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√トゥルース -038 大きな支店



「ふむ、やはり人が多いな。昨夜の花火に集まった者たちがまだ残っているのだろう。だが私には誰も気付かないようだ」


 ミックティルクが周囲に目を向けながらラナン、カーラと共に街中を闊歩する。その前方にラッジールとミアスキアが周囲に目を光らせ最後尾をレイビドが付いていく。


「結構バレないものなんだなぁ。もしかしてあまり知られていない?」


 間に挟まれた形でミックティルクたちの後ろを付いて歩くトゥルースが呟くが、それを否定したのは意外にもティナだった。


「そんな事はありません。ミック様は帝国内では人気があって、顔の見られる祝賀会等ではかなりの人を集めると言われてます。巷では手のひら大の肖像画が大量に出回っているらしいと聞き及んでいる程ですから」

「えっ? 何それ。じゃあバレるのも時間の問題じゃないか」

「いえ、流石にあれだけ印象が変われば……」


 前を歩くミックティルクは、トゥルースたちが街中にあるザール商会に行く事になると、自分も一緒に行くと言い出した。流石に騒ぎになると家臣たちが止めに入った。お忍びで来ているので警備も手薄である、守りきれないと。

 しかし諦めなかったミックティルクは、化粧で見事に誤魔化していたシャイニーに目を付けた。今のミックティルクはほぼ別人の顔付きであった。


「まさか我が主がこれだけの警備だけで街を歩く事が出来ようとは…… それもこれもシャイニー様のおかげにございます」

「いえ、そんな事は……ウチがしたのは途中までで、違和感のないように仕上げたのは女中さんたちですから」


 後ろからのレイビドの言葉にシャイニーがプルプルと首を振る。実際ティナの顔で印象を変える化粧をするのは慣れてきていたが、男の顔、更に言えば王族の美男子を相手に化粧を施すなど、手が震えてまともに完達出来なかったのだ。半泣きだったシャイニーを助けたのは屋敷の女中たちであり、心底ホッとしたものだった。女中たちも普段は髪型を整えるくらいしか出来ない事もあって、思い掛けない出来事に歓喜の声を上げ自らの主人に対して大いに腕を奮ったので、かなりの完成度を誇っていたのだ。


「ご謙遜を。あのお顔で姿を現された時、我ながらどちら様だろうと真剣に悩んだ程でございます。女中たちも勉強になったと」

「い、いえ。ウチの方こそ、仕上げ方が勉強出来たうえ、街に出るのだからとお化粧をして貰って……」


 今日一日、化粧をせずに過ごすつもりだったものの、屋敷から出て街に行くとなると話が変わってくるシャイニーは、トラブル防止にと化粧を施されたのだ。いつもは全て自分で行う化粧だったが、今日は髪型も含めて女中たちが全て行ったので、いつもと少し雰囲気の違うシャイニーに、トゥルースはちょっとだけドキッとしていた。

 ティナも同じように化粧をしようかと話が持ち上がったが、既に誤魔化している手前、間違って元の顔に近付いてはいけないと、丁重に断っていた。勿体無い話だが、こればかりは仕方ない。相手は帝国の王族。間違いなく王国王女の容姿は伝わっているだろうから。


「ええ、ええ。お美しゅうございますよ、シャイニー様。勿論、ニナ様も。流石は我が主の選ばれた方々にございます」


 二人をべた褒めのレイビド。昨夜は声を上げたラッジールは勿論、皆が二人を否定するような空気の中、一人中立の立場を貫いていたのはレイビドだけだ。カーラやラナンもミックティルクが言う事だからと直ぐに気持ちを切り替えていたが、初めは良い顔をしていなかったのだ。

 そして言われた二人はと言えば、ビクッとしトゥルースの腕をひしっと掴む。捕って食われるわけではないのだが、王族という未知の生き物に狙われてビクビクとするシャイニー、そして自分の立場が曖昧であり公の場に立つ事に危機感を感じるティナの取る行動は、今現在一番安全と思われるトゥルースの隣という場所を必死に守ろうとするものだった。


「おい、わしは? わしにはその言葉はないのか?」







「うわっ! ここがそうなの? でっかいな~」


 王族の証である馬車を使う事が出来ないお忍び中のミックティルク以下一同は、街中散策を楽しみながら目的地であるザール商会へと辿り着いた。王都にある本店も結構な規模であったが、地方であるこの町の店は二階建てで横に広い大きな店だった。敷地面積は勿論、恐らく床面積も本店より広いだろう規模だ。そこに吸われては出てくる人の波も途切れる事はなく、人々の顔は明るくて満足そうなものばかりだった。


