表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/120

√トゥルース -037 光る支店長



「いやあ、こんな頭で申し訳ありません。心労とかではなく、呪いっぽいのでご心配なく。ふふふ」

「相変わらず輝いているな、エスペリス」

「はい、おかげさまで……」


 ザール商会の支店長エスペリスがピッカピカに光る自分の頭を撫でながら笑う。その顔は完全に開き直った顔だが……長いまつげにつるっとした肌、細い肢体に慎ましいながらも自己主張する胸の膨らみ、そして細く澄んだ声……


「あら、ちょっと刺激が強すぎたかしら。初めてお目にかかった方々が……」

「無理も無かろう。女性(・・)で髪の無い者は殆どいないだろうからな」


 頭に置いていた手を頬に当て苦笑するエスペリスに、うんうんと同意するミックティルクだったが、何も困惑するのは初顔合わせのトゥルースたちだけではない。何度か会っているであろう屋敷の者たちもどう接して良いのか困惑していた。流石に女性の頭を笑い種にするのは気が引けるのだろう。

 しかし本人が笑いの種にしている以上、それに乗っかるのが礼儀だろうとはミックティルクの言い分だ。確かにそれも分かるが、初対面で容姿を笑うのは失礼にも程があるのではと思わざるを得ないトゥルースたち。対して屋敷の者たちは、単にまだ慣れていないからだった。

 その後、世間話をする一同。


「あら、じゃあ厩舎のラバたちは王都の本店(ザール商会)で?」

「はい、とてもよくしてくれました。俺が乗れるようになるまで面倒を見てくれただけでなく、馬具の買い替えにも良い提案をして貰って……」


 遺跡のある峠(一般的にはドゥラコゥ峠と呼ばれている事を後で知ったトゥルースたちだったが、正式にはスピティトゥドラコゥ峠と言うらしい)を怪我もなく踏破出来たのは悪路にも強いラバのおかげではとエスぺリスに言われたが、そもそもあの峠ではトゥルースが気を失っていたティナを揺らさないように抱いてラバに乗らず走破していたので全く参考にはならない。


「あら、そうだったの?折角のラバがいるのに歩いて来たなんて勿体ない…… でも若いラバだから経験させるにはちょうど良かったのかもね。ラバが足を踏み外すような事はなかったわよね? なら乗って移動してもたぶん大丈夫じゃないかしら」


 エスペリス曰く、あとは乗り手の熟練度次第だと……そこが一番問題なのだが。まあ、行くとすればあの時のように試しに踏み込んでみて、駄目そうなら引き返せば良いかと考えるのをやめるトゥルース。

 だがエスペリスを見ながら、う~んと首を捻るトゥルース。


「どうかしたんですか? あなた様。それにニー様も」


 ティナに声を掛けられて気が付いたのだが、シャイニーまで首を捻っていた。


「いや、エスペリスさんが誰かに似ているような…… ニーもか?」

「何となくだけど…… エスピーヌさんに似てるような? お名前も似ているし……」


 シャイニーの言葉にトゥルースだけがああそうかと納得した顔をするが、他の者たちは誰の事かと首を捻った。

 

「あら、あなたたちは兄さんを知っていたのね」

「えっ! エスピーヌさんがお兄さん?」

「やっぱり……」


  まさかエスピーヌの妹だったとはと驚くトゥルースと、どこか納得顔のシャイニーだった。




「ではお求めの品を見ていただきますが、用途に合いそうな物を二種類持ってきてましたので、それぞれをご覧いただき比べてください」


 エスぺリスがテーブルの上に二つの袋を載せる。ひとつは中くらいの鍋が入ったような大きさ、もうひとつはそれの二倍半くらい大きな物だ。

 エスペリスがそれぞれを広げていくが、小さい方は円盤が台に乗っただけの簡易的な物で直接手で回すタイプ、もうひとつは台を組み立てて革ベルトを掛けて足で間接的に回すタイプの研磨台だった。


「ご覧のように小さい方は持ち運びも出し入れも楽ですが、使うには手で回しながらなので両手を使う事が出来ません。これは大きな問題になると思います。対して大きい方は机型に組み立てて使うのですが、足を左右に動かす事で盤を回す事が出来るので両手を使う事が出来ます。その代わりに荷物が嵩張るという欠点が……」


 成る程、携帯性を優先するか、作業性を優先するかの選択になりそうだ。更に大きい方は組み立てにコツが要るようで出し入れに時間が掛かっていた。


「う~ん、俺としては小さい方でも良いんだけど、それだと回すのに手を取られてしまうのか……」


 実際に動かさせてもらい、感触を確かめるトゥルース。目いっぱい回しても、石を磨れるのはせいぜい二度程度。それに石の状態を良く見ながらの最終工程では回しながらだと集中できないだろう。かと言って大きい方では二人乗りするラバに載せるには大き過ぎるし、組み立てに時間を取られ過ぎる。組み立ては慣れれば短縮できようが、馬車ではない以上、荷物が嵩張るのはあまりよろしくない。


