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√トゥルース -043 第二ラウンド?



「ねえねえ、こっちの色が可愛いわよ~」

「いや、こっちの方が肌触りが良いから」

「それならこっちのだって負けてないわよ~?ほらぁ」

「いやいや、手の甲で触ってみろよ。こっちのはスベスベなんだぞ?」


 店内でちょっとした言い争いをするのは、毎度お馴染みとなったラナンとカーラだ。

 昼食を頂いた一行はエスぺリスとの雑談の後、再度店内で品定めに徘徊していたのだが、二人の目的の品がズラリと並んでいるのを見付けてからというもの、ああだこうだと議論(?)を続けていた。


「あの。普段は見えないので色に拘るのはあまり……」

「え~?でも色にまで拘った方が、もしもの時にドキッとさせられるじゃない~」

「いや、その……湿気で色が移っちゃうかも」

「ほら見ろ。だからこっちにしようと言っているんだ」

「それなのですが……そちらの生地ですと伸びないので、大きく作るか穿く時にとても苦労するか……工夫をしないと」


 ワイワイと騒ぐ二人にアドバイスするのは、付き添いのシャイニーとティナ。二人の手には真っさらな生地が。ラナンの手には淡い青色の綿生地が。そしてカーラの手には真っ白な絹の生地が。そう、昨夜の風呂で約束をしていた二人の下着を作る為の生地選びだ。


 ラナンの手中にあるカラフルな生地は柔らかくて多少伸び縮みする綿布。しかし色の付いたそれは汗等で濡れたり洗濯の際に他の衣類に色が移る可能性がある。この時代の染色は暫くの間、色移りするのが常識であったので、洗濯時は別洗いするのが普通であり、下着に使用するのは常識外れとされていた。

 服の内側が下着の形に色が染まっているなんて恥ずかしい話だ。それも今回作るのは今までに無い露出度を誇る(?)下着である、色が移っているのを見られたら恥ずかしすぎだ。


 そしてカーラの手にしていたのは丁寧に色を抜かれた真っ白な絹の高級布だった。話を聞いていたカーラが、これなら色移りの心配はないでしょ!と胸を張るが、その布は上級貴族が見栄を張る時にドレス等に使う高級な物だ、見えない所への贅沢が過ぎる。更に言えば、この布は伸縮性がほぼゼロなので、筒状が常識の下着にはあまり向かない。


「え~? そうなの? 残念~。可愛いのが良かったのに~」

「むぅ、細身の服を着ておいて中はブカブカでは、お洒落でも何でもないしな」


 ラナンとカーラが残念そうに唸るが、こういった一般常識はあまり知らないようだ。まあ知らなくても周りが与えてくれたり市販品を買う分には気にする事もないのだから仕方ないのだが。


「まあ、そう悲観する事もなかろう。色付きは諦めた方が良いじゃろうが装飾すればええじゃろうし、伸びなければ前や横で留めるようにすれば良い。まぁ、そんな派手で高そうな物を着ておる者を相手が好ましく思うのかはよう考えた方がええじゃろうがの」


 すっかり存在を忘れ去られていたフェマが、呆れた様な半目で脇から声を掛けると、二人は成る程!と手を打ちながらも、色々と想像したようで苦虫を噛み潰したような顔をした。何事もやり過ぎはいけない。やり過ぎれば相手の気を惹くどころか引かれてしまう。

 が、出資元(ミックティルク)はそれを許すだけの度量があった。


「良い、良い。思う存分にやって見るが良い。なに、色移りは初めに洗って色落ちさせておけば良いのだろ? 少し濃い色で作れば良いではないか。それに金の心配はしなくても良い。試政で行った事業がもう軌道に乗る頃であろうし、お前たちが身に付けだせば市井でも流行り出すだろう。そうすればまた新たな雇用が生まれる。午前中の試着で何やら店員たちが騒いでいたのはそれが原因なんだろう? 黙っていても何れは流行るようになるんじゃないか? であれば先取りすれば良い」


 堂々と女性服売り場で意見を出し合っていたミックティルクは、服を選んでいたティナやシャイニーの着替えの補助に入っていた店員が騒いでいたのを見ていて、昨夜の風呂での出来事や朝食時のやり取りと結び付けていたのだ。そしてそれを未来の国の繁栄の種として見る事の出来る目があると言えよう。



 そんな中、何の事か分からず首を傾げていたエスペリスに、事情を知っているらしい店員が耳打ちをする。フムフムと話を聞いたエスペリスが聞き終わった後に眉を顰めて再度首を傾げた。


「局所的に覆う露出の多い下着? はて。どこかで聞いたような話…… 商会の月報、でもないし、お客様から聞いた話、でもないし……」


 他の店員たちの様子から、そのどちらでもない事を考えると、さてどこで聞いたのやらと首を傾げるばかりだった。



「……ねえ、ルー君。下着に絹の布を使うのって……普通なの? ウチ、孤児院ではずっと麻で、ルー君に布を買って貰えて初めて木綿の布で下着を作れたんだけど……」

「いや、女性物は知らないけど、下着は綿が普通だと思うけど。ほら、ミック様もそんな感じで話をしてるし……」

「でも、ティナさんも絹を着た事がありそうな感じだったよ? もしかしてそれが普通なの? それとももしかしてティナさんって……」

「う~ん、貴族だったって話だから何着かは持ってたのかも……って、そんな話を男の俺にするなよ、ニー」


 声を顰めて話をするシャイニーとトゥルース。そうは言いつつも、シャイニーの指摘には自分も疑問を持つトゥルース。本当に貴族だったとしても只の貴族ではないのではと。そして、本当に?と首を傾げる。じゃあそれが嘘だったら?

