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√トゥルース -029 月下の晩餐 -4



 ドーン、ドーンという音と共に、幾つもの光の大輪が夜空に開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 結構近くで上がるそれは、どうやらこの町の外れにある湖の畔で花火を打ち上げているらしい。日が暮れても煌々とした町を見て、流石は帝国だと思っていたトゥルースたちだったが、花火が打ち上がるとあって夜店が並んでいるようだ。思えば昨夜はそれ程灯りは見られなかった事を思い出した。


「うむ、やはり夜祭りに行けなかったのは悔やまれるな」

「ミック様、貴方が町に出れば、どんな騒ぎが起こるか……」

「分かっている、レイビド。だからこうして屋敷の前で大人しくしているだろう」


 地方でも王族のミックティルクの顔は知られているらしく、無用の混乱を避ける為にも屋敷に籠っていなくてはいけないそうだ。気の毒な話である。だが、夜店が並び人でごった返す夜祭りの会場に態々行かなくとも、こうしてゆったりと花火を見る事は出来る。


「綺麗……ですね、ミック様」

「ホント、綺麗……今年もミック様と見られて幸せ……」

「ふふふ。だが、こうして見上げているカーラ、ラナン、お前たちの方が何倍も綺麗だぞ?」

「なっ! ミ、ミ、ミック様! 不意打ちは卑怯です!」

「そうですよ~? あんなに綺麗な花火よりもあたしたちの方が綺麗だなんて~」


 途端にラヴラヴオーラを撒き散らすカーラやラナン。破ぜろ。

 その雰囲気に中てられてか、シャイニーが、ティナが、トゥルースに寄り掛かった。視界の隅に丸い月が入る事も相まって咲き誇っては消えていく光の大輪を見つつ、うっとりとそれを見詰める二人に目を向けたトゥルースは言葉を失った。

 そこには月の明かりと色とりどりの花火の光に照らされた美しい二人(・・)の顔が。誤魔化す為に一般女性に見えるように濃い化粧をしてはいるが、それでも元の良さを誤魔化しきれない整った顔のティナ。そして呪いによって顔の半分が、火傷のような痕によって歪んでいた筈の(・・)シャイニー。厚く塗られた化粧によって和らいでいるものの、それでも歪んだ目元などを隠す為に前髪を伸ばしてそれを覆っているのだが、今はその痕が(・・・・)綺麗に消えていた(・・・・・・・・)

 シャイニーの呪い、それは月の光によって一時的に解ける。それに気付いたのは今まで一緒に旅を続けていたトゥルースであり、その姿を知る者は殆どいない。そして今、月明かりに長く当たっていた為、呪いが解けていたのだ。


「シャイニー、その顔……」

「ぇ? 何? ルー君」

「いや、その……ニーの呪いが解けてる」

「……ぇ?」

「えっ!? ニー様、そのお顔……」


 思わずトゥルースが口にした事で、寄り添っていたティナもその異変に気付いて目を剥いた。慌ててティナにシィ~っとそれ以上騒がないようにゼスチャーするトゥルース。幸いにもミックティルクたちは轟音もあって三人の声にも気付かず花火を見上げていた。


「(ちょっと、どういう事ですか? 一体ニー様に何が……)」

「(あ~、ティナにはまだ話してなかったか。ニーの顔は呪いのせいで、月夜の明かりに照らされている時だけ呪いが解けるようなんだ)」

「(呪い……ですか? それってわたくしのような?)」

「(う~ん、たぶんそうだと思うけど、ニーのはたぶん生まれた頃からだと思う。でなければ捨てられて孤児院なんかにはいなかっただろうから)」

「あ……」


 言われて気付いたティナ。十五歳になってから発動した自分の呪いよりもずっと長い間呪いに苦しんでいるシャイニーの事を考えれば、短期間で呪いの解けた自分なんかよりもずっと厄介である事は想像に難くない。


「(すると、やはりわたくしのようにあなた様のお力でニー様の呪いを解くのは難しい、という事でしょうか?)」

「(たぶんそうじゃないかなとは思う。そもそも俺の呪いは発動したりしなかったりだから)」

「(では、まだお試しされてはないと?)」

「(ああ、そうなんだ。ちょっと自信がなくて……)」

「(……ニー様の呪いも気になりますが、あなた様のお力もどんなものなのか気になりますね)」

「(まぁ、それについてはまた今度な)」

「(……ニー様はそれで良いのですか? 早く呪いを解いていただいた方が良くありませんか?)」

「(ウチは……ルー君に付いて行けるだけで良いの。それだけで満足なの。呪いは……解けるのなら解けた方が良いと思うけど、ルー君の負担になるのなら解けなくっても良いと思っている)」


