√トゥルース -047 愛妹
「あの、お兄様。小間使いのお小姓さんをお付けになられたと思ったのですが……」
案内された席に着いたトゥルースがずっと目を奪われていたファーラエの一挙手一投足に注目していると、それに気付いたファーラエがミックティルクに首を傾げながら問い掛ける。
「ぶっ! はっはっはっ! 見ての通り小姓なんかじゃなく、彼も私の客人だ」
「えっ? そうなのですか? ファーラエ、てっきり新しいお小姓さんなのかと思ったわ。だってお兄様、前から何も出来なくて良いから普通の人が一人欲しいって…… こんな普通そうな人を連れてくるなんて今までなかったから……」
可愛らしい顔に似合わず中々辛烈な言葉を並べるファーラエだが、本当に疑問に思った事を口にしただけのようで、首をコテンと倒してミックティルクとトゥルースを交互に見る。
対して言われたトゥルースは、まさかの何も出来ない普通人扱いにピシッと固まった。これだけ可愛らしい王女とお近付きになれそうなのだから、少しでも会話をして顔を覚えて貰って、あわよくば仲良くなりたいと思ったのは男の性であろう。
が、そのフラグを本人にペッキリと真っ先に折られてしまった。確かに自分は見た目がパッとしない普通の一般人であって、王族の人間に本来ならお目通しすら叶わない立場であると自覚はしているのだが、こんなに可愛らしい少女に小間使い扱いされた事に愕然とするトゥルース。
石の売人という立場のおかげで少しの間、こうして宿泊させて貰える事にはなったが、そもそもこうして招かれた切っ掛けは自分ではなくティナやシャイニーがいたからだ。愕然としながら項垂れるトゥルース。
「まあ、そういう意味では強ち間違ってはいないがな。爵位をやるから仕えないかと口説いているところで、今は親交を深めているところなんだ」
「そうなんですか、お兄様。お兄様のお誘いに直ぐ乗らない方がいるなんて吃驚!」
ミックティルクがフォローの言葉を入れてくれた事で、何とか自尊心を保つ事に成功したトゥルースだったが、まだ自分を買ってくれているのかとその理由が理解できないでいる一方で、ファーラエが兄の言葉でトゥルースにほんの少しだけ興味を持った事などには全く気付いていなかった。
「……爵位をって、やっぱり王族…… ああ、あたしたち何てところに来ちゃったの……」
「む? 大丈夫か? 顔色がまた悪くなったようだが。少し甘い物でも口に入れて落ち着くと良い。この後、夕食があるから好きなだけとは言わないが、腹痛とかでなければ少しは腹を満たしておいた方が良いぞ」
元々貴族までは想定しつつも、王族を相手にする事は想定していなかったであろうリムが顔を青くしたのを鋭く見付けたミックティルクが、出された紅茶や菓子を勧めた。原因は自分だと知っていてか否かは見ていても分からない所は既に狸である。
ここに来てしまった事を後悔しつつも諦めたリムが、ミックティルクの言葉に従って手に取ったのはここ最近帝都で流行りだしていた小粒甘乳脂入焼菓子。
「ん! これ美味しい! 紅茶にも合うし!」
「ふふふ。やっぱりこの町の焼菓子は帝都の物より美味しいですね、お兄様」
一口サイズで気軽に摘まめて美味しいからと市井で人気になっていたプチシューだが、実は牧場や養鶏が盛んなこの地域が一番美味しく仕上がっているのではと言われていた。
「うむ。やはりこの町に来たら一度はこれを食べねば、な。レイビドも分かっている」
「こちらの焼菓子は、もしかして乾酪焼菓子ですか?」
こちらもまた四角く一口サイズに小さく切り分けられていたが、口にする前に狐色に焼けたそれが何かを察したティナが言い当てる。
「ほう、よく分かったな。ニナは口にした事があるのか?」
「ええ、何度か。初めて食した時はまだ幼くて、その風味が苦手でしたが、今では紅茶によく合いますので好きな物のひとつですね」
「あ、ファーラエも! 乾酪焼菓子は大好きなの♪」
「あ~、ファーさまはそれ大好き過ぎてカーラさんのまで食べちゃうものね~」
「その上、ミック様のまで口惜しそうに見て、最後には分けて貰うのがいつもの流れなのよね」
パクリとチーズケーキを口にしながら話に参加したラナンに同意するカーラだが、目の前に出された小さなチーズケーキには手を付けないところを見ると、ファーラエにわざと盗られるよう待っているのかも知れないが、それはミックティルクも同じだった。
そして目をキラキラさせながらカーラの前の皿を見詰めるファーラエに、スッと無言でその皿を差し出すカーラは充分お姉さんだ。
「わぁ。良いんですか、カーラちゃん。嬉しいっ♪」
「やれやれ、いつもの通りだな。ファー、程々にしておけよ? この後夕食が食べられなくなるからな」
食べ過ぎるのを注意しつつ、同じように皿を差し出すミックティルク。妹に甘過ぎるようだ。他にも自由に取れるように季節の果物盛り合わせが置いてあったが、それも一口サイズにカットされていた。ひとつひとつを小さく切っておく事で小量で色々な味を楽しめるように気配りされているようだ。
「そう言ってても分けてくれるお兄様、大好き!」
