√トゥルース -055 本日の予定は
「今日はリムが一日お姫様の世話になるそうだから、我は皇太子殿の稽古に付き合わせて貰えればと思うのだが……」
朝食時にリムの兄、アディックが切り出した。
昨夜のトゥルースとミックティルク、ラッジールの稽古(?)の様子を見て、自分もと名乗り出たのだ。確かに実戦的だったので、稽古としては魅力的に見えた事だろう。
「ふむ、良いだろう。人数が多い方が色々な経験を積む事が出来るだろうからな」
顔を顰めるラッジールに対してミックティルクがその申し出を快く受けるのだが、それに罰が悪そうに手を挙げるトゥルース。
「すみません、今日はこの後に出掛けるつもりなんですが……」
「ん? どうした。また買い物か? 必要な物があれば商会を呼んでやるぞ?」
「いや、そうじゃなくて……」
ミックティルクの提案に口籠るトゥルース。買い物でなければ何だ?と首を傾げるミックティルクに、トゥルースが言い難そうに答えた。
「昨日の、姿の見えない何かを追ってみようかと。ミーアがいればもしかしたら捕まえられるかもと思って」
「ん? 昨日のアレをか。まさか一人で行くつもりなのか?」
「いや、まあ……そうですね、無駄足になるかも知れないし」
トゥルースとしてはミーアの秘密を口にする訳にはいかなかったが、それでも昨日追っていったミーアが唯一の頼りなのだから。
「ふむ、それならミアスキアを連れていくと良い。ここに居ると問題ばかり起こしそうだしな。良いな、ミアスキア」
「あ~イキシアさんの目も怖いし、仕方ないっすね。うい~っす」
朝食時に指示を受ける事が多いのであろうミアスキアが、控えていた部屋の後ろで片手を挙げて答えるが、その目は廊下に控えていた女騎士のイキシアに。
ほぼ自らの力で周囲の人間を集めたミックティルクに対して、ファーラエのお付きは帝王とミックティルクが厳選に厳選を重ねて選んだ者で固められていた。それは全て女性であり、侍女は勿論騎士も、能力より信用度、特に裏表の無い者が選ばれた。
侍女職も騎士職も貴族出身の者の格好の就職先であり、その比率は全体の八割を占めていた。表面上はお互い競いあう仲間の体を見せてはいたが、その実は腹の探り合いであり足の引っ張り合いであった。あわよくば相手の実家、要は敵対する貴族を蹴落とす事ばかりを考えているような場であったのだ。怖い世界だ。
大事に育てられたファーラエに、そんな腐った貴族の考えを押し付けようとする者はお呼びではないのだ。
「ふんっ!そのまま帰らぬ人になった方が良いのだがな。何なら行方不明になってくれても構わんぞ?」
「……ならねぇって。てか良いのか? そんな汚い言葉を使っても。ファー姫様から外されちまうぞ?」
ファーラエの教育に悪いようであれば排除対象になってしまう。それはミックティルク付きのミアスキアでもだ。生まれてからずっと傍で育ったミックティルクとファーラエであり今でも身近な存在なので、そのお付きの者との交流も頻繁であった。二人とも共倒れになってしまうのは本意ではないので、仕方なくお互いに休戦とする事に。
とはいえ、最近のミアスキアの助平心は見過ごす事の出来ないレベルになってきていた。しかし、ミックティルクとしてはミアスキアの隠密能力と情報収集能力は手離せないものであり、そう簡単にはクビに出来なかった為、このやり取りは泥沼化しない限りは静観の立場を取っていた。
「全く。あれが呪いではなく本当に悪い癖なのだろうか……どちらにしても厄介だな」
しかしミアスキアをこのまま見逃す訳にもいかないので、その処分とそもそもの原因に頭を悩ますのであった。
「じゃあ行ってきます」
食後、早速出掛ける準備をしたトゥルースとミアスキアを、ミックティルクたちが見送りに玄関ホールに集まっていた。
「ああ。本当は私も同行したいところなのだがな」
「いえ、ミック様は昨日の姿でも人目を集めていたので目立ってしまいますからね。ここは平凡な顔の俺に任せてください」
「そう、だな。では任せた。しかしくれぐれも慎重にな。相手がどんな者かも分からないのだからな。危なそうなら退いて来いよ。ああ、そうだ。万一の為にこれを渡しておこう」
ミックティルクが腰に括り付けられていた棒状の物を手渡してきた。これは?と首を傾げるトゥルース。
「ただの棒だ。が、護身用に作られていて、刃物にもある程度は耐えられる。万一の際はこれで身を守るようにしろ」
木刀という程ではなく、どちらかと言えば警棒に近い形の棒に紐が付いている。折角の武器を相手に奪われないような対策なのであろう事は、直ぐに察する事が出来た。
