表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/120

√トゥルース -054 帰ってきた白猫



「ぜぃぜぃぜぃ。こっ、このヤロウ! いい加減負けろよ!」


 砂まみれで生まれたての小鹿のように足をガクガクと震わせつつ気を吐くのは、先程まで……いや、今でも気持ちだけ意気込んでいるラッジールだ。


「はぁはぁはぁ。無理言わないで下さいよ。わざと手を抜くなんて、ミック様の前で出来る訳がないでしょ!」

「おい、トゥルース。ラッジールに敬語なんて不要だぞ? そもそもお前たちは同い年だろう。それに相手はラッジールたからな、そんな気遣いは要らん。ほれ、手が止まっているぞ。早く続けないか」

「ちょっ! ミック様はオレとこのヤロウと、どっちの味方なんですか!」


 いつの間にか椅子に腰掛けて二人の対戦を見ていたミックティルクの後ろには、ピシッとした姿勢のレイビドが控えていた。更にトゥルースが視線を周囲に移すと、屋敷の中からじっと見ているオレチオやアディック、数人の女中たちが忙しなく動いている中でチラチラと覗いているのが見えた。誰も介入する事なく静観しているところを見ると、状況が分かっていないのはラッジールだけのようだ。それと、敬語が不要なのと気遣い不要なのは似た言葉である。同じ事を二度言いはしなかったのだが、そこは大事な部分なのだろうか。


「味方も何もない。ここまでお前がコテンパンにやられるとは思ってなかったぞ。もっと稽古を積め、ラッジール」

「ぐっ!ぐぬぅ」


 そう、先程までミックティルクにコテンパンにされていたトゥルースが、今度はラッジールをコテンパンに投げ飛ばしていたのだ。ラッジール弱過ぎ……と傍目には思うかもしれないが、それでも同年代の若手兵士の中ではトップレベルではないものの、そこそこ腕は立つ方であったのだ。

 ここまでコテンパンにされたのは、相手がミックティルクの時とトップレベルの若手兵士の時くらいだったラッジールは、さぞ悔しかったのであろう。これが稽古の一環だと認めるまでにそれなりの時間を費やす事となり、終には立てなくなるのだった。


「ここまでだな。ラッジールは帰ったら訓練のやり直しだ。それと状況判断が出来るようになれ。トゥルース、どうだ。少しは対人戦稽古の役になったか?」


 いつの間にやら用意されていたハーブティーを飲み終えたミックティルクが、空いたカップをレイビドに手渡し椅子から立ち上がる。


「よし、今日はここまでだ。明日は昼間にしっかりとやろう。その方が時間も取れ得るし思う存分できるだろうからな。さて、ミアスキアがまだ戻らないようだが、そろそろ女たちが風呂から出てくるだろうから私たちも入るとしようか」


 何故か稽古を連日行う事になってしまったトゥルースだったが、今まで出来なかった事を思えば渡りに船だろう。時間があればシャイニーも稽古に参加させようと心に決め、部屋に戻る事にしたトゥルース。


「ま、待ってくれ。う、動けない……」

「だらしないですね、ラッジール。明日はミック様のお稽古の前に走り込みからしましょうか。なに、自分も一緒にお付き合いしますのでご心配には及びませんよ?」

「え゛っ!? レイビドさんも!? ちょっ、それは」


 翌日、地獄を見る事になるのを察したラッジールの、声にならない悲鳴が湖畔に木霊するのだった。





「あれ? ミーア、戻ってたのか」


 掻いた汗を拭きながら部屋に戻ったトゥルースが目にしたのは、寝台の上にちょこんと座っていた白猫の姿だ。

 ザール商会での商談と買い物が終わった後、帰り道で出会った姿の見えない何か(・・・・・・・・)を追って行っていた。そのミーアを追うようにミアスキアも追って行ったのだが、そのミアスキアはまだ戻ってきていない筈だ。

