√トゥルース -046 第二王女
「えっ? あの、ここって……」
通り沿いの大きな門に吸い込まれていく一同を見て戸惑いを見せるアディックとリムだが、それは当然だろう。ずっと続いていた長い塀を見て、どんな人が住んでいるのだろうと兄妹揃って見上げていたのだが、そこへと入っていくのだから。
そして更に第二の門で警備している兵を見て固まる二人。
「ほらミック様。ちゃんと名乗らずに、遊び人だなんて言うから」
「そりゃ言ってしまったら面白くないじゃないか、トゥルース。それに先に言えば頑なに拒まれてしまっていただろう?」
それもそうか、と納得するトゥルースだったが、それを知っていて尚も誘われるままに屋敷に入り込んでしまった自分たちは、よく来る気になったなと苦笑いを浮かべた。半強制ではあったのだが。
「そんなに構えなくても良いですよ、お二方とも。本日は我が主と客人であられるトゥルース様方の他には、妹君がお見えになられる以外、使用人ばかりですので」
二人の馬の一方を牽くレイビドにそう声を掛けられる二人だったが、更にピシッと固まる事になった。その二人の為に使用人が幾人もいるようなところにおめおめと付いてきてしまったのか!と。しかも兵士付である、少なくとも領主以上の位だと容易に察する二人。
「とって食おうというんじゃないから、そんなに心配しなくて良い。初めに言った通り、ここで静養する事だけ考えておけば良い。遊び人ミックの屋敷に泊まる、それだけだ。こっちのトゥルースたちなんて、私の話相手にと無理に誘っただけだしな」
そう言いつつも実はティナとシャイニーを口説く為だったのは完全に棚に上げているミックティルク。
今回は相手が変色石の売人だと分かっていて呼んでいるが、その肝心の石が盗まれていては商談には話が発展しない可能性が高い。追っているミーアやミアスキアが上手い事犯人を捕まえて石を取り戻す事が出来れば、その限りではないのだが。なので今回は純粋に相手を気遣っての行動であった……と思いたい、作者的に。勝手に動くなよ、ミックティルク。
「……ぇ。何これ嘘でしょ?」
馬から降りたアディックとリムが案内されるままに屋敷に踏み込むと、玄関ホールで迎えたのはお帰りなさいませとずらりと並んだ女中たちの姿。そしてその先頭にはいつの間にかルイビドの姿が。おいオッサン!ついさっき馬屋に馬を牽いて行ったんじゃなかったのか!?と、二人だけでなくトゥルースたちも心の中でツッコミを入れた。
それにしてもこんな歓待は上級貴族から招待された時くらいしか受けた事がなかった二人は、急な訪問でありながらこんな事になっている事に驚きを隠せないでいた。そしてその後から入ったトゥルースたちも顔を引き攣らせて一歩引いた事は追記しておく。唯一ティナだけが、ソウデスヨネ~ソウナリマスヨネ~と慣れた反応を示していたのだが。
「遅くなったが、今帰った。客が増えたから、よろしく頼む。特に疲れた者がいるからそのように」
「畏まりました、ミック様。早速お茶のご用意を致します。それと、ファーラエ様が昼頃に―――」「ミック兄様!」
女中が言い切る前に、玄関ホールに駆け込んできた少女が声を上げてミックティルクに飛び込んできた。
「酷いですお兄様! ファーラエがお父様に捕まっている間にいなくなってしまって! その上、お昼頃には着くと伝言をお願いしておいたのに、こんな時間になるまで帰ってこないなんてっ!! もうっ! お兄様ったら!!」
「ははは。許せ、ファー。私の方も色々とあったのだ」
ぽかぽかと胸を叩く少女の叱責を甘んじて受けるミックティルクの顔は、それまでとは違って随分と弛んでいた。
そしてそれを見ていたアディックやリム、トゥルースたちは思わず溢す。
「「「「「か、可愛い……」」」」」「めんこいのぅ……」
そしてそれを見ていたアディックやリム、トゥルースたちが思わず溢すのは仕方のない事であった。
「うわ~、流石はファー様。ミック様の顔をこんなにも弛ますなんて」
「そうよね~。あたしたちにも笑い掛けてくれるけど、あんな笑顔を向けるのはファーさまにだけだもんね。妬けるな~」
カーラとラナンが苦笑いをしてその様子を見守るが、悔しいとか妬ましいという感じてはなく単純に羨ましいという感じだった。それもそうだろう、恋人である二人から見ても、兄妹愛は別物なのだから。
「話には聞いていましたが、ファーラエ第二王女殿下がこんなにも可愛い方だったなんて……」
