√トゥルース -030 月下の晩餐 -5
突然細身の若い男がミックティルクの後ろに現れて耳打ちをするのを見て驚くトゥルースたち。
その者がどこから現れたのか全く気付かなかったのだ。テーブルの上や周囲には明かりが灯されていて、死角がないように気を配られているように見えたのだが……ときょろきょろと見渡すが、そのようなところはなさそうに見えた。
「む? もうか? ちょっと早くないか?」
「それが……軍艦に相乗りし既に中島にまで来ているという事なんだけど……」
「何? 中島に、か。あそこには王族はなるべく立ち寄るなと言っておいたと言うのに……仕方ない奴だ。どうせここの花火に間に合わないからと、中島の花火を見たがったのだろう」
深いため息を吐くミックティルクにカーラとラナンも苦笑で返す。
「ファーラエ様、ミック様と見られずに悔しがっているでしょうね」
「あ~、明日はファーラエ様にミック様を奪われそうね~。その前にたっぷりとミック様に甘えておかないと~」
「あっ! ちょっと! 抜け駆けは無しよ!!」
ミックティルクの両腕をがっしりと掴むカーラとラナンに、その男がやれやれと肩を竦める。
男の名はミアスキア、情報収集のオレチオと似て非なる役割を担っているという。ミックティルクと同い年で、ずっとミックティルクに仕えているという。
「もしかして……諜報活動とかをするっていう噂の忍びの者?」
「ほう、ニナはそれも知っているのか。秘匿されている筈なんだがな」
「い、いえ……噂話に聞いただけで、本当にそのような方が見えるとは……」
ミックティルクが言い当てたティナを感心する一方で、ミアスキアがトゥルースたちを一瞥……したと思ったら、えっ!? と二度見して目を剥いた。その視線はシャイニーに向いており……
「は!? あんた、その顔……」
「む? おい、どういう事だ!? シャイニー、お前その顔は……先程まであった怪我の痕が消えているじゃないか!」
「ええっ! わわっ! ホント! シャイニーさん、綺麗!」
「なんと!こ れは驚いた! ファーラエ様に負けず劣らずの可憐なお顔……」
ミアスキアの一言でシャイニーの呪いの解けた顔が皆に即バレしてしまった。当然のようにトゥルースの後ろに隠れてしまったシャイニーに、その顔を見損ねたラッジールやオレチオ、女中たちが何だ何だと騒ぎ出す。
「これ、皆静まりなさい。相手はお客様ですよ? 怯えさせてどうするのですか」
ちゃっかりとシャイニーの顔を見ていたレイビドがその場を鎮めるが、また厄介な事になったとトゥルースは頭を抱えた。
「うちの者たちが騒いでしまって悪いな。そう怯える事はないのだが……仕方ないか。トゥルース、問題なければ訳を話して貰えるか?」
「……分かりました。これはこの場だけの話にしておいて欲しいのですが、ニーの顔はたぶん傷痕ではなくて呪いなんです。どうやら月の光にだけ呪いが解けるようで……この事を知ったのは本人もここ最近の事で、どちらの顔も他人に見られるのは嫌がるんです」
一応は逃げ道を用意してくれるミックティルクだが、王族に聞かれれば答えざるを得ないとトゥルースは内心で深い溜め息を吐いて事情を話した。
シャイニーは普段、濃い化粧で重武装して誤魔化してはいるが、それでも人を不快にさせてしまう事が多々あるので、なるべく人に顔を見せないようにしていた。そしてその顔の呪いが月明かりで解けると知った後、その顔を見たのはトゥルース以外には偶然目にしたトゥルースの母、マーシャマーシェだけであった為、まだ他人に本来の正常な顔を見られる事には慣れてなかったのだ。
考えてもみれば、生まれてこのかたずっと呪いの掛かった顔で過ごして来たのだから、今更呪いの解けた痕のない顔が本来の自分です! と言うのも何か違うような気がしたのと、何よりみんなの視線を集めてしまい恥ずかしさが勝ってしまっていた。
そもそもシャイニーはトゥルースと旅に出るまでは孤児院という閉鎖空間に殆どの時間を閉じ込められていて、馴染みある者としか顔を会わす事が無かったので、外の世界はシャイニーにとって未知であり、重度の人見知りになるのは必然であり、知らぬ者に顔をまじまじと見られるのは恥辱以外の何物でも無かった。
