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√トゥルース -056 男の世界



「ぐふっ! こ、このぉ!」


 王族所有の別荘である湖畔の屋敷前の砂浜でラッジールが宙を舞った。既に何度舞ったのか数えるのを止めたミックティルクは深く溜め息を吐く。


「なあ、ラッジール。お前に向上心は無いのか? どう見ても、がむしゃらに突っ込んでいっているようにしか見えないんだがな。そんなのは稽古でも何でもなくて、ただ筋肉を虐めているだけだぞ?」


 いや、そんな事はないと言うラッジールだが、何の工夫もせずに突っ込んでいっているのは明らかだった。


「今のお前ではアディックの稽古にならん。一旦引っ込んでいろ」


 そう言うと、軽く手足を解すミックティルク。どうやら王子様自ら相手をするつもりらしいが、兵士の中でも上位とまではいかなくてもそこそこ腕の立つ筈のラッジールが、二日続けてこうもポンポンと投げられていては、力で周辺国を従えている帝国の兵が名折れである。


皇太子(ミックティルク)殿がお強い事は昨夜の稽古を見ていて分かっている。又とない機会なので、全力でやらさせて頂こう」

「ああ、望むところだ。ラッジール、よく見ておけ」


 構えを取るアディックに対して、半身になって立つミックティルク。とても自然な立ち姿であり、構えているようには見えない。

 しかし、アディックは攻めあぐんでいた。突っ立っているようにしか見えないミックティルクに、どう攻めて良いのか分からないのだ。

 だが、意を決して突っ掛かったアディックの体は、そのままコロンと半円を書いたように砂浜に転がった。え?と頭上に見えるミックティルクの顔を見上げる。

 いきなり殴り掛かるのも芸が無いからと、長いリーチを活かして衿を掴んで体勢を崩そうとしたのだが、その出した腕を引っ張られたと思ったらいつの間にかそのまま転げていたのだ。よくよく思い出すと何かが足に引っ掛かったような気がする。


「足を、引っ掛けられた……か。気を付けていても防ぎきれないものだな」

「ほう、今の一度でそれが分かったか。それだけでも大したものだ。が、さてその対処法は?」


 それまでのラッジール戦では息を吐く暇もなくラッジールが突っ掛ってきていたが、こうして手を止めて自分の何がいけなかったかを検証する事を、ミックティルクは好感を持って質問で返した。


「……逆に引っ張り込む?」

「それが可能であれば、だな。今のはそれで対処できたか?」

「……いや、一応想定していても投げられたのだから、それは無理だな。ではどうすれば……」

「それは人それぞれだ。出来ること出来ない事があるからな。だがその端緒を示すのであれば、されない事とされた後の事を考えるのだな」


 考え込むアディックだが、長考に付き合う気のないミックティルクはヒントを与える事にした。するとアディックは少しだけ考え込むと、自分なりの答えを口に出していく。


「されない事と、された後の事……無暗に手を出さぬか、投げられた後でも諦めず反撃に出る、というところか」

「ふむ、まあ及第点というところか。あとは場数だな。どうだ、続けるか?」

「ああ、頼む」


 勝算がないのに手を出せば返り討ちに合う。そして意に反して反撃を受けたのであれば、その後のリカバリー次第で不利な立場から逆転を狙える。


 実際、体育の授業で柔道部員に背負い投げされた作者(素人)がその直後に一緒に転がってきたその柔道部員に袈裟固めを決めた事がある。不幸にも甘い判定の審判(同級生)から背負い一本を言い渡されてしまった為に幻の下克上となってしまったが、審判が違えばもしかしたら……一本負けですわな、綺麗に宙を舞ったんで。だけど、それがスポーツでなければ(・・・・)その後も戦いは続いていた筈で。


 そう、襲われた場合は投げられた後も行儀良く手を止めて貰えるなんて事はないので、その後の事を考えておくのは必然である。

 アディックは性懲りもなく同じように手を伸ばして同じように投げられかけるものの、見ていたラッジールがそれ見た事かと笑う前に掴まれた腕を掴み返して引き、自らの体勢を崩しながらもミックティルクの体勢をも崩す事に成功。が、ミックティルクは反対の手を突いて掴まれた方の手を切り、ヒラリと躱した。


「うむ。悪くはなかったが、その後にどう繋げるかが課題だな。だが私に手を突かせたのはここ最近ではトゥルースに続いてお前で二人目だ。誇ると良い」


 勿論、自分の師匠は除いてだがなと断りを入れるが、実際のところは投げられる(・・・・・)稽古以外ではその師匠となる帝国軍トップの現将軍にもまともには投げられた事がここ最近ではほぼなくなっていたミックティルク。帝国軍の中でもトップスリーに数えられており、それは剣を持たせても同じであった。更に言えば内政にも明るく、一年間行われた試政では次々に改善案や新政策を打ち出して見せた。ぶっちゃけスーパー超人であった。


 体術が得意な者の中には剣も達者な者はチラホラといたが、そのほぼ全ての者が内政には疎い、所謂脳筋であった。中には頭の切れる者もいたにはいたが、それは戦略に特化したものだった。歴代将軍がそうだ。

 しかしミックティルクは戦略のシミュレーション会議で、その戦略に政治的手法を組み込んで相手の闘争心を削ぎ、開戦する意思すら起こさせないような案を出して見せ、武人たちを唸らせた。戦争になれば少なからず損失が出る。それは資金であったり物資であったり、人の命であったり。