ぼそりと言うティナの言葉に、それが聞こえていたトゥルースやシャイニー、フェマが同意して頷く。第二王女の可愛さは異性からだけでなく、同性をも惹き付ける程であった。
が、呪いの解けたシャイニーはそれに匹敵する程だとミックティルクから言われたのは昨夜の事。それを忘れていなかったトゥルースたちが、昨夜のシャイニーの顔を思い出しながらファーラエと見比べる。
「ふぁっ!? な、なんでみんなこっちを見るの?」
「いや、な……確かに、ニーも負けてなかったよな、と思って」
「そう、ですよね。本当に。一体ニー様の出自はどちらなのでしょう」
「うむ。嬢も呪いが解ければ、王女と並んで歩いても遜色なかろうに……(坊、早うしてやれよ?)」
はぅ~、と見られて顔を赤くし慌てるシャイニー。確かに昨夜のシャイニーはファーラエと比べても引けを取らなかったであろう。が、陽の沈んだ暗い中での話に加え、記憶が美化されているのかも知れない。その上、身内贔屓が重なってシャイニーの株が爆上がり中だ。
それにしても、第三王女の可愛さは反則級である。
ミックティルクと同じブロンズ色のゆるふわに仕上げられた長い髪に潤ませたつぶらな青い瞳、細長い眉が幼さを残した顔立ちを整えている。身長は勿論成長の遅いシャイニーより遥かに高いが、ティナよりは低くて細身である。着ている服も髪に合わせてか、フリルにレースをふんだんにあしらった可愛らしい物で、胸元にはふたつの膨らみが自己主張をしていたが、ティナの胸には及ばない感じだ。
そんな容姿に加え、ミックティルクを非難する声や仕種はどこか小動物をイメージさせ、可愛さに拍車を掛けていた。ぷくぅと膨らました頬なんかはまるでハムスターだ、ハムスターを愛でるような世界ではないのだが。
「申し訳ありません、ファーラエ様。ミック様も気にはされておりましたが、色々と立て込みまして。その代わりと言っては何ですが、甘味をいくつかご用意いたしました。お客様もお見えですので、ご一緒にお茶など如何ですかな?」
「まぁ! それは本当? どんなものなのか楽しみ! ……って、あわわ。お客様がいらっしゃってたんですね、気付かなくてごめんなさい……」
可愛らしい顔が歪んでいくのを見てみんなが顔を横にブンブンと振り、気にしないでと答える。
すると、パアッと顔を綻ばせて良かったとホッとするファーラエ。天使かよ!
場を移す一同だったが、アディックとリムはその玄関ホールから見える湖に驚いた後、案内された部屋の調度品の質に驚いていた。
「幾つか貴族様のお屋敷に招かれて、高そうな物を見てきたけど……簡素でありながら、ここまで統一感があるのは初めてね」
「ああ、そうだな。天井から机や椅子、床に至るまで計算し尽くされたような調合を見せている…… この花瓶や季節の花に至るまでだなんて見た事がないな」
確かに足し算に足し算を重ねたような高級品を並べ立てたような調度品は皆無で何もないように見えるが、二人が指摘したように引き算を重ねて何もないようにしか見えない部屋内は、その何処を弄ってもバランスを崩してしまいそうだと気付いたトゥルースも、成る程と唸り声を上げた。
思い返せば、貴族らしいところに招かれたのは侯国の侯爵邸くらいなもので、そこも飾り付けが殆ど無かった事を思い出すが、それにも況してや何もない事に違和感すら湧かなかった事に今更ながら気付いたのだ。
「あの。このお屋敷がどちらのご貴族様なのかが未だに分からないんですけど、教えて貰っても?」
皆と同じように天井を見ていたティナに、リムがこっそりと問い掛ける。恐らく一番動揺せずに冷静に見ていたのと、一番まともな答えが返ってきそうな雰囲気を持っていたからだろうが、その返事は期待を裏切るものであった。
「……ご本人が身分をお隠しになられている以上、わたくしからはお答え出来ません。が、普通の貴族であれば、私兵が屋敷をお守りするものかと。これ以上はご本人様に確認を」
「それって、やっぱり……」
ティナの答えになっていない返答に、本当は既に導き出している自分の答えが合っている事を確信する。第二の門に立っていた兵は、世間に知られていた帝国の正規兵だったからだ。それが意味するものを察したリムは、ゴクリと唾を飲み込むのだった。
風邪をひきました
インフル……じゃない筈。
この後、医者行ってきます(ズズズ




