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√トゥルース -027 月下の晩餐 -2



「ところでトゥルース。シャイニーの持つ首飾りの石は君が作ったと言っていたが、それは間違いないんだな?」

「え? はい、そうですが……」

「そうか……シャイニー、もう一度石の方の首飾りを見せてくれないか? 昼の色は見せて貰ったが、夜の色は遠目にしか見ておらんからな」


 ミックティルクが甘味(デザート)を口にするトゥルースとシャイニーに声を掛けた。

 出された甘味は、器いっぱいに盛られた一口程に切られた果物(フルーツ)に、白っぽく透き通ったプルプルの食感で口当たりの良い一口程の塊が入っていた。聞けばその塊はわらび粉で作られた餅らしい。ただの果物盛りなら宿の食事にも少量を添えられる事はあるが、量も多い上、もう一手間を掛けられているのは流石と言える。

 そして食べ易い甘味は別腹とばかりにペロリと食べてしまうトゥルースたち。既に満腹を通り越してはち切れそうだ。王宮で贅沢な食事をしていたティナも納得する料理はレベルが高く、みんな食べ過ぎたと後悔はしているが、満足度はMaxである。特にフェマは五歳児の姿であるのに、まるで妊婦のようにお腹をぷっくりと膨らませていた。


 そんな中、シャイニーから受け取った首飾りを灯りに翳して色を見るミックティルク。ふとその首飾りを持った手を西の空に向けた。

 そこには山間から顔を出した大きな月の姿が。日が暮れて半時近く過ぎてから出てきた月は、満月から少しだけ欠けた状態であった。

 変色石は火の灯りで見るよりも月明かりで見た方が綺麗に見える事は知る人ぞ知る事実であるが、それを知っている辺り身近に変色石を持っている者がいる事を意味する。


「……成る程。変わった形をしていると思ったが、この形は石を月明かりに当てた時にこそ映えるようにしているのか」


 感嘆の音を上げるミックティルクだが、この頃変色石で流行っていたのは表面をツルツルに磨いた楕円半球状(カボションカット)か原石の形を利用して平面を強調した形(エメラルドカット)が主流で、前者は外出に付けて行く為に陽に当てた日中の色が綺麗に見えるよう、後者は晩餐会など夜会に付けて行く為に火の灯りで映えるよう選ばれる形だ。

 しかし、トゥルースはそのどちらでもない、楕円と長方形を組み合わせたような丸型多面形(クッションシェイプドブリリアントカット)としていた。細長い形の多い原石からその形にするのはロスが多いばかりか小さくなるので嫌われるのだが、子供だったトゥルースが棄てられる石をお遊びで削るのに勿体無いという感覚は欠如していた為に出来た所業だった。


「えっ!? 見せて見せて!」

「こら、ラナン! まだミック様が見ているでしょ!」

「ああ、良い。お前たちの意見も聞きたいからな。月明かりに翳して見てみよ」


 カーラに叱られテヘペロするラナンに、ミックティルクが首飾りを渡す。すると、ガラリと変わった石の表情に二人は息を飲んだ。

 この石の特徴は日の光で赤く、火の灯りで青く見えるのだが、月明かりの元では透き通って見えるのだ。普通、高価な変色石を身に付けて夜道を出歩く事は滅多にしないこの世界で、そんな贅沢な石の使い方をする者は殆どいない。トゥルースは偶々盗み見た父親の持っていた本に載っていたカット方法に興味を持ち、それを試したくなって磨いている内に記憶が曖昧になり独自にアレンジしていった偶然の産物であった。

 しかし、最初に二人が指摘したように日中は汚い石にも見える濁った赤のその首飾り。夜の火の灯りの元でもスッキリと青く染まりきらないその石では通常のカット方法では誤魔化す事が困難なので、敢えてそれらを捨てて月明かりの元で綺麗に見えたこの形に的を絞ったのだ。


 因みに屑石のような小さい石はカットせずに原石のままペンダントトップに嵌められるパターンが多い。これは小さい石であるが故に加工が難しいのと、屑石を求めるのは庶民が多く価格を抑えて求め易くする為であった。その為、屑石は三分の二が研磨されずに出回り、残りはその内の半分がペンダントトップに、残りが指輪に姿を変えている。


