√トゥルース -036 安全を取るか早さか
「やめておけって……そんなにその道は酷いんですか?」
朝食が終わり、ミックティルクからのラヴラブアピールタイムが終わった後は、昨夜話をしかけていた北の目的地への酷道の詳細についてを聞いていた。昨夜は女性陣が湯浴みに行ってしまって何一つ話をしていなかったので一から説明をし直して貰ったのだが、触りだけ聞いて覚悟をしていたトゥルースでさえその道の危険度に閉口した。
「道もそうだけど、その周辺に住んでいる者どもがな……人目から離れて暮らすだけの理由がある世捨て人たちばかりって事だ」
「え? それは犯罪者ばかりとか?」
「いや。ちっとばかりは犯罪者も混じっているだろうけど、大半は呪い関係だ」
「その呪い持ちの者たち目的で、帝国の呪い研究の者が一人好き好んでそこに行っているがな」
「呪いの……研究者が?」
説明役を買って出たオレチオの言葉を補完するようにミックティルクも口添えする。呪いの研究は帝都の研究所で行われているが、深刻な呪い持ちが集まる辺境の地に研究の為に赴いている変人がいるという。
「何事もなくすんなりと行く事が出来れば、通常の遠回りの道がここからですと約四十日以上掛かるのに対して約三十日弱で行ける……のですが、先ずそんな事はないでしょう。そもそもそんな旨い話があればみんなが使っています。まぁ、使わない理由の半分はその呪い持ちの集落を通るのが気味悪いからでしょうが」
「で、もう半分が道の悪さによる危険度、って事ですか」
「そういう事です。命を懸けて通るつもりがあればどうぞ」
「……命懸け、ですか」
オレチオのキツい言葉に尻込みするトゥルース。確かに命が懸かれば遠回りしてでも安全を選ぶであろう。女性陣の意見を聞いて危険のある近道を通るかどうかを決めようと思っていたトゥルースは、今の話を聞いて日にちが掛かっても安全を取って遠回りする方に傾きかけていたのだが、そこにフェマが口を挟んだ。
「のう、その道は王国と侯国を結ぶ山道よりも険しいのか?」
それは竜から人の姿に戻ったティナをトゥルースが抱いて通った険しい道の事だ。確かに一度経験した道と比べれば、その険しさが分かるだろう。
「王国と侯国とを結ぶ山道?ああ、あの遺跡のある道ですか……そうですね……あの道と比べて道自体は似たような危険度かと。ただ、距離が長い分はこちらの方が危ないでしょうね。遺跡のある道は馬なら一日で通り抜けられる程度の距離でしたから。こちらはそれが延々と続くので、慣れない人は疲労が蓄積する上、点々とする呪いの者たちの住む集落があるせいで気の許せない状況が続きます。間違いなくお勧めは出来ません」
「……あの道と同程度って事ですか」
「いえ、平均すればまだマシなのですが、より危険な場所が点在しています。その辺りの話は通った事のあるミアスキアの方が詳しいでしょう」
オレチオの回答は経験ではなく、聞き伝えらしい。だが、その情報源は奇しくもミックティルクの部下であるミアスキアのものであった。だが、もう少し詳しく話を聞きたいと思うものの、そのミアスキアの姿が見当たらない。
「ああ、ミアスキアか。ちょっとお使いに出している。もうじき戻ってくるだろう……が、お前たち、もしや王国から直接侯国を通って来たのか?」
「ええ。その方が近道っぽかったので」
「ほぅ。私はてっきり南の隧道を通って侯国へと入った酔狂な者たちだと思っていたが……まさかあの道を通ってきた阿呆だとはな」
カッカッカッと愉快そうに笑うミックティルク。普通であれば、あんな道は通らない。通るのは余程の理由があってか、ただの阿呆か……そう馬鹿にしたような文言なのに、言われても腹が立たないのはその言い方が暖かいものだったから。阿呆は阿呆でも好ましい阿呆、愛すべき阿呆だと目が語っていたからだ。
「まあ、詳しい話はミアスキアが戻って来たら聞くと良い。が、何故そうまでして危険な道に挑もうとするんだ?」
「いや、別に好き好んでではないんです。しかし、どの道この面子なので、人の多い街道を通れば騒ぎに巻き込まれるどころか、その騒ぎを惹き起こし兼ねない。であればどちらを選んでも危険なのには変わりないかと。なので単純に早く着ける道にしようかと思ったんですが……」
駄目ですか?と、立てなくても良いお伺いを立てるトゥルース。駄目ではないが事故の危険が高くなるので止めておけと、止める方としては強く出たいところだが、そこは自己責任での選択となるのでそれ以上は言えないのだ。
