√トゥルース -058 桃色空間 -2
「それにしても、このままだと購入した生地だけじゃ足りないわよね。特に赤と黒が」
ラナンが暴走して大量購入したものの、当初はカーラとラナンだけのつもりで買い込んだ布地が、蓋を開けてみればファーラエやリム、シャイニーにティナ、更にファーラエお付きの侍女三人に護衛の三人まで加われば圧倒的に材料が足りなくなるのは目に見えている。それでもファーラエが平気そうな顔をしているのは……
「大丈夫よ。お兄様に生地の追加をお願いしてあるから♪」
それだけでなく、必要な糸や装飾用のレース、縫製用の針等も追加で手配されていた。生地の追加を聞いたミックティルクが気を利かせて大量注文したのだ。口にせずとも気が利くところが女性キラーな第三王子の厭らしいところだ。
「あの。今の形だけで良いですか? 他にお胸を包む布地をもっと増やしたり、見えるように減らしたりも出来るんですけど……」
「ええっ!? 何それどういう事!?」
標準的な四分の三カップで作られた仮縫いである胸当てをしたファーラエが、口にしたシャイニーに迫る。いや、浮いたところをマチ針で仮止めしただけの状態で動いたら危ないのだが。それ以上に姫様らしからぬ口調のファーラエに、たじたじになりながらも危ないと指摘するシャイニーだった。
「完全に覆えば、お胸の形がもっと整えられます。お胸の大きい人にお勧めです。わざと胸元を見せたい人には布を少なくする方々がありますけど、その分は形が崩れますし、あまり動くとお胸がずれちゃいます。でも、ウチのように小さい人は無理をせずゆったりと全体を覆っておいた方が良いかな?」
「そう、なのね。魅せるなら魅せる為の胸当てを、って事……」
それを聞いたファーラエは、シャイニーと相談しながらフルカップ、四分の三カップ、ハーフカップ、それに肩紐無しの四種類を作って貰う事に。
王族のファーラエは夜会等頻繁にドレスを着る機会がある為、肩紐無しのタイプも少量ながら作る事になったのだ。勿論、胸元の見えないドレスにはフルカップをお勧めしておく事は忘れない。
「……胸当ても奥が深いのね。知ってた? アバンダ」
「いいえ、全く存じ上げませんでした、ファーラエ様」
わだすも、自分も、とアベリアやアマリリスも相槌を打つが、ここにいる誰もが相槌を打つのだった。
その後、ファーラエの分の仮縫いまで進んだところで、カーラ、ラナンの順に型紙を起こしていく。本縫いは侍女たちの仕事だ。取り合えずの試作なので、装飾は後回しであった。
「う~ん、やっぱり言う通り布の量でお胸の形が変わってくるのね。肩紐がないと思った以上に大きく見えないみたいだし~」
フルカップの次に肩紐無しを着けて具合を確認するラナンが口を尖らせ呟くが、それでも今までと比べたら大きな違いがあった。
しかし一度良い物を経験すると、元に戻れなくなるのは人間の性である。
特に重力に対抗出来ない程の大きさを誇るラナンの胸では、肩紐は命綱とも言えよう。先程試着したフルカップブラでは、そこにいた全ての者の目を釘付けにした程だ。一人で寄せて上げる方法を手解きしたシャイニーの目から生気が抜けて見えたのは気のせいだと信じたい。加えて言えば、ラナンの胸当ては最初に作った物が小さくて食い込んだので作り直した程だ。見た目以上にボリュームがあるらしい。
「でも、これなら後ろで留めなくても、前のここで留めるようにすれば良くない?」
「ええと……前で留める方法もあるんですけど、前だと胸当ての形を保持できなくてお胸の形が崩れちゃうんです。」
それを聞いて、少し面倒だけど勿体ないと疑う事なく納得する皆だった。
