√トゥルース -041 遊び人ミック?
「あっ! 違った! 私の名はミック。遊び人ミックとは私の事だ!」
ばば~ん!とキメポーズを取るミックティルクだが、既に手遅れだ。というか、どこで覚えたのかそこを問い質したい。
「ミック様ぁ」「殿下……」
護衛たちやエスペリスが居たたまれなくなったのか顔を覆う一方で、ティナやシャイニーは目を白黒させる。
「何ですか? あれは」
「遊び人って……凄そう」
「何を言っているのよ。あれはミック様の冗談よ」
「でもでも~。流石はミック様よね。何をしても格好良いわ~」
そしてカーラとラナンは、流石はミックと通常運転で喜んでいた。
「ちょっと、ミック様。良いんですか?バラしちゃって」
「ああ、その、何だ。この男の言い分があまりにもお粗末でな。それが一番黙らせるのに良いと思った」
トゥルースの問い掛けに、やっちまったものは仕方ないだろう?と言い訳すらしようとしないミックティルク。清々しいが、本当にそれで良いのかは甚だ疑問だ。
「第三……王子だって? そんな馬鹿な! 確か第三王子は試政期間でまだ帝宮に籠っているんじゃ……」
「ああ、試政期間は早々に終わらせてきた。今は骨休めの為にお忍びでここに来ている」
「嘘、だろ? いや、しかしだからって。この石が値の付かない石だなんて事を証明する理由にはならないだろ!」
それでも悪あがきする売人の男。しかしたったこれだけの会話でかなり追い詰められているらしく、値が付かないなんて誰も言っていないのに自分で口を滑らしていた。
「ああ、そうだな。トゥルース、お前ならこの石にいくら付ける?」
「え?いやその、あまり他人の扱う石を評価したくないんですけど…… そうですね、うちなら規格外品として廃棄するか、砕いてからまともな部分だけを取り出して屑石として売るかな?でもこれだけヒビが無数に入っていると、まともな部分は殆んど取れないかも」
「……おい、出鱈目言ってんじゃねえぞ! ド素人の餓鬼が変色石の何を知っているってんだ!」
「ほう? 素人ね。こう見えてトゥルースは変色石のひとつ、レッドナイトブルーの売人なんだぞ?」
「なっ!?」
ミックティルクがさらっとバラしてしまったが、流石に王族を相手に批難する事の出来ないチキンハートなトゥルースも、相手の売人と同じような苦虫を噛み潰したような顔をする。無闇に敵を作りたくないトゥルースとしては顔も合わせたくなかったが、今となっては後の祭りだ。ミックティルクと同行してしまった事が運の尽きであった。
だが、その男の攻撃はトゥルースへと移る事に。
「テメェか! テメェが帝都で石を大量売却しやがったんか! テメェのせいでこっちまで石が暴落しちまったじゃねえか!」
「いや、その話は俺もさっき聞いたばかりで……」
今にも取っ組み掛かろうかという勢いの剣幕に圧されて一歩退くトゥルース。だが、帝都は通らずに王国から侯国を通って直接ここに着いた事を聞いていたミックティルクが首を傾げる。
「ん? 何だ、それは。初耳なんだが…… おい、オレチオ。聞いているか?」
「いえ、殿下。誰がどんな宝石を購入したかという話は把握していますが、流石に政治的な話になりにくい宝石の原石にまでは私は網を張っていませんので……」
中々怖い話をするオレチオだが、専門外なので知らないと言う。確かに身分不相応な宝石を購入するという事は、裏金の匂いがするので押さえておくには整合性があると言えばあるのだが。
「そうか。となると、そういった話はミアスキアの方が詳しいか。ミアスキア!……は走っているのか。間の悪い奴だな」
「殿下。その話は私どもの方にも今朝方届いております」
横から割って入るエスペリス。
