√トゥルース -004 執事?
「……これしかないのかしら」
丸一日を掛けて到着した侯国の首都。その街の一角にあった衣料店であれでもないこれでもないと散々見た衣服の中から数点を試着し、漸く納得いく服を見つけ出したティナだったが、どこか不満の様だ。
「よく似合っているとは思うけどなぁ……」
「いいえ。フェマさんのような可愛らしいものでも無ければ、シャイニー様のような洗練されたものでもありません」
「いや、でもさ。周りを見ていると、みんなこんな感じだよ? 若い人も」
チラチラと店員の顔色を伺いながら、ティナを宥めるトゥルース。
「確かに二人の服と比べたらそうかも知れないけどさ、それには理由があるんだって。ティナも聞いてただろ? 年間を通して気温が低い上に、帝国や王国の流行はかなり遅れてしか入って来ないって」
「そう、ですが……はぁ、仕方ありません。あまり駄々を捏ねてあなた様を困らせては置いてきぼりにされてしまいそうですし、でなくても殿方の服を着続けさせられそうですし。これで手を打ちましょう。でも!」
「分かってるよ、帝国に入ったらもっと良さそうなのを買ってあげるから」
溜め息を吐いて諦めたティナに、トゥルースは苦笑で返した。
「あのっ! 少し宜しいでしょうか? その……お嬢様の身に付けていらっしゃる下着は王国で売っている物なんですか?」
試着に付いていた店員が、意を決してティナに聞いてきた。勿論、男のトゥルースにはなるべく聞こえないよう声を殺して。
「あら、この胸当ての事でしょうか? これは午前中に同行者に作って頂いた物ですよ。これは良い物ですね。まだ試作なので飾り気はありませんが」
ティナが隠す事なく答えると、店員は紹介して欲しいと食い付いてきた。その食い付き方に、横にいたトゥルースも驚く。
この日の午前中、ティナは宿でシャイニーに胸当てを作って貰っていた。材料は以前、シャイニーの衣類を王都のザール商会で買い揃えた時に、シャイニーが生地や裁縫道具を要求し持ち歩いていた物で、道中でも必要な物をシャイニーが作っていたのだ。
そもそもこの頃の大陸では、殆んどの女性は胸を布切れを巻いて対処しており、胸を圧迫するだけのものだった。また、貴族の令嬢等が身体に合わせた胸当てを作らせて身に付けてはいたが、今ティナが身に付けていたのはそれらとはまるで形の異なる物だった。
貴族の令嬢たちが身に付けている物は下着のシャツの延長のような形であったが、ティナのそれは胸を覆い形を整える為に作られた形だったのだ。胸を潰すように押さえ付けるのではなく、胸を守りながら持ち上げると言う発想。
シャイニーは初めての王都で、膨らみかけていた胸が服に擦れて痛かったので、ラバの乗馬訓練の合間に自分用のそれを作っていたのだが、今回はティナの美しく育った丸い膨らみの形が崩れないようにと形を工夫して作っていたのだった。牧場で作っていた時、ザール商会の護衛役サフランにも作ってあげたのはシャイニーにとって良い思い出だし、その時の経験が今回生きたのだ。ある程度の形は元服売場主任だったサフランと相談していたので考え方も方向性もある程度確立しており、試作もティナの身体を測った後は手早く作る事が出来たのだ。
流石にそれを作っている午前中、その場にトゥルースがいる訳ではなく、トゥルースは街を散策し情報を集めていた。だからこそこの店に入ったのだったが、この侯国でトップ3に入ると言われた店でも、ティナが気に入る服が無かった事が残念でならなかった。
そしてここにいないシャイニーは、形が確定した事でティナの胸当てを更に増やそうとフェマと共に宿で裁縫を続けていた。
新しくシャイニーの作った胸当てを身に付けたティナはと言えば、それまででも存在感を主張していた二つの山の間にあった谷間が深い深い渓谷へと姿を変え、更にそれを形作っている山の標高が潰れる事なく更に高くなっていた。またこれによって、横に広がって見えていた胸囲が細く見え、元々良かった姿勢も磨きがかかっていたのだ。
貴族の令嬢たちが身に付けている胸当てでさえ、只、胸を覆って守っているだけであったので、それを目にした店員にとっては未知との遭遇であった。
そこでの支払いを済ませたトゥルースは、食らい付いてくる店員を上手く躱したティナと店を出ると、ティナを宿に送り自分は再び出掛けた。ボチボチ換金しないと四人旅は何かと入り用なのだ。それにあのスペースでは女性モノの下着が散乱していて、男の居場所など無かったから当然と言えば当然だった。
「先ずはこの店で当たりを付けてみるか」
トゥルースは一人その店に踏み込むと、並んでいる宝石を見る。流石に首都だけあって品揃えは良さそうだが、特に目を惹く宝石は見当たらなかった。
「何かプレゼントをお求めでしょうか?」
見て回っていると、店員が一人、声を掛けてきた。
「あの、実は見てもらいたい石があるんですが……」
「石を、ですか? 分かりました、ではあちらへ」
ザール商会で買い揃えた服を着ていたのが良かったのか、対応は悪くない。勧められた椅子もフカフカの上物、両脇には周囲から見えないように衝立が立てられていた。完全な個室ではないが、その役目は確りと果たしてはいる……背中と声を覗いて、だが。
「では早速、石を拝見しましょう。ふむ……赤い石、ですか……ん? んん?」
店員が真実の出した一粒の石を見るが、店員は石を見るなり唸り出した。暫く唸っていた店員は別の店員に声を掛けて更に別の人を呼ぶ。どうやら鑑定眼に優れた人を呼んだようだ。直に白髪混じりの壮年の男が出てきて店長だと名乗ると、最初に対応していた店員から話を聞いて石を見る。
「むぅ……これは……暗幕と灯りを持ってきてくれないか?」
「あ、それなら俺が持ち歩いて……」
店長が指示したのをトゥルースが止め、荷物からから出そうとしたところを、後ろから声を掛けられた。
「ほぅ、これは珍しい。それはレッドナイトブルーではありませんか?」
「おお、こらはアン様。やはりこの石はレッドナイトブルーで?」
「恐らくそうでしょう。違いますかな?」
アンと呼ばれた白髪の男は普段から着ているのか、正装のような服を自然に着熟していて礼儀正しそうだ。そんな人が後ろから声なんて掛けるか? と思ったトゥルースだったが、それについてはすかさず謝罪があった。
「これは突然、失礼しました。あまりにも珍しく懐かしい物が目に入ったもので……お許しください」
流れる様なその謝罪に、当のトゥルースはそれまでの疑問も吹っ飛んでいた。いや、その気がある訳ではないが。
「アン様、申し訳ありませんが、お待ちいただけますか?」
「ええ、構いませんとも。そちらの方の方が先に見えられておりましたから。もしよろしければ私も同席させて頂けると嬉しいのですが……」
「えっ!? それは……」
この店の隠居でもないし、常連さんなのか? と相手がどんな人物なのか分からず戸惑っていたトゥルースだったが、アンが苦笑を漏らしながら再び頭を下げた。
「これはこれは、失礼をお重ねしてしまいましたな。私は侯爵家執事のセバス・アンと申します。決して怪しい者ではありませんのでご安心ください。後学の為と、良き石があれば主様にいち早くお知らせしなくてはいけませんからね」
「はぁ………………ええっ!? 侯爵家!?」