√真実 -002 胡散臭い男って!?
「どうしたんだ? あれ」
午後からの勉強会にやって来た秦石智樹が、いつものリビングの片隅で背中を向けて丸くなっている綾乃を親指で指しながら真実に問い掛ける。
「あ~、道場でね。俺たちの事がバレちゃって……それからずっとあの調子で……」
「ふぅん、結構バレるの早かったんだな」
「いやぁ、師範の奥さんがバラしちゃったんだ。俺たちは何も言わなかったんだけど」
「ああ、例の真実が庇ったっていう?」
「うん、そう。あの人、あんまり内緒にしていられない人でね? あっさりと、ね」
苦笑を深める真実。まあ、真実本人を含めて周りの人間は皆、嘘も隠し事も下手ではあった。そのお陰で瑞穂が妊娠した事を早々に知る事が出来たからこそ、瑞穂のピンチに駆け付ける事が出来たのだけども。
「でもよ、何でそんなに落ち込んでいるんだよ?」
智樹と一緒にリビングに入ってきた布田祐二が首を捻る。
「う~ん、人見知りの激しい光輝がまさか男と付き合い始めるだなんて思ってもみなかったような話はしていたけど、それだけじゃないような……」
「あ~、普段のクロからは男と付き合うだなんて想像出来ないもんな。でもよ、それ以外に何がある?」
「それ以外にって、仲間外れにされてたからじゃない?」
「仲間外れって……小学生じゃあるまいし……」
「でなければ、教えて貰ってなかったからじゃない? いつも一緒にいたんだからさ」
祐二と議論するのは和多野華子。ここ最近はこの六人~修学旅行で同じ班になったメンバー~で午後から勉強会を開いて、夏休みの宿題の他に高校受験の為の勉強もする様になったのだ。真実の怪我のせいで一時期は中止していたのだが。しかもその中止期間に真実と光輝がくっついたのだ、何も知らなかった綾乃は内心穏やかではない。
「……黙っててごめんなさい、あやのちゃん」
「……っ! 違っ!」
「違うって、何が違うの?」
光輝が謝ると、それを否定する綾乃。しかし、膝をついて近付けた光輝の手を払ってしまい、シマッタ! という顔をしたのを華子がしゃがんで背中をポンポンとし窘めつつも、声を落とし女だけで話をしようとする。女の内心はおいそれと男に知られてはいけないのだ。
「……しいの」
「は?」
「悔しいって言ってんの!」
「悔しいって、何が?」
しかし、綾乃は徐々にヒートアップしてしまい、声が大きくなっていく。
「その事にあたしだけ気付かなかった事が!」
祐二や華子も既に知っていた事は、今までの会話から窺い知る事が出来た。その事からも悔しさが益々膨れ上がっていく。
そして吐き出すように口から零れてくる言葉。もうこうなっては止まらない。
「あたし、今まで誰とも仲良く出来なかったじゃない。それが飛弾に助けて貰ってから、こうしてみんなと仲良くなれてさ! 元々飛弾も光輝もあたしと同じく友達が少なかったから、誰からも人気のある秦石君が近くにいない時は飛弾は一人だからさ、飛弾に助けて貰ったお礼を、光輝と一緒にしていけたらなって思ってて。一緒にいれば飛弾も寂しくないかなって。なのに飛弾と光輝が付き合い始めちゃったなんて気付かなくて……あたしお邪魔虫じゃないさ! 三人で仲良くって思っていたのに……あたし、また一人になっちゃう……あ、そうか。あたし、悔しかったんじゃない。寂しかったんだ!」
口にして初めて気付く事もある。それに気付いてしまった綾乃は益々落ち込んだ。
が、空気を読めない祐二が、あ、そうか! と思い付いたように口にした。
「あ~、もしかしてチゲってさ、マサに惚れかけてたんじゃないのか? だから振られたように思って……」
「なっ! そんな訳!! そんな訳……そんな訳は無いと思う……けど……」
