√真実 -015 お堅そうな人の訪問
「えっ!? 香奈さん、マジでバイト始めたの!?」
週の明けた月曜日、そんな声が道場に響き渡った。この時間帯では唯一の男の生徒である真実だ。比較的生徒の少ない朝一の時間帯を狙って稽古に来ているのだが、夏休み中はそれでもそれなりに人がいたので自然と視線が集まる事となった。
「そう。今日も11時半からシフトに入ってるから、その前に軽く汗をと思ってね」
「え? それ、大丈夫? ミサさんを見てる限り、そんな余裕はないと思うんだけど」
「あ、大丈夫ダイジョ~ブ♪ 昨日と一昨日の忙しい時間に入ったけど何とかなったし、もうピークは過ぎているって言うしね」
香奈の返答に、ん? と首を傾げる真実たち。ピークは過ぎているのなら金曜日に見たミサの疲れ果てた姿は何だったのだ? と。
が、それは簡単な話だ。お盆を過ぎれば暑さも幾分か和らいでかき氷の売り上げは幾分か落ち着くのだが、それまでの疲れが溜まり溜まって一晩では回復出来ていなかったのだ。それに加えて休めないという精神的なモノも影響していたのだろう。
聞けば土曜日には随分と晴れやかな顔で仕事をするミサの姿があったそうだから、金曜日のカレー祭りで気分転換出来たのだろうと思われる。それにあと一週間で中高生の夏休みが終わるので、先が見えてきたというのもあるのかも知れない。
香奈は香奈でガッツリと働く予定はなく、夏休み中はAM11時半からPM3時半までの四時間を、夏休み明けも土日の同じ時間帯に入る予定をしていた。ランチタイムの忙しい時間帯に入る形だ。
「えっ!? ちょっと待って。金曜に話していて土曜にはもうアルバイトに?」
「あ~、面接に行ったら直ぐに入ってくれって。いきなりでびっくりしたけど、結構面白かったわよ」
面接に行っていきなりその場で働いてくれとは、何ともブラックな話である。しかも相手は高一のバイト未経験者。普通であれば教育してからの実地であろうが、それをすっ飛ばしての採用、即実戦であった。勿論、最初の三組程はミサが手本を見せ、その後三組程を店長が後ろに付いてミスがないか見ていたが、問題はないと判断されたのだ。
そもそも初バイトでそこまで対応して見せたのには理由がある。伊達にスペシャルなフラッペを短期間で何度も食べに来ていた訳ではない。注文後の待ち時間にメニュー表を隈なく見たり、バイト中のミサたちを観察したりと時間を有効活用していたのだ。加えてスマホでメニュー表を撮ってフォトアプに載せたりしていた為、結果的に注文も間違える事なく受ける事が出来ていたのだった。
「店長には今度試作品を試食させてもらえるよう頼んでおいたし、もう天職って感じ♪」
「はぁ……それは何よりで」
あれ程ミサが疲弊していたのを見て心配していたのに、と何だかガックリ気が抜ける真実。まあ人には合う合わないがあるからなと結論付けて話を終わらせ、稽古に入る。
大怪我を負ってからもう三週間以上が経ち、ある程度激しく動いても痛む事はなくなっていた真実。勿論包帯は随分と前に外されているが、打撲となっていたところにはまだ塗薬が必要であった。
本人は触っても痛くなくなっていたのでもう完治でも良いんじゃね? と思っていたが、前回受診した時に痛くなかった筈の腰を掴まれた時に傷みが走った。どうやら自分ては無意識の内に痛くないように触っていたようだ。それもあって真実は自らの稽古は程々にして、初心者を含む女子たちの指導をするようにしていた。
ところがこの日、女子たちの指導をする事は出来なかった。道場に来客があったのだ。
「おまーりさん、そんな格好で道場に来るなんて珍しいね」
「ああ、仕事中だからな。それより坊主、お前にまた色々と聞く必要が出てきた」
思いっきり警察官の制服で姿を現したのは、警官でありこの道場の師範の実兄、昭一だ。
