√トゥルース -005 ノックは必要です
「ただいま~。は~、疲れた~ ……って…………」
トゥルースが宿に戻ると、そこではほぼ裸のシャイニーと真っ裸のティマが床に並べられた胸当てや下穿きを手に取って吟味している所だった。
今まで下着の無かったティナはある意味納得だが、シャイニーまでもが服を脱いでいるのには理解出来ないトゥルース。
「ほれ、姫様。もう一枚下穿きが縫い終わったぞ、受けとれい。で、胸当てはどこを直すんじゃ? 早よう寄越せい。嬢は新しい胸当て用の寸は測り終わったのかや?」
ドアの陰ではフェマが針と糸を手に眉間に皺をつくっていたが、口を開けて立ち尽くしていたトゥルースがその光景を目に焼き付けてしまった頃、漸く入ってきた事に気付いて、おお、帰ってきおったか、と声を掛けた。
すると下着に意識を奪われていた二人もトゥルースが入って来た事に漸く気付き、咄嗟にその辺りに散らばっていた下着類を手に取って身体を隠した。幸い(?)な事に二人ともほぼ背を向けていたので、美しくS字カーブを描く肩から腰、お尻のラインを目にするに止められたのだが、お年頃な二人にとってそれは何の意味も持たなかった。
「……いくらあなた様でも、何度も乙女の裸を見ると言うのは感心しませんよ!? せめてノックくらいは……」
「ご、ごめん! まさかこんな事をしているとは思わなくて……」
「……ルー君、お願いだから少し外に出てて貰える?」
「あ、ああ。終わったら声を掛けて」
ティナが怒るのは当然として、珍しくおこなシャイニー。今まで事故でトゥルースに裸を見られてもあまり気にしていなかったのだが、漸く羞恥心が芽生えてきたようだ。それでも寝る時はトゥルースにくっつく癖は抜けないようだが……
何れにしても鍵を掛けていなかった三人に落ち度があるだろう。赤の他人、特に男が入ってきていたらどうするつもりなのだ! と。怒られたトゥルースは納得いかず、微妙な気分に陥った。
「おう、坊。待たせたの。まあ、年頃の娘の裸に興味があるのはよう分かるがのぅ、そう見てやるなよ?」
「言わなくても分かってるよ! フェマ」
「それで? 商材とやらは売って来おったのか?」
「ああ。良い値で買って貰えたよ。これで暫くは食っていけそうだ。それより、この国の侯爵の執事って人に会ったよ」
「侯爵の執事? 侯爵と言えばこの国の長ではないか」
「侯爵の、ですか? 一体あなた様は何を……」
あの後、他にも三軒程回って全部で四軒中三軒に石を売って歩いたトゥルースがフェマと先程あった出来事を話していると、ティナが顔を突っ込んでくるが、その時コンコンとノックする音がした。夕飯にはまだ随分と早い時間だったので、何だろうと戸を開けると宿の者が来客だと言う。
「宿に来客って心当たり無いんだけど……あるとすればティナの関係? まさか、王国の軍が!? って流石にそれはないか。じゃあ一体……」
念の為、トゥルースが一人で行く事にしたのだが、そこにいたのは……
「え? アンさん?」
「先程は有難うございました。主様より招待状を預かって参りました。どうぞお受け取り下さい」
「はぁ!? 招待状!?」
何でまた!? と思ったトゥルースだったが、きっとレッドナイトブルーなのだろうと思い当たる。聞いてみれば侯爵が妻への贈り物を探していたと言う。レッドナイトブルーの原石はバレット村出身者しか扱う事がなく、それもその売人が一度に多くの量を扱う事は有名な話だった。況してやバレット村のある国とは隣である。直接の交流が多くはないとしても、その話はよく耳に入っていた。
その売人が一店舗に卸した石は少量であった。この国の規模や需要の有無を見定めて売る量を決めるのも、その売人の腕だ。この侯国にはそれだけの需要しかないと判断されたのだと推測される。であれば、まだまだ石は随分と残っている筈と。
「行くのは良いけど……それって……いつの話? 俺一人で?」
「おや、お連れ様がお見えですか? それでしたら……」
「という事で侯爵様にお呼ばれする事になりました。はい、パチパチパチ」
トゥルースだけ手を叩くが、三人は訳が分からず目を丸くする。
「侯爵……ですか?」