彼女の話によると、数日前に帝都のある宝石店にレッドナイトブルーの売人が二人で訪れ、かなりの量の石をその一店にだけ卸したそうだ。それもかなり割安に。
その話が一気に帝都に知れ渡り、同業者が業販して貰おうと殺到したそうだが、当の石は僅かな数を残して忽然と姿を消したらしい。しかし実際に石の売買が行われたのは間違いないという話だった。
そんな話が知れ渡れば、同業者たちも同じように格安で仕入れたくなるのは必然で、高騰の一途を辿っていた原石の買い取り値が崩れてしまったのだ。
その波はこの町にまで波及してしまい、真偽の分からない中で今までのようには買い取れないと、トゥルースの持ち込んだ石は渋目の買い取り値になってしまっていたのだった。それでも王都のザール商会本店で売った値は確保出来たので、元手を割るような事はなく、最低限の儲けは出せたのだが、遠方に来てまであまり変わらない買い取り価格にあまり納得は出来ないトゥルースだった。
「それにしても、誰がそんな事を…… 俺が村を出る時には卸値の改訂があって、そんなに安くは出せない筈なんだけど……」
「そうなのか。となると、トゥルースは苦労しそうだな。益々、石を自ら加工して儲けを確保しないといけないのではないか?」
「う~ん、それも視野に入れる必要があるかも知れませんね……」
ミックティルクの指摘に同意するトゥルース。奇しくもその第一号である依頼をミックティルクから受けたばかりである。
「ったく、テメェじゃないからって、弛みすぎだろ! これだからレッドナイトブルーの売人は嫌いなんだ。採れる量が多い癖に屑石まで安く売りやがって…… こっちにまで影響があるんだぞ!」
「それは言いがかりだろ。こちらは一般の人にも石を楽しんで貰えるようにと屑石も出しているんだ。そちらの石の値段が上がらないのは、その石みたいに品質の悪い物まで正規品と同じ扱いをしようとして評判を落としているからだろ。それでも値段を維持できているのは単に希少性に依存しているからじゃないのか?」
言われっぱなしが癪に障ったトゥルースが言い返す。どれも正論だったのか、男はぐぬぬと歯軋りをして睨み付けた。
そもそもここで売り付けようとしていたのは紛れもなく低品質の物で、トゥルースの言う通りほぼ値の付かない粗悪品だった。それをエスペリスに大きさだけでマトモな値段で売り付けようとしていたのだ、悪質極まりないと言えよう。
しかもヒビ割れの入った石の方が高級だとミックティルク相手に口にしている。それが嘘であれば王族を相手に詐欺を働いた事になり、それが本当であれば帝王の正妻を相手に売人が詐欺を働いた事になる。どちらにしてもイエローナイトグリーンの売人が王族相手に喧嘩を売った形だ。
「主殿、連れてきたぜ?」
「おう、ご苦労。さて、お前は何という名だ?」
「……ヴォリウム・ラクスだ。オレをどうするつもりだ?」
売人の男ヴォリウムが、顔を顰めながらチラリと廊下に目をやる。そこにはミアスキアが連れてきたらしい官吏の姿が。流石に相手が王族では分が悪いし、そんな王族の目の前で交流のあるらしいトゥルースたちを罵ったところで、自分の立場を悪くするだけだと気が付いたらしく口を噤んだ。
「うむ。ではヴォリウム。お前は商材の石を売りにここに来た。間違いないな」
「……ああ。そうだ」
「では、その商談で思うような値で売れない事につい頭にきて声を荒げてしまった。そうだな」
「……ああ」
徐々に追い詰められていくヴォリウムだが、追い詰めていく側のミックティルクの様子が何かおかしい。皆が首を傾げていると、ニヤリとしたミックティルクがテーブルに手を突いて更に詰め寄っていく。
「だが、商談に出していたのはうっかり商品ではない不良品だった。それに気が付いたのはつい先程で、代わりの石を今から出すところだった。違ったか?」