「あの。あなた様? わたくしが回しましょうか?」

「え?ティ……ニナが?でもこれ、回すのは結構大変だぞ?」

「いえ、作業をされるのは休憩や食事準備の時ですよね? わたくし、料理が出来ないのでその間は少々心苦しかったのです。少しでもあなた様のお役に立てるのなら」

「いや、そういうのはあまり気にしなくても良いんだけど…… それにニナの手でこれを回すのは……」

「いえ、やらせてください。このままではあなた様に恩をお返しするどころか、足手纏いにしかなってませんから」

「それこそ気にしなくても良いのに…… でもまあ、ニナがやってくれるって言うのなら手伝って貰うのも良いかもな。ちょっと試してみるか」


 二人で小さい方の研磨台の前に向かい合って床に座ると、トゥルースが研磨台の盤を回しだす。回り出す時が一番重いので、最初の一回しは男の役目だ。その後、石を持ったつもりになって研磨する時の体勢を取る。そして向かいに座ったティナが回転する盤の側面を手で弾いて回転に勢いを付ける。


「ええっと、こんな感じで良いのかしら……結構簡単に感じるのですが」

「そうですね……回転はもう少しだけ速い方が良いかも知れませんね、特に仕上げの時は。それと実際の作業時は盤の上に少しづつ水を垂らしながらになりますので、盤は濡れた状態になります。それに磨き時に力を入れると盤が失速しますので回す方は結構大変になると思いますよ」

「えっ? これより早く? それに水に濡れるのですか? それはちょっと大変かも」


 エスぺリスのアドバイスに衝撃を受けるティナ。実際の作業では盤を回しながら水を供給するのもサポート役のティナの仕事になるだろう。結構な重労働になりそうだ。更に……


「あっ! 痛っ!」

「え? ちょっ! ニナ、どうしたんだ? 手を見せて」


 ぺしぺしと盤を叩くように回していたティナが小さな悲鳴を上げて手を引っ込めた。慌ててティナの手を見ると、盤を叩いていた箇所が腫れるように赤くなっていただけではなく、薄らと切り傷が出来ていた。


「あちゃ~、怪我してる。痛いだろこれ」

「あ~、こりゃあかんの。仕事をせん者の手は柔すぎて、こういった事には向かん」

「ううっ。役立たずでごめんなさい……」


 項垂れるティナだが仕方なかろう。元王族、それも王女であったティナの手の皮は厚い筈がない。フェマが薬を取りに部屋へ行こうとしたが、ここは王族の屋敷内。直ぐに女中が薬を用意してくれた。


「う~ん、こうなるとやっぱり大きい方が良いか。でもそうすると荷物が大きくなるから馬かロバを買い足すしかなくなるか…… でもフェマじゃどちらも乗れないだろうし、ニナは?」

「乗れなくはありませんが、ちょっと苦手です。それに言ってみればわたくしなどの為に馬を買い足すなんて勿体ない……お安くはないんでしょ?」


 王族がロバを買うなんて事はまず無いので、トゥルースたちの乗るラバを馬の小さな種だと思っているティナ。もっと言えばラバの存在も知らなかったのだ。変な鳴き方をする耳の長い馬、そういう認識だった。それに王族が使うような馬はかなり高額である。実際の値段は知らないまでも大事にされている馬がお安くない事は直感的に知っているティナは馬の購入に難色を示した。

 対してトゥルースも、これから長距離の移動、それも酷道に挑もうかという今、慣れない馬やロバを買い足す事はあまりしたくない。出来るだけ慣れた状態での移動をしたいと考えていた。

 う~ん、と悩む一同だったが、ティナの手の治療を見ながらフェマが口を開く。


「のう、支店長。この台の改造は出来んか?補助を容易く出来るようにするのじゃ」

「え? 簡単な事であれば可能だと思いますが…… そのような案が思い浮かびません」

「それじゃがな、わしに案がある。書く物はあるかの」


 女中が持ってきた紙に簡単な絵を描いていくフェマ。まぁ子供の言う事だからと話半分で見ていたエスぺリスの顔がだんだんと真剣な物へと変わっていった。


「ふむふむ成る程、これなら部品点数も少なくて済みますし、大きい方の研磨台の部品を流用すれば製作時間も費用も少しで済みます。それに部品の大きさもそれ程大きくはならないでしょうから持ち運びも容易くなりそうですね」

「ほう? 有用なのか? エスぺリス」

「はい、殿下。実際に図面を引いて職人と打ち合わせしないといけませんが、全く不可能な話ではありません。急がせれば明日か明後日には出来るかも……」

「そうか。であれば頼む。それともう一つ頼みたい事がある。宝石職人に石の荒削りを頼みたいのだが……出来るか?」

「え? 石の、ですか? 殿下の依頼とあれば職人も応じて貰えると思いますが…… どのような石を?」


 エスぺリスが訝しむのをニヤリと返すミックティルクは、トゥルースに石を出させチラ見させるのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