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√トゥルース -028 月下の晩餐 -3



「勿論金は払う。兄上たちのように名誉が云々とか抜かして踏み倒そうという気はないから安心するが良い」

「えっ!? いや、しかしこれは……子供のお遊びで作った物で王族の方に納められる品質には遠く及ばない物だし……それにこれを作るのに四年は掛かってるんですよ?」

「む。そうか……四年は流石に待てんな。しかしそれは無知だったからではないか?」


 慌てるトゥルースに容赦ないミックティルクだが、その通りなので言い返す事は出来ないがせめてもの言い訳くらいは出来る。


「それもありますけど、道具が揃ってないんですよ。全て手作業だったので……」


 トゥルースは廃棄の石を拾った後、家にあった磨き道具のお古をくすねて部屋で作業をしていたが、それは原始的で道具さえあれば半日で終わる作業ですら十日程を要していた。勿論こっそり行っていたそれらの作業は確りと両親にバレていたのだが。


「ふむ。確かに子供の遊びに職人の道具が使える筈はないか。オレチオ、石の加工職人が使う道具は揃えるといくらくらい掛かる?」

「道具……でございますか? そうですね、本格的な物ですと設備で約百万の物と八十万の物、道具で五十万、消耗品で二十万程……安く見積もって二百五十万ウォル程でしょうか。しかしそれだけの設備を揃えますと、それなりの小屋も必要になりますので……」

「ああ、私の聞き方が悪かったな。加工の期間を短縮する術は何かないか?」

「短縮する術ですか……職人の道具をそのまま借りられれば簡単な話ですが、そういう事ではないんですよね? う~ん……切断は職人に加工を出して、後は回転式研磨台があれば……それならどうでしょう?」


 お伺いを立ててくるオレチオの提案に、トゥルースは考えてみる。確かに最初の切断は結構気を使うし時間も掛かる。手早く加工を進める為にはそれだけでは足りないのだが、それでも割れてしまうリスクを考えれば随分と助かる。加えて手を動かして削り磨いていた作業は研磨台があれば随分と作業が捗るに違いない。


「そうですね。あとは荒削りもされていれば言う事なしですけど……でもそれを五つもとなればそれなりに時間は掛かります。たぶん俺が全ての加工をやれば何年も掛かるだろうし、俺たちは今、目的地があって旅をしている最中なんです。半年内に目的地に行って用を済ませた後、村に一度帰るのが目標なんで、雪が降る前に行って戻りたいんですが……そもそも俺でなくても職人に加工して貰った方が仕上がりも良いし納期も早いんじゃ……」

「うむ。それは尤もな意見だな。ではひとつだけ加工をして貰えるか? それを見本に残りを職人にやらせよう」

「ひとつを、ですか? でもそれでは品質が……」

「そんなに心配か? であれば、もうひとつ追加で石を買おう。それを加工した後、納めてくれれば良い」


 一先ず購入して貰う石は決めて貰ったが、更に購入個数を増やすという。一般の人には売り難い品質の良い石が一度に売れるのは有り難いが、流石に上質の石ばかり選ばれたので合計の金額が上がってしまい平常心を保つのが困難になりつつある。そもそも相手は帝国の王子である、元から平常心は持ち合わせていなかったが。


「あ、もしかしてご自分用に?」

「違うわよ~、きっとファーラエ様に贈るつもりよ~」

「お前たちとお揃いも良いかと思ったが、ファーが欲しがりそうだからな。まあ兄上たちが欲しがりそうだが、一々相手にはせん。姉上は……欲しがったところで、やればまた何か勘繰りしてきそうだから渡さぬ方が良いだろう」


 ファーラエ様? とトゥルースが首を傾げると、横にいたティナがミック様のひとつ下の妹君ですと耳打ちする。第二王女らしいが、話の流れから仲が良いようだ。王国の王女なら大国の王族の名やおおよその性格は聞いて頭に叩き込んでいたので、知っていて当然の事ではあるが、それを知らないトゥルースは、ティナはよく知っているなと感心するのだった。


 結局、同程度の石を追加購入して貰い、見本用に屑石ひとつをサービスする代わりに持ち運び出来る研磨台を用立てして貰える事になったトゥルース。何故か石の金額が相手(ミックティルク)主導だったのはいつもの通り、あまりにも高額提示されたので止めて値引きを申し出たのもいつも通りだった。





