√トゥルース -039 何処かで見た光景
「あれ? 何か騒がしいけど、何かあったのかな」
研磨台の改造とミックティルクからの依頼である石の荒加工の打ち合わせの後、石の商談を終えたトゥルースが渋めの顔で個室から出てくると、入った時は心地の良い喧噪だったのが何だか険悪なものに変わっていた。
「ちょっと。何かあったのですか?」
「あっ! 支店長~、助けてやってください。 買取りのお客様が一番偉い人を出せって……」
「……どんなお客様なの?」
「それが……宝石の持ち込みだというお話なんですが、高級な物だから下っ端には見せられないの一点張りで……」
顔を見合わせるエスぺリスとトゥルース。店内で買い物を楽しんでいるであろうミックティルクの身分がバレた訳ではなさそうでホッとする一方、高級な宝石の持ち込みと聞いて首を傾げる。
この大陸での変色石の地位はトップクラスであり、それを超える石はほぼ無いに等しい。その三大変色石のひとつであるレッドナイトブルーを取り扱ったばかりの二人にとって、それ程の石の持ち込みなのかと眉を顰める他ない。
分かりましたとエスぺリスが顔を引き締めて、そのお客の騒いでいるところに案内させる。
「お待たせしました、支店長のエスぺリスです。本日はどういった御用で?」
「どんだけ客を待たせるんだ、お前んとこは! オレが直ぐ呼べと言ってからどんだけ経ったと思ってるん……だ?」
「はぁ、申し訳ありません。ちょうど商談中でしたもので。ここではなんですので商談室の方へご案内いたします。お疲れのご様子ですのでお茶をお出しいたしますね」
そう宥めるエスぺリスに、素直に個室へと付いていく騒いでいた男の目はピッカピカに光り輝く彼女の頭に向いていた。初見の者には強烈な印象を残すだろう女性のスキンヘッドもこんな時には役に立つようで、今まで騒いでいたのが嘘のように押し黙っている。女の命とも言われる髪が無いのも、こういう時には武器になるらしい。
ここは自分の出番は無さそうだなと見送り、買い物を続けているであろうミックティルクたちを探す事にしたトゥルース。
買い物が終わっていれば、その請求書が商談室に届けられたであろうが、それがなかったという事は未だ服選びをしているのか、それとも別の買い物を楽しんでいるのか…… そう思いながら店内を見渡せば、直ぐに人だかりが見えた。たぶんあれだなと当りを付けてどんな様子かと見に行こうとしたところで、これだからあの石の売人は……と呟くのが聞こえた。
え?とそちらを見ると、似たような歳っぽい一人の女性がエスぺリスの後に付いていく男を見ていた。美人系で清楚な感じのティナとも、可愛い系で奥ゆかしい感じのシャイニーとも違う、勇ましくもありたおやかでもあるという対極的な雰囲気を身に纏ったような不思議な感じの女性だった。
その女性は小さな溜め息を吐いた後にトゥルースの視線に気付くと、プイと視線を切らしてそそくさとその場を後にしていった。その女性に気を惹かれたトゥルースが視線で追うと、どこか似た感じの年上らしい男に声を掛け、二人ともその場を離れ階下へと消えていった。
「……ルー君、タスケテ」
「あ、あなた様! どうかあなた様が決めてください」
既視感を感じつつも遠巻きに見ていた女性客たちを掻き分けて入っていくと、どこかゲッソリとした二人が垢抜けた服を着た姿でトゥルースに助けを求めてきた。傍らには未だ数種類の服を並べて、ああでもないこうでもないと吟味する嬉々としたミックティルクとカーラ、ラナンの姿が。
イケメンの選ぶ服を参考にしようと集まっていたらしい野次馬たちの中には、美女二人のファッションショーを眼福とばかりに魅入っている客もいるようだった。
「お? もう商談が終わったのか? トゥルース」