「ええ、帝国内でも規模としては三番目を誇ります。因みに一番目と二番目も我がザール商会ですね」

「全く。国外資本の商会が我が国で好き勝手してくれる。まあ国内の商会が不甲斐ないのがいけないのだがな」


 エスぺリスがトゥルースの呟きに反応して胸を張ると、それをミックティルクが冗談半分で咎める。傍から見れば王族からのクレームであり、ハラハラする内容だが、本人たちは慣れた感じが受け取れる事から、全く本気ではないのだろう。


「どうされます?殿下。応接室をご用意いたしますが……」

「いや。折角だから店内を見させて貰おう。こんな体験は王都では出来んからな」


 今回、身辺警護の為の兵士たちは屋敷に待機させた。折角変装したのに兵が付いていては身分が速攻でバレてしまうからだ。当然ながら兵士たちから反対され一悶着があってからの外出だ。今頃は屋敷の敷地内で悶々としながら予定外の訓練をしているだろう。


 店内は意外と明るかった。火の明かりも方々に灯されているが、建物中央に吹き抜けがあってそこから外の明かりを採っているようだ。入口を入って直ぐ左は生鮮食品が並んでいて主婦層が大勢目を光らせて吟味している様子が分かる。左には家具を含む日用品が所狭しと並んでいた。農機具等は屋外展示場があるらしい。そして正面奥には軽食コーナーが用意されており、その脇に小さな子供用の遊具が並んでいて子連れの若い父親たちが幼い子供を遊ばせていた。勿論買い物は女の仕事なのだろう。

 一同はそんな様子を横目に見ながら目的の二階へと上がっていく。二階には衣類や寝具、宝飾品等が並んでおり、更に奥には個別の商談室、応接室があるそうだ。

 トゥルースはその商談室の一室へとエスぺリスに案内されるが、その前にと財布からお金をいくらかティナとシャイニーに渡す。


「これで二人とも何点か服を。特に北に行くから温かそうな物を選ぶように。足りなかったら商談室に請求するように店員さんに言うように。あっ! そうだ。エスぺリスさん、これって利きますか?」


 トゥルースが思い出したように木札を取り出して見せる。王都で商会長のアガペーネに貰った木札で、ザール商会の本店だけでなく支店でもお得意様扱いして貰える物だ。だからと言って本当にどこの支店でも使えるのかどうかは試してないのでお伺いを立てたのだが……


「あら、やっぱりそうだったのね。会長と兄さんの署名入りの木札を持った変色石売りは特別待遇をって通達が来てたから、もしかしてと思っていたけど……」


 木札を見たエスぺリスが納得したと頷くと、近くにいた店員に一言二言指示をすると、その店員がティナたちに付く事になった。


「お支払いはトゥルース様が一括してされるようですので、お支払いは後程まとめてしていただければ良いようにしましたが、それでよろしいでしょうか。こうすればお二方は存分にお買い物をお楽しみいただけますが」

「あ、ありがとうございます。そうして貰えると助かります。あと、ニナがどうか分からないけど、ニーは服選びがまだ慣れてないと思うので見繕って貰えると良いのですが……」

「あ~、そういう話ならあたしたちが見てあげるわよ~? ね、カーラさん?」

「おい、勝手に決めるな、ラナン。わたしは人の服を選ぶほど服には精通してないぞ?」

「良いの良いの~。それにあれ(・・)を作って貰う為の材料も買って帰るんだから、早く二人の服を決めてそちらを選ばなくちゃ~」

「むぅ、そうだったな。あれ(・・)は是非欲しいからな」


 勝手に話が進んでいくが、同じ女性同士であれば楽しく買い物できるかと思うトゥルース。


「でも良いんですか?ミック様。お二人と一緒に回りたかったんじゃ……」

「良い、良い。いつもの事だ。こいつらが楽しんでいるのを見ているのも飽きないからな。それに加え、ニナやシャイニーの違う姿を見るのも楽しみだ。お前はお前の仕事をしてくるが良い」

「そう、ですか。じゃあ二人をよろしくお願いします。あ、そうだ。ニー、石の方の首飾りを貸してもらえるか?加工の打ち合わせに使いたい」

「あ、はい」


 こうして二手に分かれた一同。

 トゥルースは研磨台の改造と石の荒加工、それに原石の卸売の為の打ち合わせに。ミックティルクと女性陣は衣類売場へと向かうのだが、次に会った時のミックティルクを除いた護衛の者たち男性陣の顔が随分とやつれたものだった事は、それまでに何があったかを容易に想像できるものであった。






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