「何とも贅沢な話だな。人に見せる為ではなく、自らが月夜の晩にだけ楽しむ為とは……それも自分で見易い指輪ではなく人に見せ易い首飾りとは……」


 大絶賛のミックティルクだが、当のトゥルースはそこまで考えていた訳ではなく、単に売れ残りのチェーンと丁度良い大きさのトップの台座を安く売って貰えたに過ぎなかった為、その言葉は恥ずかしさを齎すものだった。尊敬の眼差しをするシャイニーやティナの目が痛い。そもそも考えてみれば当たり前の事である、シャイニーに出会う前からその材料を手に入れていた訳なのだから。


「どうだ? お前たち。火の灯りと月明かりとの違いが分かったか?」

「凄いです、ミック様! わたし宝石がこんなに綺麗だなんて初めて知りました!」

「色が変わるだけでなくて、こんなにも透き通るなんてね~。こっちの石もだんだんと透き通ってきたみたいだし~、今まで宝石には興味なかったけどこれは欲しくなっちゃうよね~」

「あら、ラナン。さっきミック様が私たちに買ってくれるって言った時に大喜びしてたじゃない。本当に宝石に興味なかったの?」

「そう言うカーラさんだって喜んでたわよ~? 普段はあたしが言わなきゃお洒落に気を使わないのに~」


 わいわいキャッキャ騒ぐ二人の様子から、うんうんと頷いたミックティルクが再びトゥルースに視線を移す。


「この石は誰でも知っている形なのか?」

「……いえ。これは参考にした元の形はあるけれど、俺が一工夫した独自の形だと思います」

「そうだろうな。今までこのような形はどの夜会でも見なかったからな。まあ、私が知らないだけかも知れぬがな。オレチオはどうだ?」


 ラナンから受け取った首飾りを今度はオレチオに手渡すミックティルク。しかし、オレチオはそれをじっと見た後、首を横に振る。


「いえ。確かに月明かりに映える形のようですが、これは存じあげません」

「ふむ。やはりオレチオですら見た事がないか。であればこの形で作るとなると見本が必要だな」

「は。図で示したところで、正しくは伝わらないかと」


 ふむ、と考え込むミックティルクにトゥルースは眉を顰める。


「まさか原石をこの石の形にするつもりですか? これは素人作品ですよ?」

「殆ど人が出歩かない夜、それも月夜にのみ美しく輝く宝石とは何とも情緒的ではないか。そう思わないか?」

「でも、折角の石をこの形にだなんて……小さくなっちゃいますよ?」

「大きさではないのだよ。最も美しい姿は私たちだけで堪能すれば良いと思わないか? そもそも、他人に見せて喜ぶ女など、私は選んだりしないからな。なあ、カーラ、ラナン」


  その言葉ににんまりとしながらうんうんと頷くカーラとラナン。それは暗闇を照らす月を見ながら青く輝く宝石を肴に、誰にも邪魔されずに語り合おうと言われているようなものだ。

 月にはどこか神秘的な何かを感じるが、その光に照らされて輝く宝石を見ながらとなれば更に神秘性を感じずにはいられないだろう。そんな中を他人に邪魔されては雰囲気が台無しである。そんな贅沢な時間は自分たちだけでゆっくりと過ごしたいと思うのは当然であった。


「それに変色石である事は間違いではない、選ぶ形は個人の自由であろう? であれば他人に文句など言わせん。そうだろう?」

「それはそうですけど……」


 そもそもトゥルースが作った石は子供の頃に遊び相手がいなかったので遊び半分で作った物であり素人云々以前の物だと本人は思っていたのだが、その大胆な(カット)を高額な変色石に施そうと思う者がいなかった事もあり初と言っても良い試みだった。トゥルースとしたら夜な夜な月の光に(かざ)して光り具合を見ながらの加工だったので、結果的により月夜に輝くカットに偶然にも辿り着いた訳だが……


「いけないか? 私はこのような美しい月夜に輝く石に惚れたのだ。それとも秘密にしておきたい何かがあるのか?」

「いや、そういう訳では……分かりました。自由にしてください。でも、どうやって?」


 ミックティルクの熱い要望に折れたトゥルースだが、その形をどう職人に伝えようかという問題がある。

 しかし、その質問にミックティルクはそれまでの緩い雰囲気を霧散させた。その真剣な顔に驚いたトゥルースは姿勢を正すが、次の言葉で驚きに変わった。


「トゥルース。ひとつ相談なのだが、この石を同じように加工しては貰えないだろうか」






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