√トゥルース -035 ロリコン、ですか?
「ふ~む。成る程この味付けなら、本来の目的である素材の善し悪しが分かりやすい、か」
ほぼ空になった皿を前に、ミックティルクが腕組みをして唸る。昨夜はミックティルク同様、残しながら食べていたラナンやカーラも、ほぼ完食していた。
「確かに朝から濃い味、重い食材ばかりでは食が進まなかったのもあるよね」
「ね~。いくら宮廷の料理に慣れろったって、朝からお肉の塊とか脂まみれの野菜を出されても、お腹が受け付けてくれないから、そんなに食べられなかったよね~」
「そうそう。夜を減らして朝に確り食べた方が太らないってのも分かるんだけど……だからって朝からあれじゃあね」
朝から濃い味付けのステーキ肉を出されても、全く胃が受け付けなかったと言うラナンとカーラが仲良く愚痴る。
「でもでも~。これ、二人が口添えしたんでしょ? ホント信じらんな~い」
「厨房に入って手伝っていたって言っていたわよね。そんな事までしなくても良いのに……」
そんな二人の言葉に、シャイニーがプルプルと首を横に振って否定する。
「ウチは大変そうだったから手伝っただけで、味付けはフェマちゃんの口添えだから!」
「そう謙遜せんでも良かろう。嬢も味見して意見をしておったろ?」
孤児院ではほぼ一人で料理をしていたシャイニーにとって戦場の如き忙しさを見せていた厨房内を手伝うのは当然であり、そこには昨夜の失態を埋めようという心理も働いての行動であった。当たり前の事を当たり前のようにしだけだという感覚が王族や周辺の者に分かって貰えない歯痒さに困惑するシャイニーだった。
対して、流石は王子に付く料理人。二人のちょっとしたアドバイスを受けただけで次々へとアレンジを広げていった。中には素材そのままで急遽調理方法をガラリと変えてしまった料理も。高級な調味料を贅沢に、潤沢に使用するのが宮廷料理……ではないと目覚めた形だ。加えて量にも気を配った。収穫物の出来を見る目的があるので、使用する材料の種類は変えずに量を少な目に調整した訳だが、見た目も大事だからと一皿ひと皿に意味を持たすよう二人が料理人たちに提案していったのだ。どんなに美味しい料理でも、残すようなら次の料理への期待が減って食欲も失せてしまう。ちょっと足りないくらいが良い。それが二人の持論であり、旅を続けている者の常識でもあった。
「ほぉ、シャイニーではなく、フェマがか。面白い。料理は誰から習ったんだ?」
詳しい話を聞いている筈のミックティルクが、さも今初めて聞いたと言わんばかりの口調でフェマに問う。対するフェマも、既に厨房での出来事が伝わっている事を分かっていてそれに応じた。
「ああ、一緒に暮らしておった婆さまたちにじゃな」
嘘ではない。過去、何人もの老女から指南を受けているフェマ。つけこむという言い方が合っているのかは分からないが、子離れし夫を亡くして独り身の老女の元に転がり込むのはその姿では容易であった為、何度も使った手だ。転がり込まれた方の老女も、そんな一人身の幼女を放っておける訳がなく我が孫の様に可愛がってくれたものだ。流石に十五歳を超えた姿であった頃はそんな真似は出来なかった為、普通に就職していたものだが、老いるどころか若返っていく事に不審がられ、長く続く事はなかったのは苦い思い出だ。
「成る程。確かにこのような味付けは若い者には難しいかもな。だが親ではなく祖母にか。親は……亡くしたのか?」
「親などとうにおらん。でなければこうして旅などしておらんわ」
当初の幼女らしいぶりっ子は、トゥルースたちとの会話を聞かれて早々に止めてしまった。幼女面をするとトゥルースたちが気持ち悪がったのもあるのだが、あの口調は疲れるのだ、精神的に。主に作者が。
「ふむ……その歳で料理人を超える知識と舌。良いな。どうだ、フェマ。お前も私に仕えんか? 宮廷の料理人として大成出来るかも知れんぞ?」
「断る! そんなのは面倒でしかないわ。誰がこんな餓鬼の言う事を聞くものか。今回は王子の客人だからと持ち上げられたに過ぎんじゃろ。くだらん争いに巻き込まれるのはご免じゃ」
「む、そうか。確かに年下から指示を受けるのを善しとしない者は多いからな。だが、私専属であればそのような事にはさせんぞ?それともニナやシャイニーと一緒に私の側室候補が良かったか?」