 気が付けば遠く湖の奥の方でも打ち上げているらしく、小さな光の花が湖の真ん中辺りで咲き誇っていた。その遠くに見える花火を視界の隅に入れつつ近くの空を見上げるミックティルクたちは、トゥルースたちの会話には全く気付かず、夏の終わりの風物詩に見入っていた。


「ミック様、これが見たくて試政期間を繰り上げて貰ったんですよね?」

「なんだ、バレていたのか」

「そりゃバレバレですよ~。最後、ひと月分の陛下からの宿題を半月で終わらせちゃったって、すっごい噂になってましたからね~」

「白羽の矢を立てられた税官や財務官、軍官たちが何度か徹夜を強いられたとぼやいていたって、専らの噂だったわね。それに宰相までもが走り回っていたって……本当なのかしら?」

「ハハハ、どうしてもお前たちとこれを見たくてな。それにそこまでして推し進めさせた事もあって、今頃は随分と仕事が楽になっている筈だ。まぁ、楽になったと胡座をかいているようなら、私が即位する事になれば全てを白紙から作り直すつもりだがな」

「うわぁ、それはまたご無体な……」

「でもそれって自業自得じゃないの? 楽が出来るって事はサボり放題って事だし」

「帝国は大きくなり過ぎた。それに合わせて宮廷も膨れ上がったのだが、善からぬ者も多く紛れ込み周囲の者をも汚染している。完全に腐りきる前にそれを一掃してしまわねば、帝国と言えど荒廃してしまうだろうからな」


 カーラとラナンがミックティルクの過激な発言に驚きつつも理解を示す。簡単に言ってはいるが、それがどれだけ過激で困難な施策であるのかは想像だに出来ない。だからこそのカーラとラナンの意見ではあるのだが。


「王の座ですら競い合っていると言うのに、貴族というだけで胡座をかいていられると言うのは馬鹿馬鹿しくて理不尽だと思わんか? そんな者たちは血族と言えど全て一掃してやる」


 そのミックティルクの顔と言ったら、なんと悪……コホン、なんと正義感溢れる表情であったろう。


「……あの。ミック様は自ら帝王になられるおつもりなんでしょうか?」

「ん? 気になるのか? ニナ。私はそんな面倒な事は実際のところやりたくはないのだが、周りを見るとな……どうやら既に父上もそのつもりで動いているようだし……どうしてあそこまで欠けた者ばかりなのだろうな」


 ニナと偽名を使っているティナの質問に、嫌々ながらも次期帝王の座に就くであろう事を匂わせるミックティルク。歳がひとつしか変わらないのに、既に一国を背負って立つ覚悟を持っているとは! と驚く。


「今はファー(ファーラエ)が試政をしているが、恐らく直ぐに弱音を吐くだろう。その次はフェールザーだが、あいつは父上の迫力だけを受け継いでいるからな。次第にボロが出るだろう。折角私が改善した部分を荒らすような真似をしなければ良いのだが……っと、愚痴が過ぎたな、忘れろ」


 近くで上がる花火から視線を暗闇の奥で光る小さな花火の方に移すミックティルクだが、それはその小さな花火を見ている訳ではなく、その向こうにある帝都で行われているであろう試政とやらを案じているのだろう。

 しかし、その試政と言う言葉が良く分からないトゥルースやシャイニーは話が全く分からず首を傾げるばかりだ。それを察したティナがこっそりと教えてくれた。

 それによると、次期帝王候補は成人の十五歳を迎えると、お試し期間として約一年、政治に携わる事となる。その期間にどれだけ有益な施策が出来、現帝王からの宿題をそつなく熟せるかを見られる。その結果を元に次期帝王が決められるのだ。

 所謂、王たる資質があるかの試験であるが、それが終わったからと言って遊び呆けて良い訳ではない。帝国内や属国の現状視察をし、悪いところがあれば正していくという重要任務を与えられる。出来の悪かった者にはそれを抑え付けられるだけの力を持った者が帯同し問題が起きないように指導していく。次期帝王から落選してもそれなりに仕事があり、それを熟していく必要がある為だ。働かざる者食うべからずである。


「まぁ、兄上や姉上たちには口喧しい者たちが何人か付いているらしいからな。せいぜい絞られれば良い。あとはファーが何日持つのやら……父上もファーには期待はしておらんかったしな」


 ミックティルクが明後日の方向を見ながら溜め息を吐いていたところに突然声が掛かった。


「主殿、先程小早船が。そのファーラエ様だけど、明日にはお着きだって……」






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