表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/120

√トゥルース -048 星空の下の訓練




「ん? 何処に行ってたんだ? フェマ」


 フェマがひょっこりと戻ってきたのは、ティータイムが終わり談笑していたところだった。随分と戻ってくるのが遅かったなと首を傾げるトゥルースたち。


「なに、ちょっとのぅ」

「何をしていたんだ? もう夕食だっていうのに」

「ああ、分かっておる。ちょっと気になっての」


 言い濁すフェマだったが、女中やレイビドたちが咎めていないところを見ると、行き先は把握されているようだ。

 その後間もなく夕食が運ばれてきたが、昨夜のような食べきれるか分からない程の量ではなく、朝食のように少量づつ出されていく料理に舌鼓を打つ一同。その味付けは見事なものだったが、ミックティルクが首を傾げる。


「ん? 量を見直したのは分かるが、味や食感も変えたのか?それにそれだけではないような感じがするな」

「はい、ミック様。本日はアディック様やリム様が食欲を失い気味でおられるのと、昨日今日と移動されてきたファーラエ様、お買い物をされてきた皆様がお疲れであろうからと、消化の良い栄養のあるものをご用意しました。更に、フェマ様から薬草の提供を受けて食欲促進、滋養強壮に良い料理を織り混ぜてお出ししております」


 言われて初めて消化の良さそうなものが多い事に気付いたが、薬草が混ぜられていた事には言われても分からない程であった。よく分かったなとミックティルクを見る一同だったが、そのミックティルクの目はフェマに向いていた。


「朝に続いて、またお前の入れ智恵だったか、フェマ」

「よう気付いたの、王子様よ。分からぬように気を使ったのじゃが……」


 薬草独特の匂いや苦味を料理の風味付けや味付けのひとつとして加え、そういう料理としたフェマの入れ智恵を見事に見破ったミックティルクに、舌を巻くフェマ。暫く抜けていたのは厨房に顔を出していたからだったのだ。が、見破った事に気を良くしたミックティルクがニヤリとする。


「今日の私は王子ではないぞ、フェマ。遊び人ミックだ」


 まだ遊び人ミックを引っ張るミックティルクに、トゥルースたちは苦笑いを浮かべ、アディックやリムは溜め息を吐く。

 そして、初めてそれを聞いたファーラエが目をキラキラと輝かせた。


「何ですか? その遊び人って! 何か格好良いです、お兄様!」

「ファーラエ様。その遊び人という言葉、そう良い意味でもありませんよ? 女遊びという言葉を連想させますからね」


 空かさず指摘するのは、控えていたアバンダだ。普通、食事中に侍女が口を挟む事はないのだが、流石にファーラエが真似ては問題だと判断したようだ。


「そう水を差すものじゃないぞ、アバンダ。そんな深い意味は持っていないのだがな」

「ですが、遊び人という言葉には、仕事をしない人という意味合いもあります。何れにしても良い言葉とは思えません。ファーラエ様の教育に良くありませんから訂正を」

「堅いな、アバンダ。ちょっとした遊び心ではないか。とはいえ、言われれば尤もだな。他に何か良い通り名がないか考えておこう」


 いや、通り名なんて必要ないから!と、口には出さないが心の中で突っ込むみんなだった。






 食事の後、女性陣はみんなで風呂に行く事となった。

 元々長風呂がデフォの女性陣がこれだけの人数になれば、更に長く浸かっているであろう事は想像に容易いので、トゥルースは一人庭先である砂浜に出た。女性陣が出てくるまでの間に、今まで怪我をしたり時間が取れなかったりでサボっていた護身術の自主練をしようとしてだ。


 空には、昨日は東の空に昇ってきていた月が今日は時間がまだ早いのかその姿は見られない為、星が無数に瞬いていた。

 湖の方に目を向ければ、夜祭りのあった昨日程ではないが岸にいくらかの灯りが見えて目を奪われる。更に湖の真ん中にも小さな灯りが浮かぶように見えていたが、恐らく湖の中にある島だろう。そして点々と動く灯りは船らしい。こんな暗い中でも航行しているのかと感心する。

 屋敷前の砂浜は煌々とした屋敷からの灯りのおかげで足元が見えない事もないし余計な岩も無いので、自主練には向いていると言えよう。


 体を解してから軽く砂浜を走るが、砂に足を取られてしまって結構キツい。昼にティナをおぶって歩いたので足に疲れが残っているのだろう、無理をせず走り込みは程々で止めた。

 息を整えると体を動かしていく。相手を頭の中で想像して腕を掴み投げる。蹴りを入れて来る相手には蹴りで応戦しつつ懐に入ってボディに肘鉄を。刃物を持った相手には距離を取りつつ隙を作って誘い出し、懐に飛び込む。