 中にはその代わり相手国に補償させれば良いと言う者もいたが、自分の家族身内がその犠牲になってもそう言えるのか?と問い詰められて唸る事となった。血の気の多い者の中には自分や身内には関係の無い話だと言い張る者も少なくはなかったが、ミックティルクの話術によってそれを想像せざるを得なくなり、顔色を蒼くするのだった。

 この事はトゥルースたちにとっては全く関係のない話に思うだろうが、後々巻き込まれる事件でその片鱗を見る事になる。



 その後に何パターンかを試すも、その都度砂浜に転がるアディック。しかし何度かはミックティルクの体勢を崩す事が出来たアディックは優秀な方だと言えよう。当のアディックはミックティルクを一度も投げられず全く実感は出来なかったが。


「さて。ラッジール、もう一度アディックとやってみようか。そろそろお前の足りないものが分かっただろう」


 軽く休憩を挟んで再びラッジールと対戦するアディックだったが、先程と同じく投げ飛ばすのはアディックだ。ミックティルク相手には一方的に投げられていたアディックだったが、ラッジール相手なら全く後れはとらなかった。

 しかし、先程とは違うのは投げられたラッジールが一々と考え込む姿を見せた事だろう。そして闇雲に突っ込んでいたスタイルは成りを潜めて攻撃に工夫を見せるようになった。それを見て、何だ出来るじゃないかと溜め息を吐くミックティルク。

 勿論、アディックも同じように考えながら対応するので、その差は容易には詰まらなかった。


「ほら、どうしたラッジール。軍人でもない素人を打ち負かしたからと慢心していては向上しないぞ。お前にはまだまだ伸びて貰わねば困るからな」


 その後、休憩を挟みながら三人で交替しながら訓練を続けて、途中からは武器を持った相手を想定して素手と武器を持っての対応方法について学ぶアディック。流石に武器を持った稽古では、普段は剣を装備しているラッジールに分がありアディックを圧倒したが、当然のようにミックティルクにはボコられていた。




 そして昼食の時間。

 汗ひとつ掻かずに涼しい顔のミックティルクと、手拭いで軽く汗を拭く爽やかな顔をしたアディック。その後ろから砂まみれ汗まみれの疲れ果てた顔のラッジールが。


「……全く以って。外で砂を落としてくるんだ、ラッジール。折角掃除されているのに台無しになります」

「ラッジール、砂を払ったら風呂で水を浴びてきなさい。その格好でファーラエ様のみえる屋敷内を歩く事は許しませんよ」


 オレチオとレイビドからお小言を貰うラッジール。散々である。

 結局ラッジールとアディックの剣技の差が大きい上に手加減が出来ないラッジールではお互いに稽古にならないと判断されそれぞれがミックティルク相手に稽古をしたのだが、ラッジールのそれは普段の稽古よりも激しいものとなった。



「ところでファー(ファーラエ)たちは?」

「はい、ミック様。ファーラエ様たちは、暫くの間は手が離せられないそうで、離れの方で簡易食をお食べになられております」


 いつものようにレイビドが(ミックティルク)の後ろから昼食の料理を並べつつ答える。


「なんだ、折角一緒に昼食を食べられるのに別々になるのか。仕方ないな」


 女性陣が全員離れの客室に籠ったのは知っていたが、何をするか等は聞いていなかったミックティルク。まあ、材料(布地)を一緒に買いに行っているので何をしているのかは手に取るように分かっていたので、改めて聞くような事はしない。

 仕方ないからと、手の空いていたレイビドやオレチオも席に着くよう促す。水浴びに行っているラッジールもだ。時々こうして自分直属の部下たちと交流を図る事をしていた。今回はまだ場に慣れていなさそうなアディックに早く慣れて貰うのも兼ねてだ。


「さて、女たちは離れに閉じこもっているし、トゥルースやミアスキアはまだ帰っては来ないだろうから、私たちにおあつらえ向きな仕事を熟すとしよう。アディックは酒は飲めるか?」

「え?ああ、嗜む程度には」

「では昼食後は利き酒に付き合って貰おう。この地方特産の酒が溜まってしまってな。余所者の意見も聞いておきたい。ファーたちがいるとこれが出来んからな」


 酒に弱い女性陣の前で利き酒をしては、いつか反感を買う事になるだろうから、男ばかりしかいない今こそ好機だと話を持ち掛けたようだ。が、一人だけを除いて。


「ラッジールはいつも通り警備に回れよ」

「ええっ! オレだけ仲間外れ!?」

「お前は酒を飲むと直ぐに寝てしまうだろう。役に立たんからな」


 水浴びから戻ってきたラッジールに、非情な主からの通告が。

 レイビドは酒に強い上に美味しい酒を良く知っており利き酒には欠かせない存在であり、オレチオは酒には弱いながらも利き酒で評価を下せるくらいには嗜む事が出来るので戦力として数えられていたのだ。

対してラッジールは、酒に弱い癖に調子に乗って許容量以上を飲んでしまい、直ぐに寝てしまう癖があった。今年の酒の出来栄えの評価をしなくてはいけないので、飲み潰れるラッジールはお呼びではないのだ。


「そんな~。 午前中の厳しい稽古に耐えたのにぃ~!!」


利き酒という仕事には向かないラッジールの午後からの仕事は、本来の屋敷の警備となるのだった。





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