否定しようとして声が小さくなっていく綾乃。益々自分が分からなくなっているようで、声が小さくなり自問自答する。
「あたし、もしかしたら飛弾に助けられて少し良いかなと思っていたのかも。今まで誰にも相手にされなくて……でも飛弾は助けてくれた。だから、もしかしたら飛弾に惹かれ始めていたのかも知れない……知れないけど、友達としてなのかも知れない……どっちなんだか、自分でもよく分からない……あたしはどうしてこんなにも悔しくて悲しくて寂しかったんだろう……」
頭を抱える綾乃の姿に、みんな顔を見合わせた。流石に茶化したり見過ごす事は出来ない雰囲気だ。
「そんなに思い詰めるなよ、な、アヤノ。別に友達を止める訳じゃないし、な?」
「華子ぉ! カレシのいない者同士、仲良くしようね!」
「えっ!? いや、そのぉ……」
背中に手を回していた華子が励ましてきた事で、綾乃が華子に縋り付いたのだが、当の綾乃は目を逸らして頬を掻く。
「ええっ!? 付き合っているぅ!? 布田君と!? マヂで!?」
「……うん。マヂで」
「やっぱりあたし、一人だけお一人様なんだ!」
わあっとその場で泣き出す綾乃。付き合っていた事がバレるタイミングが悪すぎた。寝耳に水、泣きっ面に蜂である。
確かにここ最近、華子は感じが変わった。少し丸くなったように思う。思い返せばその兆候はあったのだ。益々疎外感が増していく。
が、更に爆弾を落とす祐二。今まで空気を読まない役は華子であったのだが……一緒にいる事で移ったのだろう。
「んじゃさ、トモと付き合えば良いんじゃね? トモもカノジョいないんだろ?」
「冗談は止めてよ! 好みじゃないのよね。何か胡散臭いのよ、秦石君は。誰にでも好かれるところとかさ」
自分とは正反対な存在である智樹を良くは思ってなかった様だ。そもそも恋愛とは人に言われてするものではないし。
顔を背けた綾乃を見て、真実や祐二に口をへの字にした顔を向け、肩を竦める智樹。何気に酷い事を言われてはいるが、特には気にしていないようだ。
「俺としては、綾乃とは今まで通りでいたいと思ってるんだけど……それでは駄目なのか?」
「……駄目、じゃない……けど……」
自分の気落ちに今気付いた上、当の本人に聞かれてしまって居心地が良くない綾乃。何の罰ゲーム!? とかましてくる余裕すらない程、顔を赤くさせていた。
「俺、綾乃を嫌いになった訳でも何でもないんだけどなぁ……」
「そっ! そういう事言う!? なによ! 飛弾の癖に!! 生意気!!! まるで秦石君みたいじゃない! いつから飛弾はそんな女ったらしな奴になったの!? 秦石君と一緒にいる様になって移ったの!? そうなの!?」
「……おいおい、人の事を病原菌みたいに……」
「秦石君は黙ってて!!」
「お、おう……」
キッと睨む綾乃に、流石の智樹もたじたじだ。コクコクと頷く智樹。
「俺は綾乃が心の内を打ち明けてくれたから、同じように打ち明けたんだ。智樹は関係ないよ。それよりやっといつもの綾乃に戻ったよな。やっぱり綾乃はそうでなくちゃな」
「なっ!! またそういう事を……う゛~、もういい!! 考えるのやめた! いつも通りでいく! てか、もう遠慮なんてしないから! 覚悟してなさいよ、飛弾!!」
「うえ゛!? 遠慮しないって……少しは遠慮して貰えると……」
「やかましい! あたしがそう決めたの! 文句ある!?」
「い、いえ……アリマセン」
「光輝もっ! 今まで通りに接してくれなきゃ嫌だからねっ!!」
「ふぁっ!? う、うん。あやのちゃん」
ビシッと指を突き立てられてたじたじになる真実と光輝だった。
因みに今日一番の被害者は綾乃ではなく、胡散臭い男認定された智樹だろう。イケメンざまぁ。