 そんな想定訓練を黙々と一人で行っていると、ザクザクと砂を踏みしめる音が聞こえてきた。


「何をしているんだ? トゥルース」

「あ、ミック様。少し体が鈍っていたので、ちょっと自主訓練を。……ここじゃ拙かったですか?」

「いや、自由に使ってくれと言った筈だ、自由にしてくれて構わない。少し見ていても良いか?」


 近付いてきたのはミックティルクだった。どうやらトゥルースの姿を見付けて一人で出てきたようである。

 自主練を見られるのは気恥ずかしいが、ここは自分のではなく王家の敷地である。断る理由も思い浮かばないので、どうぞと言ってトゥルースは訓練を再び始めた。


「……ふむ、対人の訓練か。それなら私も相手が出来そうだな。一緒にやろうか」

「えっ!? だ、大丈夫なんですか?」

「何、気にするな。私も対人戦闘の訓練は受けている。そう簡単にはやられるつもりはないからな」


 体を解しながらトゥルースに近寄るミックティルク。

 確かに相手がいるといないとでは訓練の内容に差が出てくる。想定だけでは正しい動きなのかの確認が取れないし、その想定はあくまでも自分の想像上の動きでしかないからだ。当然実戦ではその想定を大きく外れる事は少なくない筈であるから、実際に相手になって貰った方がずっと訓練になる。

 そして、それは相手になるミックティルクにも言えた。いつも同じ相手と訓練をしていてはマンネリ化してしまってそれ以外の相手に対応できなくなってしまい兼ねない。対戦した事のない相手というものは実に有難いのだ。


「よし、では始めるか。遠慮はいらんから全力で来い」


 そう言われて躊躇するトゥルースだったが、ミックティルクの構えを見て考えを改める。これは全力で当たらないと全く相手にもされないのでは?と。


 一歩引いて構えを取るトゥルース。この緊張感は師匠である叔父のターラーを相手にした時を思い起こさせるが、どんな動きをするのか分からないのでそれ以上かも知れない。

 じっと睨み合いしている訳にもいかないし、これは訓練なのだからと割り切って踏み込むトゥルース。次の瞬間、トゥルースは宙を舞っていた。

 え……?と思う間もなく砂浜に打ち付けられるトゥルース。幸いにも硬い石畳や石がゴロゴロする砂利道ではなく、砂浜なのでそれ程痛くはない。いや、全くと言って良い程、痛みはなかった。


「どうした、トゥルース。何を呆けている。さあ次だ」

「……今の、どうやって投げられたのかが……いや、伸ばした手を掴まれたかと思ったら引っ張られて背中に担ぎ上げられた?」

「ほう、あれだけで分かったか。そうだ。今のは体術を使って投げ飛ばしたのだ。先程の構えを見る限り、お前も使うのだろ?体術を」


 ニヤリとするミックティルクの問いにコクリと頷くトゥルース。護身術とは言えど、その元になっていたのはこの世界で言う体術である。長剣を持たないトゥルースは、身一つで自己を守る術としてターラーに教えて貰ったのがそれだった。

 勿論、柔術にも色々な流派が存在するが、基本的な足さばきなどは共通している事が多いので、習得している者同士であればある程度の技は予測が可能なのだが、ミックティルクが繰り出したそれはかなり慣れたものだった為、久し振りに経験者と手を交えたトゥルースの目が追い付かなかったのだった。


 その後も何手か合わしたが、中々ミックティルクを上回れないトゥルース。

 口の中に入った砂をペッペッと吐き出し、ギリリと歯を食いしばって立ち上がると、再度構える。すっかりと目は慣れてきたが、暫く訓練をサボっていたからか体が追い付いていないようで、少し息が上がってきていた。やはり少しでも毎日続けた方が良いのだろうと反省する。

 そういえば、と思い出すトゥルース。石の仕入れに里へ帰った時に、自分だけでなくシャイニーも護身術を習っていて、道中で訓練を付き合う約束をするだけして実際にはやっていなかったな、と。


「どうした、もう終わりか? 折角最初の頃より面白くなってきたところなのにな」

「いえ、まだまだ! もういっちょお願いします!」


 今度は身を低くして飛び掛かろうとした時だった。突然屋敷の方から怒鳴り声が向けられた。


「おい! 何をしているんだ! ミック様から離れろ!」


 そう言って姿を現せたのはミックティルクのお付きであるラッジールだ。

 怒りなのかその顔は真っ赤になり眉間に皺が寄って歪んでいた。それは指を差されたトゥルースが思わずたじろぐ程の迫力だった。


「おい、落ち着け、ラッジール」

「ミック様は黙っててください! やはりこいつはミック様の命を狙っていた賊だったんだ! オレが排除します!」


 そう言って腰の帯剣に手を伸ばすラッジールだったが、それをミックティルクが止める。


「待て、ラッジール。屋敷敷地内では剣は使うな。汚れる」

「むっ! そうですね。こいつの血で汚すなんて許されませんね、ミック様」

「うぇっ!? ちょっ!! そんな!」


 が、止めたのは抜剣の方だけ。同意し薄ら笑いするラッジールと、慌てるトゥルースだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