「……ええ。結構時間が掛かったんですが……まだやってたんですね」
「ん? まあな。二人に任せて私は見ているだけにしようとしたんだが、これが結構楽しくてな。私も少し手伝う事にしたんだ」
「そう、だったんですか。でももうお昼になるので、早く決めてしまわないと」
「む? もうそんな頃合いか。どうやら夢中になっていたようだな」
言いつつも反省の色は見られないミックティルク。まあ王族だしなと諦めつつ、選ばれた服の中から実用的な服を中心に選んでいくトゥルース。今回は長距離の移動が前提なので、派手すぎる物や露出のある物は除外した上で丈夫そうな物を選び出し、その中から二人に似合っている服と二人が着たい服を選んだ。その選択に納得するティナとシャイニーに対して、少々残念そうな表情のミックティルクとカーラ、ラナン。しかし、それでも自分たちの選んだ服の中から選択された事に納得はしたようだ。
「ふむ、移動に着る服だというのを失念していたな。確かにそういう目で見れば、これらは正しい選択と言えるな」
「う~ん。本当はもっと可愛い服を着て欲しいんだけど……仕方ないか~」
「だから言ったじゃない。ラナンの選ぶ服は可愛いらし過ぎるのよ」
「だからって、カーラさんの選ぶ服は可愛いのが少ないんだもん。女の子なら可愛くなくっちゃ。ね、ミック様」
「むぅ、わたしの選んだ服だって可愛いのばかりだった筈なのに。そうですよね、ミック様」
「はっはっはっは。二人とも中々良い選び方だったぞ。私の選んだ服など、二人には遠く及ばなかったからな」
最終的にトゥルースが選んだのは少し控え目なデザインの服ばかりだったが、三人の気分を害する事なくホッとするトゥルース。ティナやシャイニーは延々と続きそうだった着せ替えから解放されたとあって、既に服のセンスを問う程の気力は残っていなかった。
「あなた様の服はどうされるのですか?」
「ああ、勿論買い揃えて行くよ。でもそれはお昼を食べてからかな? エスぺリスさんが応接室にお昼を用意してくれたらしいから」
用意されているのなら仕方ないと、購入する服を店員に預け応接室へと案内を受ける一同。後ろを付いてくるティナやシャイニー、護衛の男性陣がやっと休めるとホッと一息吐く。その中で唯一平常運転だったのはレイビドのみだった。
「皆さん、まだ護衛は終わってませんよ。屋敷に戻るまで気を緩めないように」
「「へ~い」」
店員に案内された応接室は、さっきまでトゥルースが商談していた個室の直ぐ近くだった。商談用の個室より装飾された重厚な扉を開ける店員だったが、皆がいるその廊下に隣部屋から何やら穏やかではない叫び声が。
「む? 何やら揉め事か?」
「え、ええ。宝石の石の売り込みに見えたお客様なんですが、何やら気難しい方のようでして。その方に支店長が当たっておりますので、申し訳ありませんがそちらが終わるまでお相手は私が務めさせていただきます」
「そうか…… して、その石というのはどんな石なんだ?」
「それは……その……どうやら変色石らしく……」
案内の店員の言葉に、皆がえっと驚く。まさか変色石の持ち込みが重なるなんて!と。
それもトゥルースの持ち込んだレッドナイトブルーは三大変色石の中では最もポピュラーな石だ。そのレッドナイトブルーを売り歩けるのはバレット村出身者しかいない。
ベテラン勢は近場での売買はあまりせずに、より高く売れる遠くの国へと散らばっているので、初心者のトゥルース以外でこの比較的容易に来れる帝国に他の売人が来るとは思えない。
ではレッドナイトブルー以外の石が持ち込まれたと考えるのが自然の流れであった。そしてそれに興味を持った者が一人……
「よし! その石を見に行くとしよう」
装飾のない扉を見ながらニヤリとするミックティルクであった。