「侯爵じゃと?」
「侯爵、様!?」
三者三様の反応を示したが、みんな驚きであるには変わりない。
「何故そんな話になられたのですか!?」
「いや、侯爵様が俺の商材を見たいんだって」
脈絡のない話にティナが首を傾げる。
「坊の商材を? どこにでもある薬草ではないのかや?」
「あれ? フェマは知らなかったっけ?」
荷物に括り付けていた、自分が主体になって採集した薬草を思い浮かべたフェマも首を傾げる。
「それって……ルー君だけ?」
「いや、みんなを置いていくのは悪いし、暗くなってから女ばかりじゃ不用心じゃないかって事で、みんな一緒だよ」
石の事を知るシャイニーは事前に自分も同席するかも知れないからと正装をザール商会で買い揃えていたので、一人なのか、自分も行くのかを首を傾げて尋ねたが、思い掛けない答えが返ってきて目を丸くした。
「えっ!? それはいつのお話なんですか?」
「ん? これからだけど……」
「何!? 今からじゃと!?」
「ええっ!? た、大変! お化粧をやり直さなくっちゃ! それにティナさんもフェマちゃんも着て行く服がないんじゃ!?」
「午前中に行ったお店に合う正装の服はあったかしら?」
「わしはどうするんじゃ!? 今更ヒラヒラした服など着たくはないぞ!?」
途端に戦場と化した部屋内。
正装するしない関わらず侯爵に会うのであれば、顔に火傷のような痕のあるシャイニーは相手を不快にさせないようきちんと化粧を施す必要があるし、ティナはその容姿から何処の家の者かがバレると騒動に成りかねないから化粧等で変装しようという話になっていた。フェマはフェマで何処でその姿を見られているかが分からない以上、やはり姿を誤魔化さないといけない。長い時をその姿で生きるフェマならではの悩みだ。
三人とも姿を誤魔化さないといけない理由が自らの呪いのせいだとは皮肉な話である。
因みに侯爵は、服はある物で構わないし、礼儀や作法にはうるさく言うつもりは一切無いから、是非来て欲しいと言っているらしい。
この機会を逃すと、今回卸された数少ない石の中から選ぶしかなく、更に次はいつ機会があるのか分からないからだという事は、今のトゥルースが気付く事は無かった。
アンに女性陣の支度に時間が掛かる事を伝えたトゥルースは、女性陣が着替えを終えて化粧に入ってから漸く自分の着替えに部屋に入る事が許された。
「アンさん、お待たせしました」
「いえいえ。急なお願いをしたのはこちらです。お気になさらぬように。それよりも、こんな見目麗しいお嬢様方をお連れとは! このアン、眼福にあずかりました」
三人の女性陣を目にした執事のアンが、胸に手を当て深々と頭を下げる。物凄~く執事らしく。だが、どうやらその言葉に嘘はないようだ。
シャイニーは後ろでひとつに纏めた銀色の長髪がよく似合う濃い青色のドレス。ザール商会で買い揃えた服だ。勿論、呪われた顔の痕は化粧によってすっかり気にならない程度となり、前髪で巧みに隠されていて、初見の者がチラッと見た程度では気付かない程だった。
次にティナは服こそその日に購入した侯国の庶民的で地味な服だったが、特徴ある銀色の長髪は両サイドを三つ編みにした上で後ろで巻き上げて纏めており、且つ少々地味な化粧で庶民的街娘を演出していたが、隠しきれない整った顔付きで美少女っぷりを撒き散らしていた。しかし、そこにはさっきまでのティナではない別人が立っていたのだ。
更にフェマ。ザール商会で購入した何着かの服を組み合わせてすっかり良いところの箱入り娘風幼女へと化していた。勿論髪飾りで伸びた髪を纏め、顔には分からない程度に化粧を施して印象を変えるという念の入れようだ。
この三人の変わりように一番驚いたのは紛れもないトゥルースだったが、他に知る者と言えばこの宿の者くらいで、ちょうど受付嬢が入れ替わって知らない人になっていたので、こんな上客がうちに!? ぐらいしか思われていなかった。
そして三人はと言えば、貴族それもこの国の長に会いに行くという事でガチガチに緊張していたが、元貴族と思われるティナも誰より年長者であるフェマも堂々としたもので、アンの言葉に鮮やかな仕草でお礼の言葉を返していたのだった。