「むう、もう一度よく顔を見せて欲しいところだが……そう言われてしまえば仕方ない。皆の者も、分かったな?」
それまで身を乗り出してシャイニーの顔を見ようとしていた皆が一斉に元に戻るが、やはり気になるのかチラチラとシャイニーの方に視線が行ってしまうのは仕方ない事であった。
「それにしても……お前たちの正装はよく考えられているのだな。トゥルースは昼の石の色である栗色、シャイニーは夜の石の色である濃い青色……さしずめ月下姫、と言うところか」
「月下、姫……!?」
言われて益々顔を赤くするシャイニー。すっかりトゥルースの後ろを定位置にしてしまった。もう少しシャイニーの顔を見ていたかったトゥルースもガッカリである。
それにしても月下姫とはよく言ったものだ。月光の下でより輝くレッドナイトブルーの売人であるトゥルースに付いて歩くシャイニー。服はその石の夜の色である濃い青色、胸元にはその石の付いた首飾りを下げ、月光の下にだけ現す美しく整った顔。ミックティルクの言う通り、月の下の姫であった。
「それにしても、これはまた強そうな呪いだな。発現は随分と前なのか?」
「ええ、話によると生まれて直ぐらしいです」
「む、そんなに前からなのか。ああ、それで孤児院に入れられて、教会の守られし首飾りに繋がるという事か」
説明するまでもなく、たったそれだけで察する事の出来るミックティルクは、やはり頭が回るようだ。
「うむ、益々気に入った! 本気で私の元に来ないか? このまま旅を続けても辛い事が多いだろう。私なら守ってやる事も出来ると思うぞ……と言っても守られし首飾りがあるか」
守る、守れないを言い出せば、それはトゥルースでは守りきれない事を言っているようなものであるが、おくびもなく口にしたミックティルク。しかし、陰謀渦巻く王宮の中でもそれだけの自信を覗かせるミックティルクには、それだけの力があるのだろう。
「……またそのお話ですか? どうも本気とは思えないのですが」
「勿論本気だとも。そんなに責任の無い言葉は発していないつもりだ。それはシャイニーだけでなくニナ、お前にも同じ事が言えるぞ?」
押し黙るトゥルースとシャイニーに代わって堂々と苦言を呈するティナだったが、まんまと自分にも返ってきてしまい、ムグっと押し黙ってしまう。
「少し離れていた間に……主殿、それは本気で? この者たち、昨夜は同衾していたんだけど……天幕も当たり前のように小さな物ひとつだけだったし……」
「うん? そうなのか? もしや婚約の仲というのは本当なのか? トゥルースを見ている限り、そうとは思えないのだが……」
首を傾げるミックティルクに口を閉ざすトゥルースにだったが、対してシャイニーとティナはその言葉に首を傾げつつもビシッとトゥルースにしがみ付いた。
「おや、これはシャイニーにもニナにも嫌われてしまった……訳でも無さそうだな。どちらかと言えば引き離されるのを嫌がっているような……」
冷静に分析するミックティルクの目は正確だ。二人ともトゥルースに恩義があって離れられないと考えていたが、秘かにトゥルースに一生付いていくものだと思ってもいた。それは自らの呪いが関係する。
シャイニーは呪われた顔に嫌な顔ひとつ見せなかったのはトゥルースが初めてであり、そのまま餓死してもおかしくないところを拾ってもらった恩義がある。あの時、トゥルースが付いて行くのを拒んでいれば、今頃はこの世にはいなかっただろうから、感謝してもしきれない。
ティナは竜化というとんでもない呪いが再発した場合、助けてくれるのはトゥルースただ一人であろうから。いくらミックティルクが力があろうが、竜を目にして守る事などは到底出来ないだろう。下手をしなくても、そんな事になれば直ぐに帝国軍が動いて討伐されてしまうに違いない。
そんな二人だから、トゥルースから離れる事は今まで考えた事が無かったのだ。自然とトゥルースを掴む腕に力が入る二人。
「ん? 主殿、ニナとはその胸の大きい方の女の事?」
ミアスキアがミックティルクに首を傾げながら聞くが、手付きがイヤラシイ。自分の胸の辺りで丸く形作っているが、今のティナが着ている侯国で買った服ではその身体つきは良く分からない筈だ。
「その女はティナと呼ばれていた筈だけど……そうだよなぁ、オレチオ」