「ああ、そうか。こういうのも想定しておかなくてはいけないのか。ありがとうございます、お借りします」
受け取るなりベルトにその紐を括り付け問題ないか軽く振ってみるトゥルース。
「気を付けてね、ルー君」
「無理はされないように、あなた様」
「追い詰め過ぎると何が起きるか分からん事を肝に銘じておくのじゃぞ、坊」
「みんな心配し過ぎだって。駄目元で行くんだし、ミアスキアも一緒だからそんなに危険な事にはならないだろ」
シャイニー、ティナ、フェマの心配に対してどこかお気楽気分なトゥルースだが、それも当然の事だった。何せ相手は姿が見えないのだ、どれだけ警戒しようが逃げられる時はにげられるし、反撃される時は反撃される。それは防ぎようのない事なので、その場その場での機転に頼る事になるだろうと諦めもしていたのだ。
「本当は大勢で取り囲むのが本筋なのだろうが、今は屋敷の警備兵だけで頭数が足りないからな。であれば警戒されないように少人数で、というのが正解か。頼んだぞ、二人とも」
ミックティルクの言うように屋敷の兵では頭数が足りない。加えて地元の官憲も今は祭りが終わって休暇に入る者が多く、人数は必要最低限であった為に頼る事は出来ないし、そもそもミックティルクたちは今、お忍びなのだ。それがバレたら今の屋敷の警備では手薄と言わざるを得ないので、仕方なくトゥルースの単独プレイにミアスキアを付けるのだった。
「……我も付いて行かなくて良いのか?」
「ああ、アディックさんは背が高くて目立つから。今回は人数が少ないから出来るだけ目立たない方が良いかなと」
「むぅ、そうか。何か申し訳ないな、うちの商材の為に」
「いえ、それは俺が興味本意でやる事だから気にしないで下さい。それに石を取り戻せるかは分からないんですから……」
そうか、では頼む、とアディックが軽く頭を下げると、今度はリムがその後ろから顔を覗かせた。
が、トゥルースには目を合わせようとしない。トゥルースはそんなリムを首を傾げながら見て、用はないのかなと出発しようとしたところで声を掛けられた。
「あの。本当はあたしが自分で行くべきなんだけど……よろしく、お願い、します」
無理して言っているような気がするのを感じて、トゥルースはリムに何か嫌われるような事をしたっけ?と考えたが、何も思い付かない。そもそも最初に声を掛けた以外は会話らしい会話をしていないと思うのだけど、と首を更に傾げつつ、うんと頷く。
他に何か言えば良かったかな?と思うが、ミーアが隠したという石の入った袋を無事に取り戻せるかは行ってみないと分からないので、あまり安心させる言葉を掛けるのも良くないかなと、そんなぶっきらぼうな返答になってしまったのだ。
対してリムは、未だにトゥルースが年頃なティナやシャイニーを侍らせている事に不信感を抱いていた。
二人ともトゥルースには恩義を感じていると言うのだが、ティナは裸を見られた上シャイニーと共に毎夜トゥルースと寝床を共にしているという。年頃の男女が毎夜肌を合わせて寝ているなんて普通ではない、毎夜良からぬ悪戯を二人にしていたり、そうするように命令しているのではないかと疑っているのだ。
実際には二つ目の呪いのせいで、夜は時間になれば寝てしまい途中で目が覚める事のないトゥルース。その上フェマを加えた三人がトゥルースの寝具に自分の意志で潜り込んでおり、幸いにもリムが心配するような事は一切無かったのだが、それを確認する事はリムには出来ない為その疑いを晴らす事は出来ないでいた。
その為、リムとしてはトゥルースに借りを作る事に難色を示していたのだが、興味本位で行くのであって石の奪還はそのついでだと言われれば、それを止める術はない。しかも兄アディックから声を掛けてくれた上、あわよくば石の奪還に向かってくれると言うトゥルースに一言くらい声をと言われれば、それに反する事が出来なかったのだ。
「ミアスキア。分かっていると思うが、お前は犯人を捕まえるか、それが不可能であれば有用な情報を集めてくる事。それが出来るまでは帰って来るなよ」
「ええ~! そりゃちょいと厳しいんじゃ?」
「お前には罰が必要だからな。が、途中経過は必ず報告に来る事。良いな」
主人に厳命されてしょぼんと項垂れるミアスキア。姿の見えない者を捕らえて来いとは中々に厳しい条件だが、それでも捕り逃した場合の逃げ道を作っておくくらいの優しさは見せていた。身内に甘々な第三王子だった。
「それじゃ、ちょいと行ってくる」
「……やるしかないのか。はぁ~、頭が痛いなぁ」
こうして二人(+白猫)が見えない敵に向かって行く事となるのだが、その後長い付き合いになるとは思いもよらぬ二人であった。