√トゥルース -032 呪いの研究!?
同衾の意味が分からずトゥルースが話の腰を折ってまで聞いてみるが、それが意外だったのかミックティルクが離れたところにいたミアスキアと目を合わせ今更そこかよと大きく溜息を吐いた。そしてそれに答えるのはミアスキアだ。離れているのに確りと聞こえていたようだ。地獄耳ばかりだなぁと思う一方で、仕事柄当たり前なのかと妙に納得するトゥルース。
「同衾ってのはな? 男女が同じ寝具に一緒に寝る事で……」
「ああ、それならニーとは旅の始めからずっと一緒に寝てましたね。ニーが自分の為に寝具を買い足すのは勿体ないからって……」
「まあ待て。続きがある。その言葉には隠語があってな……要は夜の営みをする事だ」
「夜の……営み?」
「はぁ~、まだ分かんねぇのか? 子作りするって事だよ!」
「は!? えっ!? 子作り!? ええっ!?」
「あ~、主殿。こいつ童貞だわ。この反応は間違いなくヤってねぇな。うわ~、マジかよ。おれが見誤るなんて……あんな状況だったら普通の男なら我慢なんて出来ねぇだろ。正常な男なら、そんな事をされたら毎晩ズッコンバッコンだろうがよ普通」
「……だろうな。やはり私の目に誤りはなかったという事だな」
言葉の意味を漸く知って慌てるトゥルースを見て結論付けた二人。正解!
未だに納得いかずブツブツと独り言を言っているミアスキアを放置し、ミックティルクが話を続ける。
「あの者たちを大事にしているのだな。だが、どうしてそれほど大事にするのだ?」
「いや、ニーは初めの頃はガリガリだったから、守ってやらないとって思ったからなんです。それは今もですけど。ニナはどちらかと言うと、守らなければって感じかな? フェマはある事が解消できれば一人でも生きていけると思います。どうして一緒にってのは、さっきも言ったように寝具を買い足すのを嫌ったニーのせいなんですけど、どうやら親の温もりを知らないニーが俺を親の代わりだと思っているような節があって……で、それを見たニナやフェマまでもが調子に乗ってそれを真似て……俺としては止めて欲しいんですよね、色々と問題があるから」
今度はトゥルースが深い溜息を吐くが、ミアスキアから見れば羨ましい事この上ない話だ。醜くする化粧をしていても隠しきれない気品の立派な胸を持つ女。そして胸はまだ小さいが月明かりで呪いが解けて美しい顔を見せたもう一人の女。フェマはおまけだが、街娘の中でも特級に値する女二人と寝具を一緒にしておきながら手出ししないなんて……と。
エロい妄想で頭がパンク気味のミアスキアに白い目を向けつつ、ミックティルクは生娘のままである二人にホッとしながら、それを許す二人の心の内を考えてみる。恐らくは一人で心細かったところを助けてくれたトゥルースに感謝してだろう、と思うものの、それだけではいつ襲われてもおかしくない行動をする二人を理解できない。
「ううむ、やはりそれだけではない気がする。他にも理由があるのではないか?」
「え? あの、その……たぶん呪いのせいかと」
「呪い? 呪いが関係していると言うのか?」
「詳しくは話せませんけど、俺も含めてみんな厄介な呪い持ちなんです。色々と問題があるので呪いの内容は聞かないでください。ニーの呪いは兎も角、俺たちのそれぞれの呪いのせいで暫くは離れられない理由となっているんですよ」
シャイニーは月の出ていない間、顔の痕がある事に理解ある人がいれば良いのだが、それでも周囲の人たちからの反感は買ってしまうだろう。化粧で誤魔化し、髪で覆い、帽子や服のフード等で隠せば旅の間は大きな問題を起こす事はないだろうが、一所に留まればその顔に気付いて嫌がられるようになるかも知れない。そういう意味では口煩い貴族が蠢く第三王子の傍にいるのは堪え難い困難が待ち受ける事は想像に難くないのだ。
竜の呪いが解けたティナも、いつ再発するか分からない以上、それを解く事の出来るトゥルースから離れる訳にはいかず、フェマも早く呪いを解かねば更なる幼児化が進み、いつか赤子化した後に命が尽きてしまうだろう。
それぞれがトゥルースに未来を託していると言って過言ではないのだ。
「ふむ……厄介な呪いか。この帝国の中にも厄介な呪いを持つ者は少なくはないが……見たところ明らかなのはシャイニーだけのような気もするのだがな」
「すみません、呪いの事を話せば俺たちの命にも係わってくるかもしれないので」
「……それ程のか。うむ、呪いについては秘匿する者も多い。話せないのであれば話さなくて良い。が、何か困った事があれば相談に乗るぞ? 我が国では呪いの研究もしているからな」
「呪いの……研究?」
「ああ。皇国の神国では禁忌とされているがな。まあ、呪いを治す術はないが、その呪いを緩めたり有効活用する術を探したりしている。お前たちの呪いも何か役立つかも知れん、気が向いたら頼って来い。お前たちなら歓迎しよう」