「てか、坊主。お前んとこ、親父さんがいたんだな。電話に知らない人が出て驚いたぞ」
「いや、滅多に帰ってこないだけでいるよ。先週の日曜日だっけ、帰ってきて9月に入ったらまた仕事に行っちゃうらしいけど」
「ん? 何か変則的だけど、何の仕事をしているんだ?」
「それが……公務員らしいんだけど、それ以上の事は分からないんだよね。この前もみんなで父さんの仕事仲間の人と父さんが作ったカレーの食べ比べをしながらその謎解きをしていたんだけど、誰も分からなくて」
「うん、あれは全く分からなかったわ。仕事に出たら長期間監禁されて、遠くに行くけど国内で、出会いがなくて」
「あ、あと館内での運動は禁止、だっけ?」
「……あと、みくさんは料理人だって……」
真実に続いて綾乃と香奈、光輝が首を突っ込んで真実の言葉を補完していく。
「何だ、そりゃ? なぞなぞなのか? 公務員でそんな職っていうと……」
う~ん……と考え込む昭一。が、いつの間にか昭一の後ろに立っていたスーツ姿の男女が。
「倉楠巡査部長、今日はそんな話をしに来たんじゃないですよ?」
「ああ、そうだった。今日は検察の人が話を聞きたいそうだ。まぁ、おれも当事者として呼ばれたんだがな」
昭一が連れてきたのは、お盆の夜祭りで捕まったカツアゲ犯三人組の担当検事だった。
ただのカツアゲ犯なら恐喝罪が当てはまるだろうが、三人組が捕まった当時、主犯の男は真実に対して金属製の警棒を本気で振り回してきた。立派な銃刀法違反だ。加えて警棒を振り回しながら男は真実に向かって殺してやると叫んでいた。明らかな殺意であり、殺人未遂に問える状態である。更に殺人未遂を問えるという事は、恐喝に収まらず強盗未遂になってしまうかもと。
「ええっ!? ちょっと話が大きくなり過ぎじゃない!?」
「いやな。あの男、未だに否認しているらしい。目撃者多数に加えて現行犯逮捕なのにな」
警棒は相手である真実が手袋をして使ったと言い張っているらしい。それを取り上げて防戦に使った、と。そんな言い訳は多数の目撃者によって完全に否定されるというのに。更に真実に襲い掛かったのは別の人間ではないか、としらばっくれているそうだ。
「何度も悪いが、もう一度写真を確認してくれないか?」
以前刑事に調書を取られた時に見せられたように、検事が写真の束を三つ鞄から取り出した。一人分に別々の人の写真が十枚づつ、計三十枚の写真だ。人の記憶は曖昧なもので、差し出された写真が赤の他人でも、この人だろうと確信を持って言われればこの人ですと答えてしまう事が多々ある。誤認を避ける為の処置だ。
写真面割と言われるこの手法は問題も指摘されているが、今回差し出された写真は結構似た年代や顔立ち、雰囲気の人たちの写真が集められていた為、記憶が曖昧な人泣かせのチョイスだった。だが真実は迷う事なく、その中からそれぞれ一枚づつを示す。一緒に見ていた他の女子たち三人とほぼ同時に。
「こいつらよ! アタシに金を出すか一緒に付いて来るかどっちが良い? って凄んで来た挙げ句、近寄ってきたうちのパパに気が付いて逃げて行く時にアタシのおしりを撫でて行った奴!」
香奈が目を吊り上げて声を荒げる。どうやら香奈がこの道場に通う切っ掛けになったのが、あの三人組のせいらしい。
するとその声に何事かと寄ってきた生徒たちも興奮して三人の写真を指差した。自分もこの男たちに被害に遭いそうになった、と。真実たちを含め総勢十一人、この時間に出てきていた生徒の半分が名乗り出ていた。更に……
「あら、こいつら私たちが捕まえた奴らじゃないの」
常連のお姉さんたちも覗き込んで逮捕劇に花を咲かせだすのだった。
暫く不定期投稿になります。
ご了承ください。
ストック切れに加え、一日一話書けていたのが時間が減って三日に一話くらいのペースに……
頑張りますので応援よろしくお願いします。