 ブルブルと首を振ってその考えを止めたトゥルースは、未だカーラやラナンと生地選びに勤しむティナとフェマを見て、ふと思い出した。


「そういえばニナは普段着以外に正装は選んだのか? いつまでも侯国の服じゃあ悪目立ちするだろ。それとフェマは王都で夏服は揃えたけど、午前中は一緒に長袖の服を選んだのか? まだなら早く選ばないと知らないぞ?」


 北方へ向かう為に夏服から長袖に切り替える必要があるので、トゥルースの石加工の打合せと石の売買がてら、みんなで買い物へと来たのだが、それに合わせてティナには正装を用意するつもりでいたトゥルース。しかし普段着選びだけに時間を取られてしまい、まだ選んではいなかったティナ。

 更にフェマに至っては選ぶ素振りだけして、何一つ選んでいなかった。


「わしはええ。何も持っておらなんだ二人とは違うて、わしには今まで着ておったのがあるからの。浮いた金で食料を買えば良かろう。この店には美味そうな保存食がたんとあったぞ」

「何を言ってるんだよ。フェマの服も当然買い揃えるに決まってるだろ」

「いや、じゃからわしは既に着る物があるからええと言っておるんじゃ。態々買う事もあらせん」

「もしかして、今持っている服は何か思い出の品か何かなのか?」

「いや、そういう訳じゃあらせんが……勿体なかろう、まだ着れるのじゃぞ?」


 そう言われて出会った当時のフェマの姿を思い出すトゥルース。それは、一緒に住んでいたお婆さんのお古の服を仕立て直したような古臭くて暗い色合いの服であり野暮ったくあり、若い、幼女姿のフェマには全く似合ってはいなかった。しかし考えてみれば、それは恐らくお婆さんの形見のような物で、そう簡単に処分する訳にはいかない事は想像出来る。

 が。


「いやまあ、それもあるがの。単純に貧乏性なのじゃな、わしは。この(なり)じゃから大して稼ぐ事が出来ぬからの」


 老い先の短かそうな者を見付けては世話をしつつ、自然とお金を使わない方向へと傾倒していく事となったフェマ。居候の身としては長くそこに居られるようにそうしていたのだが、それを受け入れる(お婆さん)も口煩い身内の世話になったり残り僅かな蓄えを使って人を雇うよりかは遥かにマシなので、小さな奉仕人(フェマ)のやる事には口は挟む事はなかった。寧ろ世話をしてくれる上に話し相手になってくれ、散財を防いでくれるフェマを悪く思う者はいなかった。中には口の悪い爺様婆様もいたが、口を出した後は罰の悪そうな顔をしてフォローする事を忘れなかった。フェマからしたら可愛いものであった。


「どうしても残したければ残しても良いけど、そうでなければ新しいのを買って良いんだからな。今更遠慮は無しだぞ?」

「むぅ……まぁ、仕方ないの。あれらも随分と長く着ておったし、替え時かの。それにわしだけ薄汚い格好では坊に恥を掻かせてしまうしの」


 漸く諦めて購入の意思を示したフェマにやれやれと溜め息を吐くトゥルースだったが、その言葉を耳にした約三名の目が光り、ギュルンと首が回ってフェマとティナを捉えた。


「ほぅ、ニナの正装とフェマの服を失念していたな。どれ、私が選んでやろう」

「あら、ミック様~? やはりお洒落にという点であたしを外して貰っちゃ困りますよ~?」

「おいおい、ラナンに任せたら暴走するに決まってるだろう。ここはわたしもひとつ相談に乗るとしよう」


 そう、午前中の二人の服選び(着せ替え人形)に味を占めたミックティルク、ラナン、カーラの三人が再度服選びを手伝う(?)事を申し出たのだ。


「あ~、予算もあるんで程々に」

「えっ! あなた様はどちらに!?」

「三人が新しい服で俺だけお古じゃ締まらないから俺も一枚買ってくるよ。後でどれにしたのか見せてね。んじゃ」

「ええっ!? あなた様! ルース様ぁ!!」

「坊! わしらを売るのか!? 坊ぉぉぉぉう!!」


 プルプルと震えるシャイニーが見守る中、店内に虚しい声が響き渡ると共に第二ラウンドが始まるのだった。






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