高々に言うミックティルクだったが、それに対するトゥルースの顔は優れない。今、ミックティルクは呪いを治す術はないと言った。
シャイニーの呪いはどうにかして解いてやりたいし、ティナの呪いは解けている事を確実にしたい。そしてフェマ。
フェマの呪いは早急に何とかしなければ、いつ呪いが進行の速度を上げるか分かったものではない。早急に対処しなければならないのはフェマだろう。
それから自分。呪いを治す術はないと言っていたという事は、呪いを解く事の出来る自分の事がバレでもしたらどうなるやら……そう考えると相談は出来そうになかった。
「何だ、シャイニーの痕の事か? 確かに月明かりの代わりになる物を探さねばならないだろうし、そのような物がとんと浮かばないが、何か良い案が出てくるかも知れない。悲観するまでもないだろう」
「……いえ。それもありますが、俺たちの呪いは解く事が出来なければ……」
「む? そこまで深刻なのか? どんな呪いなのか聞かせて欲しいところだが……それは出来ないのだろう? さて、どうしたものか……」
考え込むミックティルクだが、答は出ないだろう。自分が何とかするしかない、と心を入れ替えるトゥルースだった。
「まあ、呪いに限らず何でも相談に乗るから、いつでも私を訪ねてきてくれ。それと石の加工だが、旅を続けながらでも出来そうか?」
「ええ。移動中は無理ですけど、水汲みと天幕張りをしてしまえば後はシャイニーやフェマがみんなやってくれますから」
以前はトゥルースが料理も洗濯も手伝っていたのだが、フェマが同行するようになってからシャイニーの負担が減ってトゥルースはそういった雑用から追い出された。タダ飯は食えないから全て任せて欲しいと二人で申し出た形だ。
そしてこれからは、出来る事は少ないがティナもその手伝いをする事になっていた。天幕張りも人数が増えた事で手早く張れるようになり、手持ちぶさたになったトゥルースは釣りをしたりラバの相手をするくらいしかなくなるだろう。
「ん? 天幕? 帝国内なら宿にはそう苦労せずとも良い筈だが?」
「え? そうなんですか? 北の方はそれほど多くはないと聞いてたんですけど……」
「まあ数は少なくはなるが、困る程ではないと思うが……どこまでいくのだ?」
「ええっと、確かこの町から真っ直ぐ北にある帝国最奥の町だったと……」
「ああ、あそこか。あそこへは一旦西に出てから回り込む事になるから少々日数は掛かるな」
「いや、地図にあった直接北上する道を使うつもりなんですが」
「……何? 地図にあった? 直接北上? おい、ミアスキア。地図を……おいコラ! ミアスキア!……どこへ行くつもりだ!」
「え゛? いや、その……女性陣はどんな会話をしているのかな~って……」
「……ほう? お前は私の大事な者たちをも覗こうと言うのか? それはそれは。お前がそんな命知らずだとは知らなかったな」
「ひぃっ! いやその……や! そう、地図でしたよね! ええっと、ハイ! これ、これです!」
ちょうどこっそりとその場を離脱しようとしていたミアスキアが慌ててミックティルクに折り畳まれた紙を懐から出して広げながら差し出すが、こめかみに怒筋が浮き出ているあたりかなりご立腹のようだ。
「ったく、悪い癖なのか病気なのか呪いなのかは知らんが、それさえ無ければ良いものを……っと、今いるのがここだから……まさかこの道の事を言っているのか?」
「あ、はい。それだと思います。俺の手に入れた地図にも帝国の東側を北上する道が書き込んであったので」
「……はぁ~。おい、ミアスキア。この道は整備されていたか?」
「いや~、一応国道扱いではあるけど……言ってみれば酷道だな。山あり谷あり崖ありの……一部に至っては獣道みたいな状態の筈。一応道の体は成しているだろうから迷わずには済むと思うけど……」
「……やはりそうか。まぁ、そういう訳だ。悪い事は言わん、その道は止しておけ」
「ええっ!? それ程酷いんですか? 距離的に近いから早く着けると思ったんだけど……」
「ああ、迷わず問題なく行けれれば早く辿り着けるだろう。が、途中にはこことここに小さな町が二つばかりあるだけで、他は集落がポツリポツリしかない。何かあっても人を頼る事は難しいぞ?」
「更に言えば、その集落の多くは問題あり、だな」
地図を指示しながら、ミックティルクだけでなくミアスキアですら止めておけと言ってくるところを見ると、かなり酷い道なのだろう。因みに手前の町は南(位置的には西からだが)から入り、奥の町はトゥルースが最奥と言った北の町から入るのがセオリーで、その町と町の間の道は距離もあって人が滅多に行き来しない道らしい。
早く着けるが安全性の低い酷道に突っ込ら行くか、人が多くティナの身バレやシャイニーの顔で嫌がられるリスクが高くても安全性を取るか……悩むトゥルースだった。