自分と旅を共にする一般人(?)である仲間たちと比べて何がどう違うのだろうか、と。
さぞかし美しいに違いない。服を着てあれだけの美貌なのだから、と。
しかしそれとは別に、シャイニーやティナを他の男に嫌らしい目で見られるのは、どうしても嫌であった。確かに自分は事故で二人の裸を目にしてしまった事がある。しかしそれは不可抗力で、わざとではない。
対してミアスキアは、わざと見に行こうとする。それがどうしても許せない。
そうだ、悪い事をしようとしているのを許せないんだ。主に止められているにもかかわらず、明らかに相手が嫌がる事を好んでしようとするのが許せないんだ。
そう結論付けたトゥルースはミアスキアの質問には答えずに続ける事にした。
「と、兎に角! そういう迷惑な事は止めろよ!」
「何を良い子ちゃんぶっているんだよ。お前だって興味津々な癖に。何ったって童貞だし」
決め付けるようなミアスキアの言い様に、律儀にもトゥルースは声を荒げる。流してしまえば良いのに。
「ど、童貞は今、関係ないだろ!? そういうあんただって童貞じゃないのか?」
「んぐ。おれの事はどうだって良いだろ。兎に角、女の裸は男の浪漫だ。分かるだろ、同じ男なら」
「いや、そんな事を言われても……嫌がられると分かってて見たいとは思わないな。そもそも王女様の裸なんて見たら不敬罪で首がすっ飛びそうだし。命懸けなんて俺は絶対嫌だな」
そう言い切るトゥルースの張り合いの無さに、お前本当に男か?と首を傾げるミアスキアだが、逆に何故そこまでして見ようとするのか分からない。盛りの付いた猿でもあるまいし……と思うが、今のミアスキアはそれ以上なんじゃないかと大きな溜め息を吐いた。
「そんなの気にしてたら女の裸なんて……って、なんかお前はもう見てそうだな」
「んが。そ、そ、そ、そんな事はないぞ? それに自分から覗きに行くような事はした事ないからな! あんたと一緒にしないでくれよ!」
「……見たんだ。羨ましい奴め。で、どうだったんだ? このムッツリ助兵衛」
ムッツリと言われてムッとするあたり的外れでもなさそうであるが、ハッキリ言ってそれは喧嘩を売っているようなものだ。言われたトゥルースの目が吊り上る。
そもそも、童貞という言葉は同衾(ひとつの寝具に一緒に寝る事)と共に今まで殆ど耳にしなかった言葉でその意味もぼんやりとしか分かっておらず、何か恥ずかしい言葉という認識だったのに対し、ムッツリという言葉は故郷の村で子供同士が相手を馬鹿にするのに用いていた言葉でもあった。そんな言葉を村ではずっと我慢して無視していた事もあり、人の忠告を聞こうともしないばかりか同行する女たちを覗き見しようとする相手にいい加減頭に来て過剰反応を示す事となった。
「俺はムッツリなんかじゃないし、あんたみたいな助兵衛でもない! あんたなんかと一緒にすんな! それに今のあんたは"ただの助兵衛なんかじゃない、ドの付く糞助兵衛"だ。もう、"病的な助兵衛"と言って良い。そんなに女の裸が見たけりゃ金を払って風俗に行けば良いだろ! そんな度胸もない癖に人の嫌がる事ばかりしようとするなんて、完全に犯罪者だからな! そんな犯罪者をミック様がいつまでも傍にいさせてくれる筈ないだろ。よく考えろ、今はあんたが心を入れ替えてくれるとミック様が信じていてくれてるって事を。そんなミック様の心遣いをあんたは踏み躙っているんだぞ!」
その迫力にミアスキアがたじろいだが、トゥルースの勢いは止まらない。
村では皆に嫌われていた事もあり、言い返せば碌な目に遭わないのが分かっていたので我慢して言い返さなかったのだが、ここは村ではないし屋敷には一時的に世話になっているだけなので、我慢する必要がない。敢えて言えば、相手はミックティルクの部下という立場なので、下手をすれば王族を相手に喧嘩を売る形になるのだが、そもそもミアスキアはミックティルクから苦言を呈されているから、言うべき文句は言っても問題ないと結論付けた上での発憤だ。
いや、そういう事も頭の隅で考えたのだが、実際は頭に血が上ってしまって退くに退けなくなり次から次へと口から出てきてしまうのだった。
「そもそも何で俺まで巻き込もうとするんだ! 他にもあんたの周りには仲間がいるだろ。ラッジールさんとかオレチオさんとか……ああ、みんな覗きなんてしなさそうだもんな。それこそ一緒に覗きをしようなんて声を掛ければ仲間外れにされそうだもんな。それが怖くて仲間には声を掛けないんだ。そりゃ怖いよな、"仲間に見捨てられる"のは。で、俺なら嫌われようが良いってか? クソ迷惑だ! そんな事すれば俺がシャイニーやニナに嫌われてしまうじゃないか。もしそうなったら、あんたはどう責任を取るつもりなんだ。俺は頼ってくるあの二人、いやフェマを含めて三人を守っていくと決めたんだ、嫌われたら誰があの三人を守っていくっていうんだ! それもミック様頼りか? そうなったらミック様はあんたを"身限る"だろうな。そうなりたいが為に行動しているのなら周りを巻き込むな! ミック様に迷惑を掛ける前に辞職を申し出ろってんだ!」
一気に捲し立てるトゥルース。
往来での言い争いに、行き交う人が何事かと足を止めて見ていた上、近くの民家から子供が口を開けて見ていたが、そんな周りに気を掛ける余裕なく息を荒げてミアスキアを睨むトゥルース。
しかし対するミアスキアは逆に静けさを保っていた。
頭に血が上った者同士だと収集が付かなくなる事もあるが、相手が怒り狂うのを見て逆に冷静になる場合がある。今のミアスキアがそうだった。
あれ?何でこいつはこんなにも怒っているんだろう。ああ、おれのせいで怒っているのか。それだけじゃないような気もするけど概ねおれが悪いんだな。じょあどうすればこの場を治める事が出来るんだろうか、と。
ただ、ミアスキアの場合はそれだけでもないようだったのだが、本人もトゥルースもそれには全く気付かなかった。
「……もう良い。勝手に覗きに行くなりしてくれ。俺はミーアと見えない何かを探しに行くから。何か言われても俺は知らぬ存ぜぬと答えておく。じゃあな」
クルっと向きを変えてずっと先で足を止めてこちらを見ていたミーアに駆け足でその場を後にするトゥルース。
その後ろ姿を見て顔を顰め下を向いたミアスキアは、頭をブンブンと振った後に頭を掻くと大きな溜め息を吐いた。
「あ゛あ゛っ! もう! おれは何をしているんだ! おれは主殿の影。それ以上でもそれ以下でもないだろ。何であんな馬鹿な事ばかり考えていたんだ。あいつの言う通りじゃないか。そもそも覗きだなんて、いつまで餓鬼みたいな事をしようとしているんだよ!」
そう自分に言い聞かせるように口にしたミアスキアは、パンパンと頬が真っ赤になるくらい強く自分の顔を叩くと、一定の距離を置いてトゥルースたちの後ろを追っていくのだった。