はぁぁぁ!?とミックティルクの言葉にその場の者たちみんなが声を出した。まさかの提案であった。いや、それある意味プロポーズであって、しかも相手は(歳を大幅に誤魔化し……いや伏せているが)幼女である。まさかの第三王子ロリコン疑惑勃発だ。
「ちょっ! ミック様ぁ!? いくらなんでも出生もハッキリしないこんな餓鬼んちょを娶るだなんて! オレは絶対反対ですよ!!」
「今回ばかりはラッジールの言う通りです、殿下! いくら何でも冗談が過ぎますよ!?」
ラッジールに続いてオレチオも珍しく声を荒げた。カーラやラナン、トゥルースたちに至っては口をパクパクさせるも声になっていなかった程だ。
「別に冗談等は言ってない。私に向かってこうも堂々と最初から意見を言える者など今までいなかったし、子供とは思えない内容だ。宮廷に仕える機会を与えられて歓ぶ者は多いが、それを断るだけでなくその理由が言われてみれば的を得たものだ。その歳で宮廷の内情を懸念するなんて、普通は先ず思い付かないだろうに、大したものだ……歳?」
そんな風にフェマを気に入ってしまった理由を口にするミックティルクだったが、ふと何かを考え込みだした。対してそれを見ていたトゥルースたちはだっと汗を掻く。フェマの本当の歳など口には出せない。
するとミックティルクはテーブルの上を見ていた顔を上げてフェマを見据えた。
「そう、だな。フェマの意見は大人びている。いや、完全に子供の域を出ている。一般の者ならそんな理由で断るなんて先ず聞いた事がない。フェマ、お前は本当のところ歳はいくつなんだ?」
「……女性に歳を聞くなど、失礼にも程がある。とはいえ、王族に聞かれては仕方ない。想像の通り、見た目の歳ではないとだけ答えておこう」
「……そうか。お前たちは全員呪い持ちだという話だったな。ではこれ以上問い質すのは止めておいた方が良さそうだな」
「そういう事じゃ。話が早くて助かるの」
ハラハラするトゥルースとシャイニー。そして見た目=年齢ではない事を初めて知ったティナが目を剥いてフェマを見る。
「そう、だったのですか? フェマさん。確かに歳相応とは言えない言動や知識、行動……思い当たる事は多かったのですが……」
「(ティナ嬢にはまた何れ話す機会があれば話そう。じゃが今は我慢せい。わしもお主にはきちんと話さねばならぬとは思っておるが、今はまだその時ではない)」
今度は地獄耳のミックティルクにも聞こえないようにこそこそとティナに耳打ちするフェマ。自分の話をするには過去の竜の話もしなければならない。今話せばショックを受けて再度倒れ兼ねない。先日疲れでダウンしたばかりのティナにはまだ荷が重いと、話すのを先送りとした。
「しかし、その姿では旅を続けるのもしんどかろう。私の元にいれば安寧の地と出来るだろう。どうだ?」
「くどい! わしにその気はない! これだから王族というものは…… それにわしを囲っても何も良い事は無かろう」
「そんな事は無いぞ? 先ず濃い味一辺倒だった料理に幅が出よう。それに……」
それまで余裕な態度でいたミックティルクが、すっと真剣な顔付きに変わった。
「それに媚入ってくる糞な貴族や宮廷の中にも敵は多い。少しでも宮廷の考えの分かる者が近くに欲しいのだ。だからこそ、それを嫌がったフェマ、それに私たち兄弟を危険だと言ったニナ、私はお前たちが欲しい」
そこに孤児院出身のシャイニーは入ってない。孤児院から殆んど出た事が無かったシャイニーに、宮廷の中の事など想像すら出来る訳がない。が、ミックティルクは勿論シャイニーもだ、と言う。
昨日とは違い、今日は顔に化粧を施してはいないシャイニー。本当の素顔を見て貰ってミックティルクからの求婚を覆して貰おうという淡い期待を持ってだったが、女中の言う通りミックティルクには関係なさそうだ。逆に月夜が楽しみだとまで言われてしまい、慌てて赤くなった顔を伸ばした髪で隠す羽目になったのだった。
「まあ、これ以上無理強いする気はないが、私が本気だという事は分かって欲しい。勿論、お前たちの魅力に惹かれての申し出である事に間違いはないぞ」
いつの間にか第三王子を相手にモテモテになってしまった女性陣に、朝から何とも言えないもやっとした感情を持つ事になってしまったトゥルースだった。