「成る程、道が危険か、人が危険か、か。それも一理あるな。そこまで言うのならミアスキアによく話を聞いてから決めると良い」
「ん?おれがどうしたんです?主殿」
そこにお使いから帰ってきたのであろうミアスキアがひょこっと顔を出した。
「主殿、在庫があるから直ぐに持参するって。あの商会ならありそうだと思ってたけど、やっぱりってところだ」
「ほう、それは良かった。無ければトゥルースたちに出発を後らせてもらうところだった」
「俺たちの?それって……」
ミアスキアとミックティルクの会話に突然自分たちの行動に制限が掛かるような話が出てきた事に首を捻るトゥルース。
「ん?何を言っている。昨夜話しただろう。石を加工する機械を用意すると。もしや忘れた訳ではないだろうな」
「あっ! そうでした。石を加工するのは覚えてましたけど、その為の研磨台の話をすっかり忘れてました」
そもそも人からの依頼で石を加工するなんて事は考えていなかったトゥルース。ベテランのバレット村出身者でも、そのような事をするのはほんの一握りの者だけと聞いていたが、まさか素人の自分が……と戸惑いを隠せない。加えてその加工用の機械を買い与えて貰えるなど、そんな旨い話はそうそう転がっている訳がないのだ。
「おいおい、良い道具がなければ良い物は出来ないぞ?それにあまりのんびりしてもらっても困るしな」
「それは分かりますけど、本格的には初めてなのでどのくらいで出来るかは分かりませんよ?」
「まぁ出来なければ出来ないで、用事が終わって帝都に来た時に職人のところでやって貰えれば良い」
当然帝都に、それも宮廷に立ち寄る事が確定事項のように言われ、すっかり怖じ気付くトゥルース。出来れば外で受け渡しして終わりにしたいところだが、そうは問屋が卸さない。
「勿論、帝都では今以上のもてなしをしてやりたいところだが、まあ大して変わらん。今日みたいな普段着のまま気楽に立ち寄ってくれて構わない」
正装の服はトゥルース、シャイニー共に一枚づつしか用意してない。正装とは言え、続けて同じ服を着るのも失礼とはいかないまでも印象が悪いし、正装など堅苦しいからとミックティルクたちも普段着を勧めた。そもそも正装なのはトゥルースとシャイニーの二人だけで、侯国内では正装扱いされるティナの服も見方によっては普段着である。フェマに至っては完全に普段着だ。それに制服姿の女中たちを除き、他の者はそれぞれ自由な服装であった。いつもピシッとした服のレイビドやオレチオは好んでそれを着ているのでノーカンである。事実、ミックティルク自身も一般的ではない高級な服を着ているが、それ自体は正装ではなく普段着であった。ある意味、浮いていたのはトゥルースとシャイニーであったのだ。
だからと言って招かれる帝都の屋敷と言えば紛れもなく王族の住まう宮廷であろう。そんなところに平民の着る普段着では流石に拙い事は容易に想像できる。加工した石を届ける為に必ず立ち寄らなくてはならないので頭を悩ませるトゥルースだが、結局それは先送りしてその時に考える事にした。
話のついでに石の形状についてアレンジ等の希望がないかを聞いていると、先程ミアスキアが呼びに行っていた商会の者が来たと女中が知らせに来た。ミックティルクはその商人をここに案内するように促すと、暫くして身形の整った壮年の男性が入って来た。
「いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます、殿下。ああ、まだお食事中でしたか?少々早過ぎたようですね」
「いや、今は食後の休憩中だったから気にするな。それに毎度無理を聞いて貰っているのはこちらだからな。今回も少し無理を言うが、許せ」
「いえ、御用聞きも私たちの立派な仕事ですので、どうかお気になさらず。それで、そちらの方たちは?」
ミックティルクとその商人が挨拶を交わした後、トゥルースたちに目を向ける。
「ああ、この者に持ってきて貰った道具を使わせる事になってな。紹介しよう、トゥルースにニナ、シャイニー、フェマだ。そしてこっちはザール商会のエスペリス。この町、クルアナトリの支店長だ」
「支店長のエスペリスです。よろしくお願いします」
えっ!?と驚くトゥルースとシャイニーだったが、四人の……いや、その場にいた殆んどの者たちの目はエスペスの頭部に。ああ気になりますか?とペチペチ叩くエスペリスの頭はテッカテカの無毛だった。