 するとドアをガチャリと閉めたトゥルースを見たミーアが寝具の中に潜り込んでいった。それが意味するのは……


「全く、いつまで待たせるのよ! あんな奴、さっさと足腰立たなくさせて帰って来なさいよ!」

「……ミ、ミーア。ちょっ……見えてる、見えてるからもっと被って」

「なっ! ちょっ! だったら見ないでよ! 引っ掻くわよ!」


 被った寝具(シーツ)を深く被り直したのは雌豹のポーズで顔を覗かせていた若い女の子、呪いで猫の姿になってしまっていたミーアだ。

 何故か寝具の中でだけ、こうして呪いが解けて人の姿に戻るのだ。今までも数度だけこうして姿を見せていたが、今回は昼間の件で用があるのだろうと察するトゥルース。

 しかし寝具の中で両肘をついて見上げる格好では、白く透き通った柔肌や女性らしく育ったふたつの双丘が丸見えである。王家の屋敷内という事で灯りが一般の宿よりも多い事もあって柔らかそうな肌が浮き上がって見えるが、流石に奥の方までは光が届かないようで大事な部分までは陰になって見えなかったが、その肢体に沿って盛り上がった寝具の形など男のトゥルースにとっては目に毒である。そんな彼女の寝具を被った艶かしい裸体を見てしまえば、どうしても一糸纏わぬ姿を見てしまった記憶の中にある裸のティナと見比べてしまう。下を向いたそれ(・・)は、上向きで見ていた形の良いプリプリだったティナの胸と同じくらいの大きさに見える事を考えると、重力の事を考えれば恐らく同じ格好だとティナよりは小さいのではないか、と想像してしまうトゥルースであった。

 キッと睨むミーアに、ハッとしたトゥルースは慌てて凝視していた目を逸らしたが、既に手遅れだろう。


「後で覚えてらっしゃいよ」

「ごめんって。ところで姿の見えないのを追って行ってたけど、何か分かったの?」

「……誤魔化したわね。まあいいわ。何かまでは分からなかったけど、潜伏先は分かったわ。でも、もしかしたら追っていたのがバレたかも。隙を見て、女の人から盗まれた袋は取り返して来たから……」

「え?女の人から盗まれた袋って……もしかしてリムさんの?」

「リムさん? 誰よそれ。あたしが見たのは、馬を引き連れた男の人と一緒にいた女の人の懐から財布っぽい袋が飛び出した場面なんだけど……もしかして知り合いだったの?」

「いや、知り合いではなかったんだけど……商会で見掛けたから声を掛けたんだよ。その袋を無くしたって凄く落ち込んでいたから、今この屋敷に招かれているんだ」

「……なんでそうなったのよ」


 呆れながらも語ったミーアの話はこうだった。丁度散歩してたら、何もない道の小石がザクザクと音を立てて少しづつ動くのを見付け、そっとそれを追い掛けていたと言う。

 そして馬から降りたアディックとリムと思わしき二人に近付いたかと思ったら、小石が道の脇に投げられるように飛んで行き、その音に反応した二人の目を盗むように女の人の懐から袋がスッと出てきたらしい。するとその袋は二人が向いていた方とは逆の草むらに飛んで行き再び二人がそちらを見るも、袋を失っている事に気付いてもない二人は首を傾げながら宿の馬屋へと入って行ってしまったそうだ。


 その後、人がいなくなってからその怪しい足音が草むらに近付いたかと思うと、草むらの中から袋が浮き、そのまま人目に触れないようにふよふよと漂って、ある廃屋の中に入っていったと言う。


「それからもう一度廃屋を後にしたその足音を追って行ったら、あんたたちを見付けて立ち止まったようだったから、少し様子を見ていたんだけどね。あたしを見付けたあんたたちが足を止めたもんだから、そいつが素早い動きの出来ない状態のあんたを狙ったようね」


 成る程、と経緯を理解するトゥルース。その後は一目散に廃屋へと逃げていった足音を追って行ったミーア。そしてそれを追うミアスキアの状況が生まれた訳だ。しかし、途中まで後ろを追っていたミアスキアが、廃屋に着いた頃には姿が見えなかったと言う。見失ったのか、と理解するトゥルースだが、ミーアもその足音に気付かれないように後を追っていたので、ミアスキアが見失ったのは仕方のない事だったのかも知れない。


「袋が無くなった事に気付けばその廃屋が危ないと思うだろうから、たぶんまた別の場所に移るでしょうね」

「そうか……捕まえるのは無理かも知れないな。それで? その袋は?」

「猫の姿じゃ重くて運べなかったから、途中に隠してきたわ。どうする? 今から探しに行く?」

「う~ん、どうしよう。時間が掛かりそう?」

「そうね。歩いてだと時間が掛かるわね。今からだと、寝る時間までには帰って来れないかもね。あたしも夜は都合が悪い……と言うかちゃんと寝たいから、明日にして貰える?お肌に悪そうだからね」


 本来は夜行性であろう猫なのに、夜は確り寝たいと言うミーアの言い種に引っ掛かりを覚えつつ、袋の捜索は翌日にする事にしたトゥルース。

 いつの間にか寝具から出て白猫の姿に戻っていたミーアに気付くのと、女性陣が風呂から帰って来たのはほぼ同じだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