「ははは。でも本当にそこそこにしておけよ? 今日は客がいるのに加えてファーもいるとあって、料理には期待が持てるからな」
ニヤッとするミックティルクに、ファーラエやカーラ、ラナンに加えて元王族のティナは夕食を期待し、他の者は何だか悪いなぁと気兼ねした。
そんな中、フェマがすくっと椅子から降りると、ミックティルクに向かってちょっと席を外すと部屋を出ていく。トイレにでも行ったのかと軽く思っていたが、フェマはその後直ぐには戻ってこなかった。
「そういえば、アレが無いのね。ちょっと期待しちゃったんだけど……」
「ファーラエ様。アレ、でございますね。折角ですので最も美味しい物をと手配しましたが、直ぐにはご用意出来ませんでしたので今日のところはお諦め下さい。その代わり明日の間食はご期待頂いても構いませんよ」
何やら意味深な企み事のような笑みを浮かべて会話をするファーラエとレイビドではあるが、その内容は会話の流れ的にも甘味の話だと誰もが分かるものだ。普通に喋れ。
「まあ! そうなの? 明日が楽しみね♪ ところでお兄様? 気になっていたのだけど、そのお顔は?」
「ん? これか。今回はお忍びだから護衛が少なく、素顔で出歩く訳にはいかないからと少々な。しかしこれがまあ面白い事に、町の者たちは私だとは気付かなかったようだ」
「まあ! 楽しそう! ファーラエもお兄様と町を歩きたいわ!」
「そうか、ファーも行きたいか」
それも面白そうだなとニヤリとしながら言うミックティルクに、いつの間にかファーラエの後ろにいた女性が声を上げる。
「なりません、ミック殿下! ファーラエ様も! そんな危険な事、何かあったらどうされるのですか!」
「相変わらず堅いな、アバンダは。偶には兄妹水入らずも良いではないか」
アバンダ筆頭侍女。彼女は地方貴族出身のファーラエ専属のお付きであり、ファーラエが幼い頃から何処に行くにも一緒だった。なので、兄妹仲の良いミックティルクとも頻繁に顔を会わせる為、時としてミックティルク相手に厳しい言葉を飛ばす事もあった。ファーラエ第一主義のアバンダからして見れば、ファーラエにとって害となるようであれば、相手が第三王子であろうとそれを止める権限を父親である帝王から直々に与えられていたので当たり前の行動であったが、他の王女のお付きにはそのような権限は与えられていなかった。
王妃の子たちのお付きでさえもそのような権限は与えられなかったのに、第三側室の娘であるファーラエのお付きにそのような権限が与えられたとあって当時は大騒ぎになったものだが、ファーラエの性格や第三側室である母親の境遇を考えれば当然であった。
帝王には王妃の他に側室が四人いる。その中で唯一、ファーラエの母だけが貴族出身ではなく一般人出身であった。宮内侍女として下働きをしていたところを、当時第二王子だった現帝王がその明るさと容姿に惚れて側室として迎えたのだ。他の四人は貴族出身とあって肩身の狭い思いをしており、それは娘のファーラエにも影響を見せ始めていた為、このままではファーラエの笑顔が消えてしまうと見兼ねた帝王が異例のお達しを出したのだった。何気に帝王もファーラエには親馬鹿を発揮していたのだが、嫉妬を集めやすいファーラエの容姿や性格ならば仕方ないだろう。
純粋無垢、容姿端麗。
裏表のないファーラエは帝王の父親にだけでなく周囲や国民にも人気が高かった、親い女性以外には。
帝王からの寵愛を受けるだけでなく周囲からの人気も集めるファーラエは、姉妹や義母たちからは疎ましく思われ、時には陰湿ないじめを度々受けていたのだ。ミックティルクを除く男兄弟も時としてそれを助長する姿すら目撃されていた。
しかし、いじらしくもそれを黙って受け入れる姿を何度も見たミックティルクが、父親に愛妹を守るように申し立てたのが八才の頃だ。当時の筆頭侍女が荷担している事をミックティルクから聞いた帝王は、即時ファーラエを最も愛でていたアバンダを抜擢して筆頭侍女にすげ替え、権限を与えたのだ。
云わばミックティルクのお陰で今の地位を得たアバンダだったが、それはそれ、これはこれで容赦なくミックティルクにも苦言を呈するのだった。
「それにしても、ファーは何故直ぐに私だと分かったのだ? 町の者は誰も分からなかったというのに」
「え? ファーラエがミック兄様の事を間違える筈ないじゃないですか」
何を当然の事を、と不思議そうな顔をするファーラエ。
毎日顔を合わせていたカーラやラナンですら化粧で印象の変わったミックティルクを見て別人に感じたものだったが、ファーラエには通用しなかったようだ。顔で判断する皆と違い、仕種や雰囲気等、人を見る視点が違うのだろう。それ以前に、腹違いとは言え生まれが半年しか違わないミックティルクはファーラエと乳母を共にしており、ずっと一緒だった為、母親に負けず劣らず親い存在とも言えた。
簡単に自分だとバレてしまい面白くない半面、それだけ妹が自分の事を見ていた事を知って嬉しいミックティルクの顔には苦笑が浮かぶのだった。
インフルではありませんでした、ただの風邪
初めての鼻の穴検査、痛かった(涙)