「姫様、そろそろお昼ですが、どうされますか?」
呼びに来た屋敷の女中からの報告を受けたアバンダが部屋の扉を半開きにして問い掛ける。いくら同性だからと言っても、屋敷の女中に王女の肌を見せる訳にはいかない。
扉の外の廊下では護衛のイキシアと隊員のフレサスが、窓の外では同じく隊員のイベリスが覗こうとする者がいないか見張っていた。それは当然、屋敷警護の兵でさえ近付けさせないという徹底振りだ。
「そうね……食堂に行くにも着替えをしなくちゃいけないから、ここで簡単に済ませられる物を持って来てもらうようにしましょう。みなさんもそれで良いかしら」
半裸なファーラエの提案に、確かに服を着て食べに行ってまた服を脱ぐのは大変だと思った皆は、その意見に賛同した。勿論、部屋の外で警護している護衛の三人にも同じ物をと付け加えて。
三人という少ない人数で警護しているので、結構大変な仕事であるファーラエお付きの護衛。ファーラエはそんな三人をいつも気遣っている。今日も一人は休憩して貰って夜に備えて欲しいと申し出たのだが、三人ともファーラエたちが全裸になると聞いて厳戒態勢を取ると聞かなかったのだ。それこそファーラエが気に掛けなければ昼食も抜きにして警護する勢いで。
それもあって、部屋にいる者たちの下着の目途が付いたらご褒美に護衛三人の下着も作る事になったのだが、これにはシャイニーたちも賛同した。他人に覗かれる心配をせずに作業に没頭できる環境を提供してくれる三人には感謝の言葉しか出ないのだから。
昼食は手で摘まめる焙菱に、野菜や卵、肉を挟んだ、肉野菜挟み焙菱と胡椒の効いた野菜スープや紅茶が用意された。
酪農が盛んな地域が近くにある事もあって、鶏肉を中心に燻肉や乳酪、卵に黄金林檎など女性が好む軽い物が中心に、彩り良く並んでいた。中には変わり種で、甘い凝乳を挟んだクリームパンも。これは皆に大好評だったが、リムから以外な疑問が飛び出した。
「この凝乳には蒸留酒は入ってないのね。あたしの知る凝乳には必ず入っているんだけど……」
「あら。そうなの? ファーラエはお酒入りはあまり知らないわね」
「あ、それならわたし知ってる。お酒は日保ちさせるのに入れるんだって。小さい頃に甘くて美味しいからって沢山食べちゃって酔っちゃった事が……」
カーラが失敗談を交えながら披露すると、それにティナが追随する。
「王国ではこうして挟むんじゃなくて、丸い焙菱の中に凝乳が元から入れられてたわ」
「わわ~、それも美味しそう! あたしの故郷には潰した馬鈴薯に胡椒や塩をまぶして挟んで、更に焼いていたわよ~」
「焼くと言えば、焙菱で挟まずに乳絡を乗せて焼くのも有りよね」
「あんれま。そんれは美味そうだなや」
「う、う、うちのお婆ちゃんったら、熟れてドロリとした柿を薄切りにして野菜と一緒に挟んで食べてたんですけどぉ、美味しいのかなって試したら……二度とやりませんですぅ!」
「アベリア、アマリリス。貴女たちは……」
アバンダがお仕えする主たちの会話に入り込んだ二人に苦言を呈するが、それは仕方ないくらいに楽しい会話だった。
サンドイッチは帝国だけでなくパンのある国ならば定番料理と言え、中に挟む物でその国の特徴が出るものだ。それは同じ国の中でも地方により、更に言えば家庭によって違いが出る。それを披露しあうのは誰もが楽しめるのだから。
「それにね~。お酒は一昨日の夜の事もあるから、暫くは料理には使われないんじゃないかしら~」
約半数の人間が、ラナンの言葉を聞いてある一人を見やり納得する。その意味が分からないのは、昨日着いたばかりのファーラエたちと……
「ふぁっ!?」
一昨夜酔って乱心してしまったシャイニー本人だった。