√トゥルース -044 白猫の乱!?
「そうか、余裕を見ても五日、早ければ三日で出来上がってくるか」
無事(?)に買い物を終えた一同が岐路に着いたのは陽が随分と傾いた時間だった。
つい先程まで着せ替え人形になっていたティナやフェマの目からは光が失われ力なく歩いていたが、馬車を呼ぶか聞いたらそれは拒否された。
「ええ。無理して優先してくれたらしく、随分と早く出来上がってくるみたいです。俺が個人的に注文したら、たぶん一ヶ月近く掛かるんじゃないですかね」
やはり王族の絡む注文は何より優先されるようで、他の融通の利く仕事を後に回してまでやってくれるらしい。他の人や職人に迷惑では?と考えたが、王族に絡めるのならと問題にはされないという。
「てか、ニナ。歩くのが辛いならちゃんと言えよ?馬車が嫌なら俺がおぶっていってやるから」
流石に王家の派手な馬車に乗るのは憚られたらしいティナ。そういった馬車に乗り慣れていたティナも、今の立場は十分に理解しているので当然のように断ったのだが、少々辛いようだ。着せ替え人形にして遊んでいたミックティルクたちも、やり過ぎたかと苦笑する。
「ありがとうございます、あなた様。でも大丈夫ですから。それにわたくしをおぶってなんて、重いでしょうし」
「いや、そんなに重くはなかったし。それにこのくらいの距離、あの三日間に比べたら何でもないから」
あの三日間とは、ティナが竜の姿から人の姿に戻って気を失っていた間の事だ。その間、トゥルースがティナをお姫様抱っこで足場の悪い峠を揺らさないよう慎重に進む事となった。あの辛い三日間に比べたら、ほぼ平坦で整備された道を背中におぶって行く事くらいはなんて事はない。
その時の事を思い出したティナが顔を真っ赤にしながらも、やはり限界だったらしくトゥルースの背中におぶさる事になった。
「すみません、あなた様。あまり歩き慣れてなくて……」
「気にするな、ニナ。また疲れて熱を出したら大変だしな」
これからも無理はするなよ、と背中のティナに声を掛けるトゥルース。
大切にされていたティナは、普段は王宮の中庭に出る事くらいしかしておらず、外へ出る際には殆どが馬車での移動だった。弟が大きくなってきてからは、その弟と一緒に乗馬を習うようになったが、それも数をこなす前に竜化の呪いにかかってしまったので、まだ馬に一人で乗るのは心許なかった。
何をするにも半人前のティナは、トゥルースの背中で落ち込んだ。思い返せば自分には得意な事が何もない。トゥルースに恩返しをと大きく出たのに、その方法が何も思い付かないのだ。今まで王宮内でのうのうと過ごしてきた代償なのかと項垂れるティナだった。
「そういえば、イエローナイトグリーンは例の大きな石も買い取ったらしいですね」
「ふむ、私の予想が外れたか。まあ、余所の店に流れてしまう事を考えれば、いくつも支店のあるザール商会なら押さえておくのは当然か。私の読みもまだまだだな。もっと勉強をせねば」
「でも、それは場数をこなせば自然と思い到るようになるのでは?」
今回は経験の少なさが判断を誤らせたのだろうと指摘するトゥルースだが、ミックティルクとしては不服のようだ。もう少し考えを深めれば、容易に結果を導き出せた筈であったのに、と。
「それにしてもニナは意外と体が弱いのだな」
「歩き慣れてなくて……お恥ずかしい限りです」
「うちのファーと同じかそれ以上かもな」
「ファーラエ様、ですか? そういえばファーラエ様が近くまでお見えだとか……」
「ああ、近くまで……いや、もう来ているかもな」
シマッタ!という顔をするミックティルク。すっかり着せ替え人形を堪能し過ぎてしまい、帰りが遅くなってしまったのを悔やむが、今となっては後の祭りだ。
「なぁ、ファーラエ様ってミック様の妹さんだっけ?」
「そうです、あなた様。第一王子、第二王子、第一王女、そして第三王子のミック様に続く第二王女のファーラエ様の事です。とても見目麗しく可愛らしい方だと。そしてその見た目通りに、性格も穏やかで素直な方だそうです」
背中のティナがトゥルースの疑問に声を小さくして答える、トゥルースの背中に形の良い胸を押し付けて。当然のように(?)一層前かがみになるトゥルースだったが、内緒話をする為に耳に口を近付けなければならないティナは更に胸を押し潰すように体をトゥルースに密着させるのだった。おいトゥルースそこ代われ。
「へぇ……第三王子っていうから、てっきりミック様は三人目だと思ってたけど、ミック様は王位継承第四位だったんだ。それとも男だけが先で第三位なのか?」
「いいえ。帝国は少し違って、次期王位……帝位は今行われている試政の結果で順位が決まるんです。候補者が十五才になると受けられる試政というものを行って、どれだけ国の為になる事が出来たかや、緊急時の対応が適切に出来るかを見られ、次期帝王として適しているかを見られると同時に順位を付けられるのです。わたくしが聞いている周囲の事前予想では、ミック様が一位を取るのではという話です」
「ええっ!! じゃあミック様が次期帝王になる可能性が高いって事!?」
「その可能性は高い、という話です。だからわたくしはあまり関わりたくはなかったのです」
確かに相手が実力主義の巨大国家の次期トップ候補となれば、身分不相応で関わりを持てばどんな災難が降り掛かるか考えが追い付かない。自分としては未だ駆け出しであるトゥルースにとっては、これまで順調過ぎてトラブル時の対処法が身には付いていないのだ。そんな状況で何か一つでも間違いが起きれば、その後どうなるのか想像が付かないトゥルース。
対してティナは、未だに王族と言えるのか分からない微妙な立場である上に、本来ここにいない筈の自分がいるという事実と、自らの呪いが世間を騒がせてしまうであろう事をどう考えても取り繕えない事に、危機感を感じていた。そんな状態で、ミックティルクからの求婚に応じれば王国の立場が無くなってしまうのは目に見えて明らかである。自分の呪い、その身を僻地に放り出した王国、そしてその呪いが解けたという事実。そのどれひとつを取っても大問題なのだ。
「兎に角、わたくしの呪いが世間に知られれば、只では済まない事を覚えておいていただきたいのです」
そう締め括るティナの言葉に同意して顔を引き締めるトゥルースだったが、そんな二人の様子をじっと見ていたミックティルクは目を細めた。もしかしたら今の話を聞かれていたかも知れないと顔を強張らすティナだったが、その張り詰めた雰囲気を壊したのは一匹の白猫だった。
「あれ? ミーアじゃないか。こんなところまで散歩か? それとも迎えに来てくれたのか?」
道の端でちょこんと座るミーアを見付けたトゥルースが声を掛けるが、当のミーアは声を掛けたトゥルースには目を向けず、その先の誰もいない道をじっと見ていた。
聞こえていないのかと思ったが、声を掛けた時にミーアの耳がピクピクと動いて尻尾を揺らしたところを見ると、ちゃんと声は届いているようだ。どうしたのだろうとトゥルースたちが足を止めた時だった。
「うに゛ゃーーー!」
突然ミーアが爪を立てながらトゥルースを目掛けて飛び掛かって来たのだ。えっ!?と後退りするトゥルースだったが、背中にはティナをおぶっているので素早くは動けない。ええっ!と固まる一同だったが、次の瞬間、目を疑う光景を目にするのだった。