「そうだ、聞いてなかったな。お前たちは歳はいくつなのだ? 見たところトゥルースとニナ(ティナ)は成人したかどうか辺りだと思うが」

「ああ、俺たちは三人共に今は十五歳です。フェマは……この通りですが」


 三人については隠す事もないだろうと答えたが、フェマは具体的な歳を答えなくても良いだろうと濁すトゥルース。うっかりでも本当の歳を口にしてしまえば、悪い冗談と捉えられるか大騒ぎになってしまうだろう。そもそもフェマ自身がずっと誤魔化し続けているので、トゥルースはそれに従っただけだが。


「ほぅ? 三人とも、か。私のひとつ下だったとはな。カーラやラッジールと同じだな」

「ふぅん……そうなんだ。残念だったな、ラナン。妹分が出来ると思っていたのにな」

「む~! そういう事を言わないで! そういうカーラさんは随分と嬉しそうじゃない!」

「そ、そんな事はないから! 同い年が(ラッジール)だけというのが屈辱だとかは思ってないから!」

「……カーラ。オレと同い年なのがそんなに嫌なのか?」

「聞かないでよ、そんな当たり前な事……」


 途端に騒ぎになる場に、目を丸くするトゥルースたちだったが、一方でミックティルクたちこの屋敷の住人たちはそれを咎める事もなく苦笑いするだけだった。彼らにとってラッジールの相手(それ)はただのじゃれあいなのだ。単に猿がウッキッキーと一人騒いでいるにすぎなかった。


「ふむ。それなら尚更仲良くなって貰いたいものだな。二人が私に嫁ぐ云々を抜きにしても」

「えっ! ミック様は本気で二人を?」

「む。そうか、トゥルースは一応形の上では二人の婚約者だったな。不満か?」

「そ、それは……」


 とっくにバレて~らな婚約者設定。今更取り繕う気はないが、何かもやっとするトゥルースはミックティルクの問い掛けに口を噤む。この二人と自分との関係、それは呪い絡みの繋がりであり、旅仲間である。呪いの件さえなければ、二人との繋がりはただの旅仲間だと言われてもおかしくはない……のだが。

 それでももやっとしたのは、やはり情なのかと思う。シャイニーとは旅が始まると共にずっと一緒に寝起きしていたし、ティナも日が浅いながら理由はどうあれずっとトゥルースに言い寄っていた。それを横から掻っ攫おうと言うのだ、相手が帝王候補という女性にとっては超優良物件と言えるのが分からない程トゥルースは子供ではなかったが、手放しで二人を送り出す程大人ではなかった。


「なに、ただでとは言わん。自身の爵位が良いか、貴族の娘が良いか……前者なら帝国内の宮殿等での働き口に融通が利くし、後者なら貴族の後ろ盾が出来る。箔を付けて商人を続けても良いだろう。どうだ、悪くはないと思うが……それとも、私に仕えるか?」

「ええっ!?」


 後方で話を聞いていたレイビドが何も言ってこない所を見ると、ミックティルクの提案はどれも実現可能だという事を意味しているのだが、まさか次期帝旺候補に仕えるという話まで出てこようとは思わなかったトゥルース。


「ちょっと待ってください! どうしてそこまで俺を?」

「そんなにおかしいか? 人の婚約者をかっ拐おうと言うのだ、それなりの代価は必要だろう。でなければ怨みばかり買ってしまうというものだ。兄上たちのように、な」

「それにしたって、爵位だの殿下にお仕えだのって……」

「なに、理由は至って簡単。私の話相手になって欲しいのだよ。このような身分だと、周囲は権力の恩恵に与ろうと企む者ばかり。同年代の友と呼べる者は私に支える者以外には片手で数える程もおらんのだ。出来れば二人の話が無くても受けて欲しいところだな。何せ物を購入すれば上乗せを要求する者ばかり、値引きする者など今までいなかったからな。石の値を引いてくれたお前だからこその提案だ。どうだ、受けてはくれぬか? トゥルース」


 ミックティルクは王族ですら食い物にする巷の者たちに辟易していた。金は出してくれるところからむしり取れば良いとばかりに要求される事が多く、中には市価の三倍を要求する者までいたくらいだ。勿論そういった者は贔屓にしていた業者であっても宮廷が排除していたが、次々に現れるそういった類いの者たちの相手は王族を辟易とさせていた。そんな中で、商人を名乗りながらも欲のない同年代の男子、貴重な存在だ。


 そんな話に着地点を見出だせない中、夜空に大輪が咲き大音響が木霊した。打ち上げ花火だった。湖面に美しくも儚い光の花が映り込み、何とも幻想的な光景が広がるのだった。






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